99人目の女王・5
「しょうかん」
オウム返しに呟く、ウィリアム。彼には意味がわからなかったが、アデルバートは通じたものとみなしたか――それとも面倒になったのか――そのまま説明を続けた。
「そう。召喚だ。
女王は代々、この世界の人物ではない。
儀式を行うことで、異世界から女王となる人物を呼び寄せるのだ」
「なぜ、『しょうかん』を?」
その言葉すら耳慣れないウィリアムには、意図など当然、まるでわからない。
異世界という言葉も、その意味はわかるし、伝承や物語では耳にしたことがあるが、どうにもピンと来ない。
困惑するウィリアムに説明を続けたのはアデルバートではなく、女王だった。
「ウィリアム。あなた、異形化した獣を見なかったかしら。
風が淀んだり、水の流れが止まったりしているのも」
「見ました」
「あれは、王位の終焉――そうねえ、期限切れ、と思ったほうが早いかしら。
全て、私に王のちからがなくなったことで起こっているの」
「……は?」
「つまりね。新しい女王が選ばれるまで、異変は続くのよ」
それはウィリアムの理解の範疇を飛び越えていてもう、絶句するほかなかった。
「女王、女王と言っているけれど、この国の場合、それは国だけを統治する存在ではないの。
世界そのものを、維持することが女王の仕事なのよ。きっと、最初の女王の時から。
どうしてそんなことになっているのかは、ごめんなさい、わからないわ。
だけど、それがただの妄言ではない証拠に――私達女王は、代々剣を携えてきたの。これよ。鞘から抜いてみなさい」
賢者の座っていた椅子の側に置かれた台座、その天鵞絨の上に寝かされた一振りの剣を女王は手に取り、ウィリアムに差し出した。
細剣ではなさそうだが、全体的に細身の作りなのは女性が持つためのものだからだろうか。切り出した黄金に宝玉を埋め込んだかのような柄の、持ち手には赤い布が巻かれている。白い鞘にあしらわれているのも、金の飾り。全て一級品で作られているのはひと目でわかるが、決して華美ではなく、むしろ古細工のようなあたたかみがある剣だった。
恐る恐る受け取ると、ウィリアムはその剣の柄に手をかける。
――抜けない。
思わず柄を持つ手に力を込め、もう一度挑むが、それでも刀身が鞘から姿をあらわす様子がない。異様な手応えに、ウィリアムはこの剣がただの飾り物、最初から鞘と一体化して作ってある置物だと判断した。
「その剣はね、女王にしか抜くことが出来ない……違うわね。抜くことが出来るものが、女王なのよ」
そう言って宝剣の鞘をなぞり、女王はウィリアムが手にしたままの剣の柄を握る。
まったく何の動きもない。
置物なのであれば、当然のことだとウィリアムは思う――女王が自ら、彼のような下級衛視を欺く意味がまるでわからないが。
「不思議でしょ。
それまでの女王にこの剣が抜けなくなった時、世界は異変に襲われるの。
そして、新たな女王がこの剣を抜くその時まで、異変はずっと続くのよ。
……勿論、異世界からの招聘をすることなく、この世界の女性から女王を選出できないかと試みたことはあったわ」
真剣な顔で続ける女王に、ウィリアムはこれが冗談であるという可能性を棚上げにすることにした。冗談なら冗談で、真剣に乗り騙されるのが家臣の勤めだろう、という思いもなくはなかったが。
「それでも儀式を行うということは……イセカイの女性でなければ、剣を抜くことは出来なかったということですか?」
「そういうことじゃの。
これでも儂は、魔術より占いのほうが得意でな」
今度はガストル翁だった。ほれほれ、と魔法陣へと背を押され、ウィリアムは慌てる。羊皮紙に書かれただけの魔法陣でも、うかつに触れば火傷しそうな熱を持っていた。
魔力の通っている陣に――こんな大きさの陣に踏み込むなど自殺行為だ!
だというのに、ガストルはさらにぐいぐいと、手にした杖でくるぶしをついてくる。避けようとしたが、杖が触れたところが固まったように動かない。何かの術を使われたのか。背をよじらせのけぞらせ、何とか耐えようとしたがウィリアムはとうとうバランスを崩し、背中から陣に倒れこんだ。
「うわあっ! ……?」
「その剣を持っていれば問題はない。陣の中心に立っておれ」
なんともない。
魔術らしき硬直もとけている。せいぜい、今朝方につづき打ち付けた尻が痛いだけだ。
杖で指し示された陣の中央には、複雑な図形の中をくり抜いたような円がひとつ、描かれていた。
「先に教えてください……」
ため息を付きたいのを抑えながら、ウィリアムは小声でぼやく。
剣を手放したらどうなるかわからないということだな。
そう理解し、ウィリアムは柄を握ったままの手を確かめた。
次は20日、月曜日




