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第54話「ハンマーシュート」

「さ、どうぞ。見ていってください」


「はい。では、失礼します」


 家屋調査の仕事にあたり、住民に「スイドウカンの点検」といえば中に入れてもらえるとボスが教えてくれた。実際その通りにすると、あっさり侵入することができた。


 ただ、一つ問題が。「スイドウカン」ってなんだ……? まあ適当に見て回るか。


 しかし、シケた家だな。割れる壺の一つもありゃしないし、引き出しからもビキニアーマーの一つも出てきやしない。


 うーん、ここはハズレだな……。さっさと切り上げて次に行こう。一通りの探索を終え、立ち去ろうとしたその時だった。


「きえぇぇぇい!」


 突然の奇声に振り向くと、どこからともなく現れた老婆が、その巨大な木槌を俺に目掛けて振り下ろそうとしていた。


 ***


 振り下ろされた木槌が空を切り、家の床を陥没させる。


 間一髪でその一撃を躱した青年は、血の気の引いた顔で喚いた。


「いきなり何するんだ、このババァ!? まさかネトールの手先か!?」


「お黙り、この異世界人め! さっさと元ある所に還りな!」


 ネトール……? 異世界人……? 


 断片的な情報から察するに、目の前の青年は何者かによって召喚された「勇者ユーリ=ハサマール」なのだろうか? でも、あんなクズでノータリンな下半身に脳みそがついてる系勇者なんか、いったいどこの暇人が何のために召喚したのだろう……?


 ノアがそんなことを一人考えている間も、二人の応酬は続く。


「帰れるもんならとっくに帰ってるわ!?」


「だったらコイツで送り返してやるから、じっとしてることだね!」


「絶対に嫌だ! 『元の世界に送る』じゃなくて『あの世に送る』の間違いだろ!?」


「似たようなもんじゃないか。いいから大人しくミンチになりな!」


「ほら! 今、本音出た!」


 矢継ぎ早に振り降ろされる木槌を、辛うじて躱し続けるユーリ。その隙を見て、彼は血相を変え脱兎の如く逃げ出してしまった。


「お待ち! ちっ、逃げられたか……」


 木槌を肩に担いで舌打ちをする婆さん。


「えっと……あの青年って、異世界から召喚されたんですかね?」


 ノアが恐る恐る婆さんへと尋ねる。


「ああ、多分そうさね」


「やっぱり放置してると世界に悪影響が?」


 召喚魔術。本からの情報で存在は知っているが、間のあたりにしたのは初めてだ。本では「野良召喚獣による社会問題」みたいなことが書かれていたが、実際のところはどうなのだろう?


 いい機会なので、何やら詳しそうな婆さんに知的好奇心をぶつけてみることにした。


「何言ってんだい。あんなクソ雑魚ナメクジ野郎の一匹や二匹、放っといたって何にもなりゃしないよ」


 しかし、婆さんからの回答は意外なものであった。


「ええ……。じゃあ、どうしてあんな目の敵に……?」


 ノアが尋ねると、婆さんはあっけからんと答える。


「どうしてって? そりゃあ、誰かが苦労して召喚したものを、無に還してやるのが最高に愉しいからに決まってるじゃないか? 変なことを聞くお嬢ちゃんだね」


「ええ……」


 どうやら聞く相手を間違えたようだ……。ほんの少しだけ、ユーリが気の毒に思えてきた。


「ああ、おかえり。婆さんや」


 すると、すっかり蚊帳の外になっていた尋ね人の声がして、本来の目的を思い出す二人。


「『おかえり』じゃないよ! アンタ、何やってんだい!? 他人んちで!?」


 え? 他人んち?


 床にできた無数のクレーターを見て、ノアの血の気が引いていく。


 家主が戻る前に逃げなければ、最悪豚箱送りだ。


「じゃ、じゃあ私はこの辺で……」


 他人の家で堂々と夫婦喧嘩を繰り広げている二人を尻目に、足早にこの場を立ち去ろうとするノアであった。

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