もふ41 湖畔にて
「さ、さ、寒いぃぃ……!」
「お姫様ったら、私達に付き合ってカキ氷を食べる事なかったのに。」
アンドレアは歯をガチガチとさせながらカミラに手を引かれホテルのラウンジを出た。
「だって、紅茶ミルクに乗っかってるチーズケーキがとっても美味しかったんですもの。」
アンドレアはたまりかねて念のために持ってきた手袋をはめた。
「おや? それはドン・サンチェスの毛糸じゃないんですか?」
ピアがオレンジ色の手袋に気がついた。
「はい、これはドニャ・カサンドラの毛糸です。」
アンドレアは震えながらも得意気に手袋をはめた手をぽんぽんとしてみせた。
「良かったらピアちゃんにマフラーでも作ってあげましょうか? 毛糸を混ぜるとサンチェス様がとっても怒るので、どっちか一色だけ。」
他人の使い魔に何かをくれるなんて、今まで聞いたこともない。そんな事をしても自分には何も利益も無いのだから当然だ。
アンドレアは純粋に善意から言ってくれているのだ。
ピアは嬉しそうに翅をぶん、と、鳴らした。
しかし、
「遠慮しときます。」
獣人の抜け毛で編んだマフラーなんて、ちょっとヘンタイぽい。
主人のレアルが見たら気持ち悪がって主従関係を解消されてしまうかも知れない。
「遠慮だなんて。毛糸はたくさんあるから良いのよ。」
「いいえ! 使い魔はよそ様から勝手にモノをもらっちゃダメなんです!」
ピアはこれ以上議論は無用とばかりに早口で返した。
主人のレアルに似て押しの強さは負けないつもりだが、このお姫様相手だと何だか調子が狂う。
「わかりました。後でレアル様を通して差し上げますね。カミラさんはサンチェス様(の毛糸で編んだマフラー)いる?」
「お姫様、さっきから毛糸の話ばかり。よほど寒いのね。少し歩けば暖かくなりますよ。」
カミラは突然話題を変えた。
「有名ショップ街へ行くのですね?」
アンドレアが期待を込めた顔で尋ね、ているのかも知れないが、例の毛糸の熊ちゃんですら無い怪しいお面のせいでどんな顔をしているのかわからない。
ボタンの目がじーっ、と、こちらを見るのみで、ストールに手袋までつけて、吹雪の夜に出て来る魔物のようだ。
アンドレア姫の事は大好きだけど、この格好の彼女と高級ブティック街を歩くのは……ちょっと……何と言うか……。
「えっと、えっと、それはまた今度にします。ドン・サンチェスにもそう言われていますから。」
カキ氷を食べたばかりなのに何故か汗をかきながらカミラは答えた。
「じゃあ、湖の周りを歩いてみたいわ。」
「良いですね。では、参りましょうか。」
カミラはホッと胸を撫で下ろし、アンドレアと湖岸の遊歩道を歩き始めた。
アンドレアは相変わらずお面を被ってヨタヨタやっている。
「セレブと言うのも中々大変ですね。歩いてるのが湖のほとりなのか、ショップ街なのか全然わかりませんもの。」
それは貴女だけですわ……。
使い魔ピアは、カミラの心の声を聞いた。
二人が遊歩道に沿って湖畔を歩くうち、背丈ほどの葦の茂っている湿地にさしかかった。
アンドレアはお面を脱いで水鳥が泥に隠れているタニシを食べたりしているのを見て楽しんでいたが、
「この辺りは人影がありませんわ。引き返しましょう。」
カミラが周りを見回しながらそう言った。
「はい、カミラさん。」
そうして、アンドレアはまた元どおりにお面を被った。
被らなくてもいいのに。
と、カミラは思った。
「セニョーラ、セニョーラ」
先ほどのホテルのボーイ姿の人間の男が走って追いかけて来たので、奥様と呼ばれ慣れていないアンドレアより早くカミラが後ろを振り返った。
二人に追いついたボーイはカミラに礼をした。
「セニョーラ、お忘れ物でございます。」
「忘れ物?」
カミラとアンドレアは顔を見合わせた。
「はい、失礼ですが、お手を。そちらの……。」
ボーイはアンドレアの方も見た。
「セニョーラだか、セニョリータだか、とにかくそちらの方も。」
「はあ、こうですか?」
疑う事を知らないアンドレアはオレンジ色の手袋を着けた手を差し出した。
今だ!
ペドロは素早くアンドレアの腕に鉛の腕輪をつけた。
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