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第68話「ゴキ入りお湯ボール」

 今にも倒れそうな不安定な垣根に手を掛け、登り続けること約3分。途中何度も落ちそうになったが、何とか登りきれそうだ。


 何故こんなことをしているのかって? それは愚問というやつだ。敢えて言うのであれば「そこに女湯があるから」。それ以外にあるまい。


 東方の大勇者フロノ=ゾーキ氏もこう言っていた。「女湯覗かずして何が勇者か」と。


 まあ、そんな訳だ。待っていろ、我が理想郷(ユートピア)


 そう意気込み、垣根の頂上部分に左手を掛けた、丁度その時だった。


「きゃああああああああ!」


 耳をつんざくような高周波音が突然鳴り響き、びっくりした俺は垣根から足を滑らせてしまい……。


「ノヴン!」


 落下の勢いそのままに、思いっきり尾てい骨を強打したのだった。


 ***


「あぁ、びっくりしたー……。アオイ、突然どうしたのよ?」


 突然の高周波音にバクバクした心臓を落ち着かせながら、カリンが問いかける。


「お、お、お、お湯に、ご、ご、ご、ゴキブリが……」


 対するアオイは未だパニック状態。


「ああ、ゴキブリも大半の種は山の中とかに住んでるっていうしな。その類いだろ?」


「どう見ても店でいつも見る奴と同種にしか見えないけどね……」


「何で店長さんもノアちゃんもそんな平気そうなんですかー!? と、とにかく、どこかに捨ててこないと」


「そうは言ってもねぇ……何故か桶の一つも無いし……。私も流石に拾って投げるのは嫌よ……?」


「確かに……」


 湯船に浮かぶゴキブリの死骸を囲んで顔を見合わせる一同(アオイ除く)。


「この状況で直接触れずに捨てられるやつと言ったら」


「一人しかいないわね」


「うん」


 三人の目線の先にいたのは……


「えぇ? 私ですかぁ!?」 


 隅っこの方で縮こまっている、涙目のアオイだった。


 ***


 ちくしょう。強烈に尻が痛い……。


 あまりの激痛にのたうち回ることしばらく。ようやく少し落ち着いてきた。


 だが、そんな程度で諦める訳にはいかない。


 俺は再び垣根に手を掛け、よじ登り始めた。


 ***


「えっと……ちゃんと取れてますか……?」


「大丈夫、入ってるわ」


 湯船から浮かび上がるお湯の球。その中ではゴキブリの死骸がゆらゆら漂っている。


 中のゴキブリを見ないように視線をあさっての方向へと向けながら、必死に操縦するアオイ。しかしその挙動はふらふらと不安定だ。


「あとはそれを外に……」


「えーい!」


「あ、そっちは男湯……まあ、いいか……」


 半ばヤケクソのように、ゴキ入りお湯ボールを放り投げるアオイ。飛ぶ先の目当てすらつけられずに放り投げられたそれは、ボロボロの垣根をギリギリ越え、男湯の方へと飛んでいった。

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