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もふ57 ヘルマンの訃報


 長らくお付き合いいただきありがとうございます。


 物語も終章に入ります。


 シリアスな展開が続きますが、ハッピーエンドで締めくくりますので、お楽しみいただけたら嬉しく思います。




 夜、何だか身体中の毛がちりちりするような気がして、ドン・サンチェスは目を覚ました。


 ふわふわのお腹に身体を寄せて寝息を立てているアンドレアの額に口づけ、そっと引き離して身体を起こす。


 月光の差す天窓のステンドグラスが床にぼんやりとした色彩の影を落とし、飾り棚に置かれた硝子の器に乗せられた蛤が、己の身体に茂らせた海松をふわふわとなびかせていた。


 壁にはクリーム色だがドン・サンチェスとは似ても似つかぬ短毛の、勇ましい姿の獣人の肖像画がかけられ、こちらを睨みつけている。


 ドン・サンチェスは、妻のアンドレアがこの絵を内心恐れているのを知っていた。


 魔族を束ねる獣人の首領、フリオ・サンチェスは、初めてこの寝室を訪れた時と同じように、音もなくこの場を去った。



 廊下の石柱の影には既にレアルが控えていた。


「ドン・サンチェス、我が君。」


 レアルは頭を垂れ、主人の目を見ないまま囁いた。


「今朝方、我らの国にてお父上のドン・ヘルマン・サンチェスがご逝去なさいましたとの知らせがございました。」


「ああ。そんな気がしていた。」


「お悔やみ申し上げます。」


「口先だけでもそんなふうに言ってくれたらありがたい。」


「フリオ様。」


「前から伝えていた通り、俺と母上と、二人だけで見送ろう。」


「アンドレア様は?」


「あの人には関係のない事だ……エスカミーリョはどこにいるんだ?」


「ドニャ・アルマと共においでです。」


「伯母上と?」


「はい。それと、セニョーラ・カミラも。」


「伯母上にはご苦労をかけた。エスカミーリョにも。」


「ドン・サンチェスに非はございません。人間とは異なり、我ら魔族の契約は絶対にございます。覆すことは出来ないのです。」


 レアルは一呼吸おいて続けた。


「……どちらか片方が、死なぬ限りは。」


「その片割れの父が死んだ。伯母上も、エスカミーリョももう自由というわけだな。」


「はい。そして、ドン・サンチェス、我が君、貴方様も同じく、自由の身であらせられます。」


 レアルの言葉に、ドン・サンチェスは目を閉じた。




 それは、ずっと昔のこと。


 フリオ・サンチェスもエスカミーリョもまだこの世にはいなかった時に、交わされた契約だった。


 謀反を起こしたヘルマン・サンチェスは、実兄からその座を奪い、獣人の首領となった。


 兄の妃であったドニャ・アルマは、その時、既に世継ぎを身籠っていたが、産まれ来るエスカミーリョの命と引き換えに、ヘルマンの側女となり、次期首領の座も、現首領のヘルマンとカサンドラの子のものであるとの契約を交わした。



 戦好きのこの首領は、人間ばかりか、同じ魔族である他の種族にとっても脅威だった。


 鳥人族、竜人族、その他の種族を次々と支配下に置き、いち種族に過ぎなかった獣人族を魔族の頂点に押し上げた。


 しかし、そのあまりに強力な力が、返って自身の寿命を縮める事となった。


 力に奢ったヘルマンは、不老不死となるべく禁断の魔法に手を出した。しかし、魔法をかけ損ね、反対に彼の強力な魔力が彼自身の身体を蝕んだ。


 せっかく奪った首領の座を渋々まだ年若い嫡男フリオ・サンチェスに譲り、病魔に犯された身体を癒すべく遠い西国のエルフの国へ旅立った。


 

 父と伯母により交わされた契約のもと、フリオ・サンチェスは獣人族の首領となる。


 それは、今では魔族の首領である事を意味していた。


 しかし、幼い頃より、大好きな従兄弟と優しい伯母が、父により日陰に押しやられ、そのせいで心ない言葉を浴びせられることに心を痛めていたし、息子が今の地位を不当に勝ち取った事への世論の反感を少しでも鎮める為に、母、ドニャ・カサンドラが私財を投じ慈善活動を行っている姿を見て育ったフリオ・サンチェスは、父とは違う道を歩んだ。


 争いを嫌い、和平を志し、能力のある者は出自を問わず取り立て、時が満ちて真の首領にこの座を譲るため、かりそめの首領を全うするべく骨身を惜しまなかった。


 真の首領、そう、ヘルマンが追い落とした兄の子、エスカミーリョにその座を譲る日の為に。


 そして、今こそ、その時が来た。


 




 いつもお読みいただいている方、初めてここまで読んで下さった方、沢山ある物語の中からこのお話を見つけていただき本当にありがとうございます。


 



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