もふ39 もふもふと使い魔
せっかく楽しみにしていたカキ氷を食べる直前の、このタイミングで連れ戻しに来るとは、いかにもレアルのやりそうな事だ。
ドン・サンチェスはなおも未練がましく言う。
「固いこと言うなよ。せっかく注文したのにお店の人にも悪いじゃないか。」
しかし、ピアは髪の毛を逆立てビリビリと放電を始めた。
「仕方がありません。私はいかなる手段を使っても貴方様を屋敷へ連れ戻す命を受けておりますので、これより実力行使いたします。」
そうして、ピアの頭の上に電気を帯びた黒い霧のようなものが現れ、どんどん大きくなってゆく。
黒い霧のまわりの時空が微かに歪み、テーブルに飾られた花が吸い寄せられるように揺れた。
「わ、わ、わかったよ。もう。石頭なところは主人のレアルそっくりだ。こんな事ならお持ち帰りにすれば良かった。」
ドン・サンチェスはしょんぼりと席を立った。
「賢明なご判断、痛み入ります。」
ピアのその言葉とともに黒い霧はかき消えた。
「お仕事なら仕方ありませんわ。遅くなってはまた怒られてしまいます。」
アンドレアも席を立つ。
「いえ、アンドレア姫はセニョーラ・カミラとゆっくりしておいきなさい。
カミラや、悪いが今日はアンドレア姫のお相手を頼む。セレブ御用達のショップ街はまた今度にしてくれないか?」
「もちろんでございますわ。ここでセレブウォッチングをしています。帰り道も判りますから、ご心配なさらずにお仕事にお励み下さいな。あら? あのボーイさんが運んでるのは私達のカキ氷かしら? まあ、美味しそう。本当にメガ盛りだわ。」
ドン・サンチェスが名残り押しそうにカキ氷を眺めているところを視界を遮るように、ぶーん、と、ピアが飛び回る。
「わかりました。行きますよ、もう。じゃ、アンドレア姫、カミラ、また後で。」
ドン・サンチェスはしょんぼりとしっぽを垂れて席を離れたが、思い付いたようにまた戻ってきて、
「セニョーラ・カミラがいるから心配ないと思うが、念のため。」
と、ジャスミンの花数珠の首飾りをアンドレアにかけた。
ホテルを出てしばらくして、ドン・サンチェスはピアに言った。
「そうだ、お前もここに残ってアンドレア姫の護衛を頼むよ。」
「恐れながら、使い魔に命令できるのは……。」
「……そうだったな。」
ドン・サンチェスは急に声を落とした。
「なら、ここでレアルの代わりに火だるまになるか、大人しく俺の命令を聞くか、選ばせてやるよ。」
「ひ…………。」
唯ならぬ気をビリビリと感じ、ピアは髪を逆立てたが、身体が硬直して動かない。
レアルに頭の上がらないドン・サンチェスは、普段は使い魔であるピアの言う事も素直に聞いているので油断していた。
完全にしっぽの射程に入ってしまっている。今攻撃されたら回避できない。
「なーんてな、冗談だよ。命令じゃないよ。お願いしてるんだ。」
しかし、すぐにその場の緊張は解け、ドン・サンチェスはしっぽをぴょこぴょこさせた。
「お、お、お願いなら、まあ、も、問題はない、かも、知れない、です。」
ピアは灰色の肌を真っ白にしてガクガク震えながら言った。
「助かるよ。よかったら俺のカキ氷を食べて良いよ。あ、これは命令でもお願いでもないから好きなようにして。じゃあな。早く帰らないとお前の主人は本当に怖いからな。」
ドン・サンチェスは大草原を転がる回転草のようにもふもふと元来た道を帰って行った。
「ドン・サンチェスがあんな顔をされるとは。」
遠ざかるクリーム色の綿を見送りながら、ピアは独りごちた。
姿形は妖精の少女のような使い魔ピアだが、彼女は代々レアルの家に仕えている。
故に、ドン・サンチェスの父である先代の首領も、その前の首領も、主人の傍で見ていた。
暴君として恐れられていた先代の首領、ヘルマン・サンチェス。
フリオ・サンチェスがその父から受け継いだのはクリーム色の毛だけで外見も性格もまるで似ていない、などと巷では言われているが、時々、ほんのごく稀に、彼から父の面影を見る事がある。
それが良い事なのか、悪い事なのか、ただの使い魔如きに判断できるものではない。
けれども、ドン・サンチェスが普段と違う顔を見せるのが、我ら魔族の利益の為ではなく、ただの人間の為なのだとしたら、それは我々にとっても良い事なのだろうか?
それとも……。
ピアちゃんはどこへ行っちゃったのかしら? カキ氷か溶けちゃうわ。
主人に似て地獄耳のピアに、アンドレアの声が聞こえたような気がした。
ピアは先ほどアンドレアにもらった花を髪にさすと、ぶーん、と、翅を鳴らしてアンドレアとカミラのいるテラスへ戻った。
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