もふ29 もふもふお勉強
「オラ・ドニャ・アンドレア。今週はよくおいでになりますね。もう三度目ですよ。」
アンドレアが図書室へ訪れると、薄い茶色の毛に覆われた細長い司書セニョリータ・モニカがカウンターにつるんと現れた。
「こんにちは、セニョリータ・モニカ。先日お借りしていた本をお返しに参りました。」
アンドレアは表紙に『教養市民層からみる獣人イズム』と書かれた書物をカウンターに置いた。
「如何でしたか?」
「実は、難しくて私にはよくわからなくて、途中で挫折してしまいました。せっかく勧めて下さったのに、申し訳ありません。」
アンドレアは頭を下げた。
「うーん、じゃ、これなんてどうかしら。」
セニョリータ・モニカはつるんつるんとアンドレアの前に本を置いた。
『友達には教えたくない! 差がつくおまじない集』
本のタイトルを見たアンドレアの顔がぱっと明るくなった。
「これなら何とか読めるかも知れません。」
「何でも聞いて下さいね。ドニャ・アンドレアは勉強熱心で感心しますわ。」
「そんな……、わからない事ばかりでお恥ずかしいです。」
アンドレアは頬を染めた。
ドン・サンチェスの元へ輿入れが決まり十日と経たないうちにこの城で暮らす事になったアンドレアは、魔族について全く勉強しないままここへやって来た。
事前に知っていたことと言えば、獣人は姿形も恐ろしく、とても野蛮だと言う事だけだ。事実無根とまでは言わないが、全く当てにならない情報だった。
先日のもふもふサマーカット事件を始め、実際に城下へ出て魔族の暮らしぶりに触れるにつれ、自身の勉強不足を思い知る事が多々あった。
愛する夫や優しい義母、他所者の自分に親切にしてくれる城の者達、この国に住む魔族のことをもっと理解したい。
魔族と人間の関係や歴史についても深く学びたいという気持ちが日に日に強くなっていった。
そんなアンドレアに、レアルは城の図書室の存在を教えてくれた。
「写字室の書物は賢者セルバンテスの私物なので触れることはかないませんが、図書室の本なら自由に読むことができますよ。」
もとより賢者セルバンテスの書物は難解すぎてとてもアンドレアには歯が立たない。
自分が本当の公爵令嬢ならばきちんとした教養を身につけておく事ができただろうに、やはり、従姉妹の宿題を手伝っていたくらいでは、読み書きはできても真の学問を深めるのは難しい。
写本をしていても、意味の解らない言葉がたくさん出てくるのだ。
辞書を引き引き『友達には教えたくない! 差がつくおまじない集』を読んでいたアンドレアは溜め息をついた。
こういう本はマリアに頼まれてたくさん読んでいたにも関わらず、なかなか読み進める事ができない。
「溜め息なんかついて、どうしたのですか? またしっぽについての妙な本でも探してきたのですか?」
ドン・サンチェスがしっぽでちょんちょんとつっついてきた。
「しっぽの妙な本とは何のことですか?」
「い、いえ、別に……。」
ドン・サンチェスはなぜか顔を赤らめている。
「まさに、所変かわれば品変わるです。こんな本は、向こうのお屋敷でもよく読んでいたんですけど。シミやそばかすを消すおまじないとか。」
「そ……バカ? バカを治すおまじないですか?」
ドン・サンチェスはもふもふの顔を傾げた。
確かに、全身毛で覆われた獣人族がシミやそばかすを気にするはずがないから、そばかすという言葉じたい、知ろうはずもない。
「おバカを治すおまじないがあるなら、ぜひ私にかけていただきたいですわ。」
アンドレアはしょんぼりと呟いた。
「それこそバカげた事おっしゃいますね。アンドレア姫はおバカなどではありませんよ。」
「だって、辞書にも載って無いような言葉の意味もわからないなんて。」
自分の無学が知られたら、写本の仕事も辞めさせられるかも知れない。
アンドレアはすっかり落ち込んでしまっている。
「そういう若者向けの本に出て来る新しい言葉は辞書には載ってないものですよ。さあ、貸してご覧なさい、わからないところは俺が教えてあげましょう。」
お勉強は得意なのだ。たまには頭の良いところを見せて尊敬されるのも悪くない。
ドン・サンチェスはアンドレアの手から本を取った。
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