もふ52 もふもふ森へ入る
ドン・サンチェスの屋敷の広大な裏庭を奥へ進むと、そのまま山の斜面へ突き当たる。
しかし、これより先はドラゴンの縄張りだ。
魔族も、人間も、エルフでさえも、何かしらの形で文明社会に属する者は、いかなる種族も立ち入る事はできない。
まだうっすらと光っているドン・サンチェスとちーちゃん、それに、毛糸のぱんつに護られたアンドレアは、山の入り口の前に立った。
人の手はもちろんのこと、獣の通った後すらない密集した木々の間を、アンドレアの腰ほどまで伸びている下草を分けながら二人とちーちゃんは進んだ。
並んで歩くことは不可能なので、ドン・サンチェスが草を分けて作った道をアンドレアがついて行く。
森深い山の午後は短く、既に陽の光は入ってきておらず、薄暗い。ドン・サンチェスとちーちゃんが光っていなければランプ無しに先を行くことは困難だっただろう。
ほんの数メール進んだところでアンドレアが後ろを振り返ると、鬱蒼とした木々が視界を遮り、どこを歩いて来たのかわからなくなる程だ。
「大丈夫ですよ。俺のしっぽに捕まっていて下さい。」
ドン・サンチェスが前を向いたまま、未だ電気でぼはぼはの黄金のしっぽをアンドレアの手に優しく絡ませた。
「怖いですか?」
「いいえ。」
アンドレアはドン・サンチェスのしっぽを、きゅっ、と、掴んだ。
「初めてお会いした時の事を思い出しますね。こうして二人で森を行きましたね。あの時も、城の者が皆止めるのに、ちょっと行ってくるって出てきてしまったんです。一刻も早く貴女にお会いしたくて。」
ドン・サンチェスは恥ずかしそうにアンドレアの握っているしっぽの先をふにふにさせた。
「サンチェス様がお迎えに来て下さってとっても嬉しかったです。チェリーパイも。」
「そうですか? ふふふ。」
アンドレアに握られたしっぽが恥ずかしそうに揺れた。
嬉しかったどころではない。あの日、ドン・サンチェスが目の前に現れなければ、同行していた将軍にどんな仕打ちを受けたのやら、想像することさえ恐ろしい。
自ら決めた結婚ではないのに、両親に絶縁された自分にはもう帰る家は無い。
乱暴されて売り飛ばされても、涙を流してくれる者などいなかっただろう。
ドン・サンチェスはあの日はこんなふうに光ってはいなかったが、クリーム色のつやつやの毛は、アンドレアには充分まぶしく映った。
「ち!」
ほんの少しだけ思い出に浸っていたアンドレアはちーちゃんの鳴き声に我に返った。
次の瞬間、
どさどさどさっ!
アンドレアの頭ほどもある巨大な松ぼっくりが無数に落ちてきた。
「わああ。」
ドン・サンチェスが慌ててアンドレアからしっぽをひったくって振り回すと頭上に魔法陣のシールドが現れ、すんでのところで直撃は免れたが、松ぼっくりはシールドにぶつかって爆竹のようにバチバチと跳ねた。
「あー、びっくりした。栗の季節じゃなくて良かったですね。」
とは言うものの、この程度は予測していたのだろう、ドン・サンチェスはさほど驚いているようには見えない。
「たぶん、これ以上先へ進むなと言う警告ですね。これから先は何があるかわからないので……」
ドン・サンチェスのしっぽがパチパチ言いながらアンドレアの身体に巻きつき、ひょいっと、背中に背負わせた。
「アンドレア姫は俺から離れないように。」
「はいぃ。」
アンドレアは黄金の熊ちゃんの背中にしがみついた。
「ちー殿も、またはぐれたらいけないから、アンドレア姫と一緒にいて下さいね。」
「ち。」
「んにゃあ〜。気持ちいい〜。」
もふもふにパチパチの刺激が加わり、全身マッサージのようなリラクゼーション効果に、アンドレアはつい緩んだ声が出てしまう。
脱力して落っこちないようにするのに必死だ。
「さて、行くか。」
アンドレアとちーちゃんが背中の毛にすっぽり収まったのを確認すると、ドン・サンチェスは木々の間をぬって駆け出した。
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