もふ56 もふもふ夏も終わり
避暑地の涼しさがほんの少し苦手なアンドレア以外の者でさえ、朝晩は暖かい毛布が恋しくなるようになった。
ドン・サンチェス一行も、そろそろここを引き上げて、城で元の生活を送ることになる。
「もう夏も終わりですね。」
あれから夫婦で数々のプレミアやパーティーに呼ばれ、一躍、社交界の重要人物となったセニョーラ・カミラは、せっせとドン・サンチェスにブラシをかけてあげているアンドレアの横で寂しそうに呟いた。
「色々なプレミアで新鋭俳優や、セレブを見ましたけど、やっぱりまた長毛種が流行りつつあるみたいですよ。長い毛を、こう、カッコよく編み込んで。」
「ほう。」
カミラの言葉にドン・サンチェスは目を輝かせた。
「けど、毛を編むのは好きじゃないなあ。ごわごわして痒いんだ。」
しかし、同じように目をキラーンとさせたアンドレアに身の危険を感じ、慌てて付け加えた。
「大丈夫ですよ、ご主人様。まだごく一部の尖ったセレブの間だけですから。流行が一般人にまで浸透するには、だいたい数年はかかるそうですよ。」
魔女達の憧れのデザイナー、セニョーラ・バタフライと直々に話をする事ができたカミラは、早速ギョーカイ話を披露している。
「あと数年も……そうなんだ。」
ドン・サンチェスはカミラの言葉にしょんぼりと肩としっぽを落とした。
人間のセニョーラ・カミラと獣人のエスカミーリョ夫妻は、理想的なカップルとして、避暑地の社交界という社交界が諸手を上げて歓迎し、中でもカミラは、『誰もが羨む既婚女性ナンバーワン』とまで言われていた。
本当ならば首領の妃であるアンドレアがそんなふうに言われる筈だったのに、夫である自分のこのぼっさぼさの外見のせいで、誰も羨ましがってくれない既婚女性になってしまった。
自分の事を笑われるのはいい加減慣れっこだが、妻のアンドレアまでもが自分のせいで軽く扱われているような気がして、ドン・サンチェスの心は痛んだ。
当のアンドレアはそんな事は全く意に介さず、カミラのセレブのゴシップに楽しそうに耳を傾けながら、毎日幸せそうにブラシをかけてくれている。
『誰もが羨む既婚女性ナンバーワン』の称号を得られなくても、「長毛ちゃん」があまり需要の無いジャンルだとわかっているアンドレアは平気なものだった。
「カミラさんは、親元に仕送りをしながらこちらの魔導学院の奨学金まで取って、お城へ仕えることになったんですもの。美人だし、頭も良いし、魔力も高いし、みんなが憧れるのは当然ですわ。」
ドン・サンチェスに気づかれないよう、背中にそっと三つ編みを作りながら、ニコニコとアンドレアは言った。
「私だって常々、カミラさんこそお妃様に相応しい方だと思っていますもの。」
アンドレアのその言葉に、ドン・サンチェスとカミラはぎくりとする。
「ドン・サンチェス、ドラゴン達はとっくに中庭に控えていますよ。」
レアルが部屋の扉を叩いた。
「あ、ああ、すぐに。さあ、アンドレア姫、参りましょうか。」
「はい、サンチェス様。では、カミラさん、また後で。」
「はい、お姫様。お城でお会いしましょうね。」
ドン・サンチェスとアンドレアが手を繋いで部屋を後にするのをカミラは見送った。
「城はまだ暑いだろうなあ。」
ドラゴンを駆りながら、ドン・サンチェスは憂鬱そうに呟いた。
「首領様も大変ですね。」
アンドレアも気遣った。
「サンチェス様が魔族の首領じゃなかったら、涼しい土地で二人だけで暮らせるのにな。」
「え? アンドレア姫、何かおっしゃいましたか?」
「いいえ、サンチェス様。」
飛行用のドラゴンで空を行きながら、アンドレアは行きにそうしたように、ドン・サンチェスのもふもふの背中に身体を埋めながら、再びライオンちゃんバージョンのドン・サンチェスを見られるのを楽しみにしていた。
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物語はそろそろ終章を迎えますが、引き続きお楽しみいただけたら嬉しく思います。




