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もふ18 もふもふがしょんぼり


 鶏に食べられてしまったお土産の貝殻の話を聞いたドン・サンチェスは、アンドレアの為に美しい貝を拾ってやろうと波打際でせっせと砂掘りを始めた。


 アンドレアは、城の料理人特製のチェリーパイをかじりつつ、熊ちゃんがしっぽを水に濡らさないよう気をつけながらお砂遊びをしている様子を目を細めて眺めていた。


 気をつけていないと、口もとが緩んでチェリーまみれの真っ赤なヨダレを垂らしてしまう。


 

「アンドレア姫、これをご覧なさい。」


 波打ち際でドン・サンチェスが手招きしているのが見えたので、アンドレアはヨダレを拭いて緩みっぱなしの顔をキリッと引き締め、夫の側へ行った。


 ドン・サンチェスの指さす所を覗いてみると、打ち寄せる波の下に藻のたくさんついた石のようなものが転がっていた。


 よく見るとそれは大きな蛤で、貝に海松がくっついて、こんもりと山のようになっている。


「風流ですね。こんな珍しい貝はなかなか見ないでしょう?」


 貝なのにこんなにもじゃもじゃになってしまった蛤を他人とは思えないのか、ドン・サンチェスは、水の中でふわふわと海松をなびかせている蛤を面白そうに眺めている。


 こんなに大きな蛤、焼いて食べたらさぞかし美味しかろう。もじゃもじゃの海松は酢の物にするのも良い。


 長らく使用人同然に下働きをしていたアンドレアにとって、魚介と言えば、塩漬けにされたパサパサの鱈だった。新鮮な蛤を見て思わずそんな事を考えてしまったが、風流人の夫に幻滅されそうなので黙っていた。


「これをお土産にしましょう。砂と海水ごと持って帰れば、素敵な装飾になりますよ。」


 ああ、やっぱり食べないのか。


 ドン・サンチェスのいかにも貴族然とした風流な趣向に、アンドレアは心の中でちょっぴりガッカリした。


 ドン・サンチェスは蛤を拾うべく足を踏み出したが、運悪く踏み出した足の砂の中にカニが隠れていたようだ。


 あまり毛の生えていない足の親指をハサミで思い切りはさまれた。


「わあっ。」


 驚いたドン・サンチェスはバランスを崩し、


 ばっしゃーん!


 尻もちをついてしまったところへ


 ざぶーん!


 大きな波がドン・サンチェスの頭の上に襲って来た。




「さ、サンチェス様……?」


 波が引いた後に残った我が夫を見たアンドレアは、雷に撃たれたような衝撃を全身に浴びた。




 海水を全身に浴びたドン・サンチェスの体積は、三分の一にしぼんでしまっていた。


 全身の毛と言う毛から水がしたたり落ち、水の重みでしっぽが垂れ下がってしまっている。

 




 しょんぼり……。





 きゅーーーーーっん☆




 全身びしょびしょのしょんぼり熊ちゃんの登場に、アンドレアの心臓が躍動した。



「やれやれ、酷い目に遭った。」


 ドン・サンチェスは立ち上がり



 ぶるぶるっ。



 と、身体を震わせると、頭、身体、と順々に毛をぶるぶるさせて水を弾き、最後にぶるぶるがしっぽの先まで到達した。



「はわわわわ……!」



 アンドレアは耐えられずに顔を覆った。


 ぶるぶるしている時の顔は、あっちこっちに力が加わりヘン顔になっていて、とんでもない破壊力だ。




 もう一回、見たい……。





「アンドレア姫、どうなさったのですか?」


 ドン・サンチェスは、顔を覆っているアンドレアを心配そうに覗きこんだ。自分が飛ばした水しぶきが嫌だったのだろうか?


「…………。」


「アンドレア姫?」




 どーーん!



 アンドレアはドン・サンチェスを突き飛ばした。


 と思ったものの、びしょびしょ熊ちゃんと言えど、身体の大きな獣人をか弱い女に倒せる訳がない。


「ふふふ。その手は桑名の焼き蛤、いえ、白い浜のぼさぼさの蛤……ひゃーっ!」


 ドン・サンチェスがとても訳のわからない事を言っている隙に、アンドレアはカニをドン・サンチェスの黒い鼻にくっつけた。



 ばっしゃーん。



 そして、驚いてよろけた拍子にまた海の中に尻もちをついてしまった。


 目を輝かせ、握った拳を顎に持ってきて幸せそうにこちらを見ている新妻を放心して眺めていると、ふと、さっきの蛤が相変わらずさわさわと海松を漂わせているのが映った。



 ……俺も、もしかしてあんな風に見えるのだろうか。



 改めてみると、全っ然、風流じゃないな、と、ドン・サンチェスは考えた。


 

 残念な事に、私の心はもじゃもじゃの蛤なんかを見ても一向に動かず、ドン・サンチェスの一挙一動にきゅんきゅんしっぱなしで、とても風流人とは言えないようだ。



 もじゃもじゃの蛤と違って、ドン・サンチェスはこのまま乾いたら塩水でごわごわになってしまうから、お城へ戻ったらきれいに洗ってあげなくちゃ。


 しっかり隅々まで、よーく、洗ってあげなくちゃ。



 アンドレアが頬を赤らめ、ふふふふふ。と微笑んでいるのを見たドン・サンチェスは、何やら恐ろしい事を企んでいるのではないかと身震いした。


 ぶるぶるした夫を見て、妻の目はまたもや幸せそうに輝いた。



 何にせよ、幸せなのは良い事だ。


 ドン・サンチェスは考えた。



 ちなみに、このお話に出てくるもじゃもじゃの蛤は、今昔物語の中のお話から着想を得ています。



 いつもお読みいただきありがとうございます。

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