もふ36 もふもふ復活
避暑地へ移ってからのドン・サンチェスは俄然元気になり、リモート・ワークでばりばりと仕事をこなすので、やかまし屋のレアルも文句を言えないほどだ。
仕事のスピードもさることながら、涼しさの為かドン・サンチェスの体積も通常の三倍に膨張している。
「もうこのまま遷都しちゃいたい。」
絶好調のドン・サンチェスは、仕事の手を休めずに鼻歌まじりに軽口を叩く余裕もある。
「は? 今何とおっしゃいました?」
地獄耳のレアルがぴくっと眉を上げた。
「いいえ、レアル殿。俺は何も言ってませんよっ、と。ハイ、午後の仕事、終わり! 後、何かある?」
ドン・サンチェスはレアルの前にどさどさと書類を積み上げた。
「いいえ、本日はこれまででございます。」
レアルはなぜか悔しそうだ。
「では、アンドレア姫と遊びに行ってこよう。昨日から約束していたのだ。」
そうして、三倍のしっぽをぴょこぴょこさせ、ドン・サンチェスはスキップで去って行った。
お城の涼しい場所で液体のようにぺっちゃんこになっているドン・サンチェスは見るからに可哀想だったので、三倍のしっぽをぴょこぴょこしながら元気に働く姿を見る事ができ、アンドレアも嬉しかった。
そればかりではない。喜ばしいことに、こちらでは二人連れ立って気ままに外出までできるのだ。
「城下でフラフラしていたら、遊んでないで仕事しろとか、相変わらず緊張感に欠けるとか、うるさく言ってくる輩も出てきますからね。ま、ここにいる時点で遊んでるわけだし、無礼講って事で。」
「まあ、名君と名高いサンチェス様にそんな事を言う人がいるんですね。」
お出かけ前のブラッシングをしながらそれを聞いたアンドレアは憤慨してブラシを振り回した。
「良いんです。民が言いたい事を言いたい放題に言えるのは、俺が名君の証ですよ。それに、今の私は無敵です。」
有り余るエネルギーがオーラとなり、
ぼはっ!
と、さっききれいにしたばかりのしっぽがまた広がったが、
「力のみなぎるサンチェス様、素敵……!」
アンドレアは全然気にしていないようだ。
「ふっふっふっ。」
ドン・サンチェスは得意気にしっぽをぴょこぴょこさせた。
「とは言え、あからさまに遊びまくるのも外聞が良くないので、こうして」
と、目元を隠す仮面を着け
「ちょっとだけ顔を隠すのがセレブのたしなみです。おや? アンドレア姫、どうしたのですか?」
見れば横にいるアンドレアが、はあはあと肩で息をしている。
出し抜けに登場したサングラス熊ちゃんにアンドレアの心臓はいつものように収縮したので、急に襲いくる動悸に息が乱れてしまったのだ。
ここは高度があるので血圧にも注意が必要だ。
目元をちょっと隠したくらいでそれ以外のもふもふを隠さなければ何の意味もないと思うが、本当に体裁だけのものなのか、単にドン・サンチェスがセレブを気取ってカッコつけたいだけなのか。
ともあれ、いつもの羽根飾り付きの帽子にマントのお出かけスタイルに仮面まで着け、
怪傑熊ちゃん
になったドン・サンチェスと並んで街を歩くのは、アンドレアにとっては至福以外でも何ものでもない。
しかも、顔を隠していれば思いっきりデレデレの顔をしていても大丈夫だ。
アンドレアもドン・サンチェスに倣って仮面を着けたが、その姿を見たドン・サンチェスは急に不安になった。
「ア、アンドレア姫? それは一体、何でしょうか?」
アンドレアは毛糸で編んだ帽子のような物を頭から首まですっぽりと被っており、頭には二つの丸と、顔の中央には三つの丸いボタンが逆三角の形に縫い付けられていた。
「サンチェス様の毛糸で編んだ編みぐるみの熊ちゃんのお面です。往来では顔を隠す必要があると聞いていたので、作っておきました。」
どうやら、顔の逆三角のボタンは目と鼻のつもりらしい。
熊のお面と言うよりも、銀行強盗が着けている覆面のようだ。
「さあ、行きましょう! サンチェス様とお出かけ、嬉しいな〜♪」
アンドレアはドン・サンチェスの手を取り歩き始めたが、目を開けるのを忘れていたらしく、ドン・サンチェスにしがみついてヨタヨタつんのめっている。
誰に頼まれる訳でもないのに、抜け毛をよって毛糸までつくり、せっせと編み物なんかするわりには、意外と、不器用さんだな……。
ドン・サンチェスは、転ばないようにすがりつくアンドレアを支えながら考えた。
アンドレア姫にはとても悪いのだが……。
ほんの……ちょっとだけ……。
一緒に歩くのが、恥ずかしい……。
いつもお読みいただきありがとうございます!
引き続きよろしくお願いいたします!




