もふ38 もふもふセレブ
ドン・サンチェス、アンドレア、そしてカミラは、湖を一望できるテラス席へ案内された。
テラスは大勢の客で賑わっていたが、テーブルの間隔にずいぶん余裕があるので他人を気にする事なくゆったりとした時間を過ごせるよう配慮されている。
湖からはひんやりと心地よい風が吹いて来て、ドン・サンチェスは気持ち良さそうに鼻を少し突き出し、そよそよともふもふの毛をなびかせている。
しかし、いつもならドン・サンチェスのゆるふわ姿にいちいち反応するアンドレアは毛糸のお面に視界が遮られているので何にも言ってくれない。
そして、お上りさんのカミラは大興奮だ。
「ねえ、ねえ、お姫様。」
つんつんとアンドレアの肩を突つき、小声ながら早口でまくしたてた。
「あそこの二つ向こうのテーブルにいる人、有名デザイナーのセニョーラ・バタフライですよ。超、超、有名な大女優と一緒だわ。公私の仲って言う噂は本当だったのね。あら? その奥のテーブルでたくさんのご婦人に囲まれていらっしゃるのは、もしや、ドン・ガロ? 先日お母上を亡くされたばかりだと言うのに、相変わらずのプレイボーイぶりですわね。」
「どこ、どこ?」
「ダメですよ振り返っちゃ。見てるのがバレちゃいます。」
セニョーラ・バタフライの恋人の大女優を見たくて後ろを振り返ろうとするアンドレアをカミラが慌てて制した。
「えーっ、カミラさんばっかりずるい。私もセレブを見たいです。」
「良いじゃないですか。お姫様自身がセレブなんですよ。それに、魔族界のセレブの頂点にいる方と毎日ご一緒してるんですから。」
「えっ、セレブの頂点? まあ、誰ですか? どこにいるの?」
アンドレアは毛糸のお面でキョロキョロ見回している。本当に何もわかっていないようだった。
「…………別に良いですけどね。」
ドン・サンチェスは溜め息をついた。
その時、
「ドン・サンチェス」
ぶーん、と、羽音がしたかと思うと、背中に翅を持ち、黒い髪に灰色の肌をした小指ほどの大きさの少女がドン・サンチェスのテーブルの真ん中に降り立った。
「ドン・サンチェス、良かった、ここにおいででしたか。」
「お前はレアルの使い魔ではないか。」
「レアル様の使い魔さん?」
アンドレアはお面をずらしてその小さな使い魔を見た。
「ピアと申します、アンドレア様。」
ピアはアンドレアへ向き直り、足を軽く曲げてお辞儀をした。
「かわいい。妖精さんみたい。よろしくお願いします。」
アンドレアはテーブルの上にある花瓶の小さな花を一輪取ってピアに差し出した。
首領夫人がかわいいもの好きなのは聞いていた。彼女の「かわいい」は最上級の賞賛だとも。
こんな灰色で煤まみれの様な自分を、小さいと言う理由だけで妖精に例え、かわいいと言ってくれるなんて、アンドレア様は緊張感のないドン・サンチェスを気に入ったり、今も変わったお面をつけたりして、ちょっと感覚が一般的ではないと言われているが、他の人が見落としがちな良さを見抜く才能に長けているのかも知れない。
ピアは灰色の肌を少し赤くしてはにかみながらその花を受け取った。
「ピアちゃんもカキ氷を食べに来たの? 私もカミラさんの抹茶クリームを少しわけてもらうのよ。」
アンドレアは、ね、と、セニョーラ・カミラを見たが、カミラはあちこちのセレブウォッチングに忙しくて適当に相槌を打つだけで、ピアには目をくれずにずっと遠くの方を見ている。
魔女のカミラにしてみれば、ありふれた使い魔なんて改めて見るまでもないのだ。
「いいえ、ドン・サンチェスにご用があって参りました。ドン・サンチェス、おくつろぎのところ恐れ入りますが、本日中に必要な書類の一部にご署名漏れがございまして、至急、屋敷にお戻り下さいと、我が主からの事付けでございます。」
ピアの背後にレアルの顔が浮かんだ気がしてドン・サンチェスは一段と涼しくなった。
「せっかく今からカキ氷を……食べたらすぐに帰るから、ちょっと待っててよ。」
「恐れながら、我ら使い魔に命令できるのは主人だけにございます。」
「ううう。」
ただの使い魔の癖に口調まで主人のレアルにそっくりだ。小さなピア相手にドン・サンチェスはオドオドしてしまうのだった。
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