第43話「じいさんばあさん食い逃げる」
「いらっしゃいま……」
挨拶をしようとしたアオイの言葉が、来客の風貌を見るやいなや詰まってしまう。
「爺さんや! アンタ何してんだい、こんなとこで!?」
訪れて来たのは、老人が待っていた「婆さん」であろう。少し勝ち気な性格を想起させる口調と、アニメ映画に登場する老魔女のような顔が特徴的だが、まあ一般的な部類の老婆だ。
ただ一つ。後ろに背負われている、身の丈以上の長さを誇る巨大な木槌の存在を除いては……。
「おお、婆さんや。大変なことが起こったんじゃ……」
「大変なのはアンタが喰ってるもんのカロリーだよ! 何だい、カルボナーラに唐揚げって!? 血管詰まらせて死ぬ気かい!?」
おそらく祠が云々と訴えようとしたのだろうが、婆さんの勢いに完全シャットアウトされる。
「いや、それは天ぷら蕎麦……」
「お黙り! こんな高カロリーな天ぷら蕎麦が有ってたまるものですか!? 全くふざけた店だね!」
「えぇっと……申し訳ありません?」
余りの婆さんの勢いを前に、アオイはとりあえず謝っておくことしかできなかった。
そんなアオイには目もくれず、婆さんの視線は卓上のしわくちゃになったお札へと移る。
「アンタ、それ、この前ショーちゃんがくれた肩叩き券じゃないの!? こんなところにほっぽり出して! 失くしでもしたらショーちゃんが悲しむじゃないの! ほら、さっさとしまった!」
卓上の肩叩き券を、爺さんの懐へと強引に押し込む婆さん。その過程で余計しわくちゃになったように見えたのは、きっと気のせいだろう。
「ほら、さっさと帰るよ!」
爺さんの首根っこを掴み、引きずるようにして店を出ようとする婆さん。
「いや、婆さんや! 海王の祠が! リバイアサンの祟りが!」
引きずられながらも、段ボールの方を指差して必死に訴える老人。婆さんは、その指差された先を見て、呆れたように顔をしかめた。
「何言ってんだい!? こんなところに海王の祠が有るわけないじゃないの! ボケ倒すのもいい加減にしとくれ」
ああ、よかった。祠云々の騒ぎもこれで収束するわね。カリンが内心そんなことを思っていた矢先。
「海王の祠なら昨日壊したばっかりだし、リバイアサンだってアタシが祓ったばっかりじゃないか!?」
「そ、そうだったかのう……?」
認知症患者の言うことは、頭ごなしに否定するのではなく、話を合わせた上で正しい方へ誘導してあげるのが望ましい。そんなことをどこかで聞いたことがある。
きっとこの婆さんは、爺さんの言うことに合わせて言っているだけなんだろう。
そう思おうとしていたカリンだったが、老婆の背の巨大な木槌に貼られた大量の東洋風の呪符が、その理解の邪魔をしていた。
「ふざけたこと言ってないでさっさと帰るよ!? 今日はこれからショーちゃんも来るんだから、はよしとくれ!」
「あ、ありがとうございましたー……」
嵐の如く現れては去って行った婆さんに、呆気に取られる一同。
彼女らが「カルボナーラ 唐揚げ乗せ」の代金を支払っていないことに一同が気づくのは、それから少し後のことになるのであった……。




