もふ24 もふもふとお花畑と庭師のお爺さん
「ずいぶんと待たせるんでござぁますのね。これが獣人の皆様のおもてなしでござぁますの。勉強になるざぁますわ。」
謁見室では、待たされるのは自分への侮辱だと受け止めたセニョーラ・カーマが、その場にいる城の竜人族の魔女達が居心地の悪い思いをしているのもお構いなしに不機嫌を露わにしているところへ、ドン・サンチェスが滑り込んで来た。
「いや、大変申し訳ない。前の仕事が押していまして。」
しかし、そんな見えすいた事を言いながら玉座に座るドン・サンチェスに一同は凍りつく。
しばしの沈黙の後、セニョーラ・カーマが口を開いた。
「そのお姿は、一体何のおつもりでござぁますの?」
「姿……?」
ふと、鏡のようにピカピカに磨かれた大理石の床に映っている自分の姿を見たドン・サンチェスは、この暑いのに背中からいやーな汗が伝うのを感じた。
そこには、ラベンダーの大きな花輪を頭に乗せた、お花畑熊ちゃんが映っていた。
ʕ•ᴥ•ʔ
この事件は、後にお花畑外交と呼ばれる事となる。
ラベンダーの冠は、歓迎の印にドン・サンチェス直々にセニョーラ・カーマの頭に乗せられ、竜人の女性への信頼と尊敬の証としてお土産に抱えきれないほどの大きなラベンダーの花束も贈られた。
そればかりか、この城の敷地内には、竜人の国の分領地があるというではないか。
猫の額、いや、熊ちゃんの額ほどの広さだが、そこにはラベンダーの花がたくさん咲いていて、城内に在るにも関わらず、獣人は首領であろうとも立ち入る事は許されず、竜人族ならば好きなだけ花を摘めるという。
初めはその場しのぎのおべんちゃらだと疑っていたセニョーラ・カーマも、ずっと以前に羊皮紙に書かれた公式の文書を賢者セルバンテスより見せられたのでようやく信じることができた。
抜け目の無いカーマ女史にしては珍しく、その日は意見書を提出するのを忘れたまま帰途に着いたという。
ʕ•ᴥ•ʔ
「アンドレア姫、貴女のおかげで今日の謁見は大成功でしたよ。ありがとうございました。」
夜のお手入れに身を任せながらドン・サンチェスは言った。
「私、何も特別なことはしていませんけど。」
アンドレアは首を傾げた。
そう、特別なことは本当に何もしていない。
いつものように、ドン・サンチェスの「映える」絵面を研究していただけだ。
それよりも、セニョーラ・カーマがラベンダーの花束を喜んでくれたという知らせを聞き、庭師のカイマンお爺さんも喜んでいるだろうと思うとアンドレアも嬉しかった。
「あっ、そう言えば、サンチェスの毛糸ですけど。」
アンドレアは朝の二人の会話を思い出し、心地よい疲労にウトウトしているドン・サンチェスに声をかけた。
「ほら、こんなのも手に入ったのです。」
アンドレアはオレンジ色の毛糸玉をドン・サンチェスの前に差し出した。
「こ、これはもしや……!」
ドン・サンチェスの眠気が吹っ飛んだ。
「その通り、お義母様のドニャ・カサンドラの毛で作った毛糸です。」
アンドレアは誇らしそうに答える。
「サンチェス様の毛糸とお義母様の毛糸を二色使って、模様入りのマフラーを……。」
「やめて! それ以上言わないで!」
ドン・サンチェスは悲鳴をあげた。
自分と母親の毛で組んず解れつ編み上げるマフラーなど、身の毛がよだつ。
その晩、ドン・サンチェスはアンドレアがどんなに謝っても、ついにもふもふを触らせてやる事はなかった。
アンドレアは寂しそうにドン・サンチェスとドニャ・カサンドラの毛糸を胸に抱えて眠りについた。
そして、竜人族の国では、セニョーラ・カーマが持ち帰ったラベンダーが家々の寝室に甘く優しい香りを届けている事だろう。
ʕ•ᴥ•ʔ
ごく若い頃、緑の少ない岩場だらけの国からやってきたカイマンは、この城の美しい花々に心を奪われ、以来、花を愛する人々の為にその人生を捧げて来た。
故郷から女性の使者が謁見にやって来ると聞き、ぜひここの美しい花々をお土産に持って帰ってもらいたいと考えたカイマンは、アンドレアに手伝ってもらい、晴れた朝の日に咲き始めのラベンダーをたくさん摘み、丁寧に処理をしてドライフラワーを作っておいたのだ。
こうすれば、乾燥したあの土地でも、長い間きれいな花と香りを楽しめるに違いない……。
若き妃、ドニャ・カサンドラは小さなドン・サンチェスを連れ、この庭をよく歩いた。
オレンジ色とクリーム色の毛玉が寄り添い、青いお花畑をもこもこと移動しているのをよく見かけたものだ。
もふもふの獣人の男の子の、ちょこんと突き出た小さな鼻にラベンダーの花をくっつけている姿は、こんな朴訥な竜人族の男の目にも愛らしく映った。
大好きな庭師の故郷が岩ばかりだと聞いたドン・サンチェスは、
「じゃ、僕が大きくなったらここからここまでを竜人族の国にあげる。」
と、両手を広げた。
「おたわむれを。」
顔をほころばせるカイマンに、
「時期首領の言葉は絶対である。」
我が子を溺愛するドニャ・カサンドラがムキになり、早速、記録係が呼ばれた。
庭師カイマンは月夜の下、青いラベンダー畑の真ん中に立ち、懐かしい岩だらけの故郷へ想いを馳せていた。
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