99人目の女王・4
秘密基地、と女王が称したそこは、随分と下ったところにあった。床も天井も、壁もひんやりとした石で囲われた大部屋は、謁見の間どころか上級近衛全員を呼んだ上でひとつのテーブルにふたりの給仕がつくような食事会さえ開けそうなほどの空間があった。
高さなど、少々人より高い上背のウィリアムが長槍を突き上げても半分にも届かないだろう。
その中央に巨大な陣が描かれていて、燐光、とでも言うのだろうか。陣を構成する線に沿って仄青く光っている。魔力――魔術師と言われる、特殊な才能を持つ者だけが扱える奇妙な力。ウィリアムはそれを通した魔法陣を他国との小競り合いの中で見たことがあったが、あの時の魔術師が持っていた羊皮紙に描かれた模様も、こんなふうに光っていたな、と思う。だが、魔術師は『この大きさがわたしの精一杯なので』と言っていたはずだ。
大きなものはそれだけ必要な魔力が多くなるのだ、と。
ならば、この。
池なら泳ぐのに息継ぎを要しそうな巨大さは、いったい何事か。
「お前がウィリアムか。よく来たの」
年嵩な男の声に、ウィリアムははっとして周囲を見回す。
あまりの高さ、広さに気を取られて、誰か居ることに気が付かなかった。
伸ばして揃えた髭の老人が、魔法陣の横に立っていた。よく見れば、老人が持つ杖が地面と接したところから、陣につながる青い光が漂っている。この陣を維持しているのがその老人だと気がついて、ウィリアムが彼が誰なのかようやく思い至った。
「賢者、ガストル様!?」
慌てて腰の剣を床に置いて跪く。偉大な魔術使いと会う時にはそうしろと教わってきたが、理由は知らない。
「お前……俺の時には知らない顔しといて……」
なにやら不満げにぶつくさ言い出したアデルバートは、つまり魔術師なのだろうと今になって思い至る。
思えばあの白い灯は、魔術が作り出すあかり独特の、熱を持たぬ照明だったはずだ。
道理で、鍛えられたとは言い難い細身だったと納得しながら、ウィリアムは自分の頭がおかしくなったような気がしていた。
本当に、まったく、心当りがないのだ。
女王に呼び出され、稀代の大賢者と呼ばれる人にも唐突にまみえ、なおかつその両者が共に己の名を知っている事態。
――もしや私は、大罪人だったりするのでしょうか?
ぐわんぐわんなる頭で、そんなことさえ考える。
「これで、今度こそ成るわね」
「もう失敗するような要素はないはずですな。ようやく、儀式が成立しますぞ」
「ぎしき……?」
女王と賢者が頷き合うのを見て、ウィリアムは思わず怪訝な声を上げた。
「そういえば、説明をまだしていなかったわね。アデル、お願いできるかしら」
「はい」
即答しておきながら、アデルバートはウィリアムを見て渋面になる。困惑しつつも、ウィリアムは説明を待った。やがて、はぁ、と大きなため息をわざとらしく吐きながら、アデルバートは口を開く。
「この国は建国の祖である初代のエリ陛下から代々、女王が治めていることは当然知っていると思う。
全ての女王は先代と何ら血縁関係にない17歳前後の女性が選ばれてきた。
任期は長くとも30年。建国の頃など、まだ騒乱落ち着かぬ頃にはもっと短期だった方もいらしたようだが。
こちらにおわすジリアン女王陛下は第99代。王位を継承されてから30年が過ぎたが為、先月にも新たな女王の戴冠が行われる予定だったのだ」
「……はあ」
説明とは、歴史学の授業のことだったのだろうか。
あまり学のある方ではないウィリアムには、後半の内容はそういえばそんなことを聞いたような気がする、程度のものだ。だが、まるで聞いたことのない話でもない。
妙に間を開けて、眉間にしわを寄せてアデルバートは言葉を続ける。
「そのはずだったのだが、問題が起こった。
新たな女王を選ぶことが出来なかったのだ。何故かわかるか」
「……ええと……適した家柄の娘がいなかった、などでしょうか……?」
アデルバートの、更に間をあけそうな様子を見てウィリアムは恐る恐る意見を述べる。
それはまるで見当違いな内容だったのだろう。一瞬、イラッとした表情を浮かべたアデルバートは、やがて重々しく口を開いた。
「召喚ができなかった」
次は17日、金曜日。
長い前振りですね。葉月(ヒロイン)の出番は来週から。




