もふ32 もふもふ夏本番
アンドレアがドン・サンチェスの元にやって来たのは、夏の初めのことだった。
もふもふの夫や姑、人間の魔女カミラ、その夫の強面の美男エスカミーリョに、それに輪をかけて怖いダークエルフのレアル、寡黙な賢者セルバンテスらとの新しい生活を送るうち、ドン・サンチェスの生え変わった夏仕様の毛ですら持て余す程、夏も盛りを迎えつつあった。
「アンドレア様、ドン・サンチェスをお見かけしませんでしたか?」
獣人用の大きな本を抱えて図書室へ向かうアンドレアにレアルは声をかけた。
図書室は広大な城内の最奥にあるので大きな本を携えての移動だけでも重労働だ。
「サンチェス様なら、いつものお気に入りの場所ですよ。」
アンドレアは息を弾ませ弾ませ答えた。
「やれやれ。」
毎年のことながら、と、レアルは溜め息をついた。
ここ数日、ドン・サンチェスは日当たりの悪い冷たい石壁の隅に潜む事が多くなった。
「ドン・サンチェス、我が君。魔族の首領ともあろうお方が、このような所で。お情け無い!」
「レアル様の言う通りです。」
「おお、アンドレア様もそのようにおっしゃって下さいますか。」
「もふもふにホコリがついたら大変!」
「はあっ!? 」
と、アンドレアが石の床を磨き上げ、クッションを隅っこに置いてあげたので、余計に過ごしやすくなっている。
「これではお仕事になりませんよ。魔女を動員して執務室を冷却させましょう。ドニャ・カサンドラのように。」
床の上で液体になっている主人を見かねたレアルは言った。
ドニャ・カサンドラは、夏期間限定で魔女を増員して部屋中を冷却魔法でひんやりとさせている。
一見すると贅沢三昧に見えるが、冷却係の魔女はお給料も良いし、お城での勤務経験があるとなれば就職先は引く手数多なので、魔導学院の魔女達のcoolなアルバイトとして人気だ。
暮らし向きの苦しい学生を支援するためにも、学院側も積極的に採用を働きかけているのだ。
「母上は女だから良いんだ。男の俺がそんな事をしたら、ハーレムみたいで外聞も良くない。」
「男の魔法使いを雇えば良いではないですか。」
「よけい怪しいじゃないか。それに、軟弱者みたいだ。」
今のこの状態は軟弱ではないと?
レアルは喉まで言葉が出かかったものの、ぐっと飲み込んだ。
「仕方がありません。今年の夏は例年よりも暑いようですし、少し早いですが避暑地へ行きましょう。」
「ほんとに!? やったー!」
ドン・サンチェスは、身体はそのままに、しっぽだけぴょこぴょこさせた。
「もちろん、あちらでお仕事もしっかりやっていただきますよ。」
「やる、やる!」
と、しっぽがぴょこぴょこ頷いている。
そして、
「早速、アンドレア姫に知らせよう。」
と、しっぽを振ると、白く光るサークルが床に現れ、アンドレアが姿を現した。
「ふう、ふう、やっと着きました……。セニョリータ・モニカ、こんにち……あら? ここは? サンチェス様? 」
重たい本を抱えて城の端から端を歩き、あと一歩で遠い図書室にたどり着くところだったアンドレアは、驚いてきょろきょろ辺りを見回した。
「アンドレア様を召喚するとは何ごとですか!」
レアルはいつものように大声を出すが、暑くてぐだぐだのドン・サンチェスはいつものように怖がって毛を逆立てる事もない。
暑さで全てが無気力になってしまっている。
「だって、暑いから動くの嫌だし。」
ぺっちゃんこになったままボソリと呟いた。
「な、な、な……。」
レアルの頬がぶるぶると震え、奥歯をギリギリさせているのを見たアンドレアは慌てて取りなした。
「だ、だ、大丈夫です、レアル様っ! 私もちょうど、サンチェス様にお会いしたいなーっと、考えていたところですっ。さっきまで会ってましたけどっ。液体のサンチェス様、また見たいなーって! ま、満足したからこれで失礼しますっ!」
そして、本を抱えてよたよたと走り去った。
「アンドレア姫、まだ用は済んでいませんよ。もう、せっかちだなぁ。」
やれやれ、と、ドン・サンチェスはもう一度アンドレアを召喚すべく、しっぽを振りかけた、その時。
「軟弱者ーーーーっ!!!! 」
レアルの怒号が城中にこだまして、石の壁からぱらぱらと砂が落ち、ドン・サンチェスの上に降って来た。
「やめてやめて。城、壊す気? って、それも良いな。改修してる間、ずっと避暑地にいられ…………ごふっ。」
突然、石壁の上にしつらえてあった彫刻が折れてドン・サンチェスのもふもふの頭に落下したので、その先を続けることは出来なかった。
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