136.赤き潜刃、死色の猛進
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信楽が白い騎士と戦闘を開始した頃、鬼瓦も黒い騎馬に対して交渉を試みていた。
胸ポケットからスキットルを取り出し、蓋を開けて一口口に含み、口内を湿らせる。ブランデーの幾つかの果実と蜂蜜の芳醇な風味と、呑み込んだ際に酒精が鼻を抜け喉を軽く焼く感覚を味わうのもそこそこに、周囲を警戒し【童子切安綱】を軽く構えながら、黒い騎馬に向けて話し掛ける。
「ねぇ黒馬さん、助けてあげるから力を貸してくれない?」
『助けるだと?』『嫌だ嫌だ!』『どうやってだ!?』『無理だ!』『そもそも、お前は奴に勝てるのか!?』
「さてね。少なくとも私一人では勝てない可能性が高いわね。だから、貴方達の力を貸して欲しいのよ」
『無駄だ!』『痛いのは嫌だ!』『どうせ捨て駒にする気だろ!?』『利用されるのは嫌だ!』『殺せよ!』『解放してくれ!』
黒い騎馬の全身に、数多の老若男女の陰気な単色のマスクの様な顔が浮かび上がり、リズムも協調性も無い願望と否定の言葉の合唱を喚き散らす。何れの顔も諦観と絶望に彩られ、一周回って腹立たしい程の被害者面は、悪酔いする程の陰気さと傲慢な迄の卑屈さを此の上無く発露していた。
「!?な、何だと!?」
鬼瓦は更に言葉を重ねようとした所で、仲間の職員の驚愕する声と、金属同士がぶつかり合う音と液体が流れる音に気付き、黒い騎馬から視線を上げた。
赤い騎士の首が胴から離れて上に跳ね上がり、両手で握られた先の方が溶けて形が崩れた直剣が首の高さで中途半端に振った姿勢の――正しく自ら首を刎ねて自刃した赤い騎士の残されてた身体が、一度左右に大きく揺れて膝から崩れ落ちて、融解して行く甲冑が喧しく金属音を立てて、正面に斃れ伏す。一拍遅れて落下した頭が一度跳ねてからコロコロと地面を転がる。
兜や甲冑が溶け、中の顔や胴の肉体も溶け落ちて赤い骨格だけが残され、一見すれば終わったかの様に思えるが、紀矢子は未だに何もかもを薙ぎ払い吹き飛ばす暴風の如き殺気と、忙しなく辺りを探す為に動き回る探照灯の光と職員の様子が、未だに赤い騎士は健在である事を示していた。
唐突に黒い騎馬の周囲の土が何かが湧き出る様に波打つと、次の瞬間に黒い騎馬の真下から何本もの様々な刀剣の刃がバラバラの方向に突き出し、黒い騎馬の身体を刺し貫いて持ち上げた。
『『『ア、ガ、ァアア…ッ!!』』』
全身を貫く赤い凶刃が齎す苦痛に、何れの顔も言葉にならない苦悶の呻きを上げる。黒い騎馬の身体が無数の蛭に血を啜られるかの様に次第に萎れて行く姿と反比例する様に、赤い凶刃の刀身から植物が成長するが如く新たな刃が伸びては枝分かれする事を繰り返し、黒い騎馬の身体を内部から蹂躙する。
赤い刃物を組み合わせて蔦植物を模したオブジェの様な姿の赤い騎士に体液を吸われ、木乃伊の様に萎びて骨が浮かぶ黒い騎馬は、幾つもの意味の無い掠れた消え入る声を漏らし、身体は刺し貫く刃と乾燥で萎縮した皮がズタボロになり、時折思い出した様に痙攣する。そして唐突に高速で逆再生する様に赤い凶刃が縮んで、黒い騎馬を其の場にほっぽり出して地中に潜ると、紀矢子の足元の土が微かに波打ち、諸刃の大剣が勢い良く真下から突き出した。
「【黄衣風神 幻身顕現 急々如律令】ッ!」
鬼瓦の首に下げられたネックレスに下がる、ドッグタグの様な【黄色の印】と細かな梵字の羅列が刻まれた金属片の一枚が、赤い凶刃が潜行した時点で早口に唱えられた三節の詠唱に応える様に唐突に縁の部分全体が罅割れ、一気に全体に回ると崩壊する。顕現した黄衣の神格を象る渦巻く風が、紀矢子の腰に絡み付く様に吹き抜けて後ろへと吹き飛ばし、赤い大剣の腹を押し退けて軌道を逸らす。
アルデバランが天上に無く、牡牛座を模る九つのV字に並ぶモノリスの【領域】も無く、依代の小さな金属片に刻まれた呪文と先程飲んだ【黄金の蜂蜜酒】を加工して作られた特製のブランデーによって補強された魔力で何とか顕現させた風神は、其れ以上留まる事が出来ずに旋風となって霧散する。
「【酒呑童子】済まんッ!連れて来ちまった!!」
斜めに傾いて突き出した大剣が何者かに引きずり込まれる様に再び潜行し、地中からの奇襲を警戒する紀矢子が、其の声に反応して一瞬眼だけで声のした方を見れば、肩甲骨辺りから四本二対の黒光りする細長く靭やかの節足を生やした孝義が蒼白、又は灰緑色の何かを背後に伴ってこちらに向かって全力で駆けて来ている所だった。
孝義を追う其れの姿は、最早騎兵と呼べる俤は一切無かった。高さ5m、体長は12mはあろう其れは、全体的にずんぐりとしたケンタウロスと呼ばれる半人半馬の様に見える身体は、無数の骨や、壊れた武具や破れた服の切れ端等を、蒼白にも灰緑色にも見える少し濁ったスライムか水饅頭の様な物が包んでおり、其れを八本の筋張った四対の蹄の付いた脚が支えている。所々に人間や馬等の頭蓋骨があり、伽藍堂の眼窩で周囲を睥睨しカタカタと歯を打ち鳴らし、両腕を除く人の上体の骨格に繋がれた馬に似ているが其れに属する何れの物とも違う、奇妙な頭骨の半開きになった口内から蒼緑の炎を両端から燻らし、半透明の関節の無い人の両腕が虚空を撫でる。
頭骨の眼窩に嵌め込まれた人の物に似た双眸は、中々始末出来ない孝義への苛立ちと殺意に染まり、業を煮やした末に子供が癇癪を起こした様に荒々しく大振りな動作で前半二対の脚で直前まで孝義がいた場所を踏み鳴らし、両腕が胴の半ばを掴まれてのたうち藻掻く蛇の様に畝って宙を掻く。対する孝義も無傷では無く、節足や身体を覆う甲殻に罅割れや欠けがあり、特に左下の節足が酷く、第一関節から先がなかった。
孝義が紀矢子の所に辿り着き、背後に回る。紀矢子は無理矢理作った揶揄う様な笑みで苦情を言うと、孝義はニヤリとニヒルな悪戯小僧めいた笑みと明るい口調で軽口を返す。
「【憑影】、こっちも手一杯なんだけど?」
「悪いが頼らせて貰うぜ。姐さん」
突っ込んで来た死色の人馬を避ける為に、背中合わせに立つ二人が同時に前に出ると、次の瞬間に水晶の原石を思わせる何本もの赤い凶刃が突き出して、真下から刺し貫き、其の巨体を真上に浮かび上がらせた。
予告と云うか予定
色々設定が固まった結果、【八尺様】に関わる話を大幅に改稿する予定です




