99人目の女王・3
幕の裏に、閉じてしまえば壁に紛れ目立たぬように切り込まれた扉。
ウィリアムはそれを抜け、女王の後に続いた。
幕から顔を出していた男はその後に続く――逃げ出さぬよう見張られているのか、とウィリアムは考える。
アデルバートと名乗ったその人物の顔に、ウィリアムは覚えがなかった。
見栄えより実を取った下級兵の装備、例えば今ウィリアムが身に付けているような、革製の胸当てなどとは違う、首や胸元の内側に薄く伸ばした強化鉄を重ねた詰め襟である以上、ウィリアムより上の位であることには違いないはずなのだが。
「ひとつ聞いておきたい。お前は、呼ばれた理由についてどこまで知っている」
後方から、女王に届かぬようにだろう、小声で話しかけられた。
どう答えたものかと一瞬躊躇したが、ウィリアムは振り向かず、小声で返答した。
「いえ、何も。ただ戻れとしか」
「近頃の異変については」
「……異変は異変であるとしか……」
なぜそれを問われているのか、ウィリアムにはわからなかったが、正直に答える。
「異変がどういうものなのかは、知っているのか」
「瘴気が、常では考えられぬほど多量に発生することが異変の原因だと聞いております」
瘴気に関しては、子供でも知っていることだ。
風を淀ませ、水を腐らせるなど様々な変質を引き起こす黒いモヤのようなもの。
それにあてられては獣どころか人も異形と化し、狂い、二度と元には戻らない。
――とはいえ、アデルバートの聞いたことはそういうことでもないのだろう。
ウィリアムが応えて以来、不満気に口を閉ざしている。黙って歩き続ける一行は、やがて階段に行き着いた。
上にも、下にも。石造りの階段が螺旋状に伸びていたが、女王は階段の上を指し示した。
「この階段の先には、わたしの寝所があるの。なんなら覗いてみる?」
「陛下!」
いたずらっぽく笑った女王に、アデルバートが慌てた声で制止をかける。じょうだんよー、と笑った女王に、ウィリアムは一層不安を強くした。
「本当はただの、見張り所よ。でもね。疑問だったでしょ? 女王と名乗る人に、こんなところに連れ回されて」
「……申し訳ありません」
見ぬかれていた。
ウィリアムは今すぐ穴を掘ってでも飛び込みたい気分で頭を下げる。
「いいのよ。その辺りも、おいおい説明しなきゃいけないことよね」
「ですが、陛下。この男、本当に呼ぶ必要があったのですか?
嘘を付いているようにも見えませんが、異変のことに関しても、世間と同じことしか知らぬようです」
批難するような口調で、アデルバートが言い募る。
ちらりとウィリアムを見た男の眉間に皺が寄っているのを見て、まったくだと。ウィリアムは心中で頷いた。
呼ばれるアテがない。
これが伝承の類なら、実は王族の血を引いていた、などの展開もありそうなものだが、ウィリアムの父はただの狩人だ。狩りの途中に事故で死んだのも、もうずいぶんと前の事になる。
「世間に隠したのは、私も含めた代々の女王の判断でもあるわね。
アデルバートはそれが失敗だったと思う?」
「……いえ」
女王の言葉は叱責の色を持っていなかったが、アデルバートはそうとらえたようだった。
青い顔をした男に、女王は軽く頭を傾けて苦笑をこぼした。
「偉そうに言ったけど、わたしはただ先人に従っただけ……。
わたしはね、ただのおばちゃんなのよ」
否定しようとした男二人を、ただ笑顔で首を横に振ることだけで制し、女王は下り階段の手摺に触れた。
明かり取りの窓から覗く空は相変わらず暗く、螺旋階段をそのまま下りるのでは足元が不安だから、だろうか。あらかじめどこかに用意していたのか、アデルバートが女王の前に立ちランタンを掲げて降り始める。下方も照らせるタイプのようだが、中に揺れるのが、火にしては妙に白い灯なのがウィリアムには気になった。
どこかで見たことがある。あれは、なんだったか。
「さ、降りましょう。秘密基地まで、あとちょっとよ」
明るく促された声で慌てて思考を断ち切り、ウィリアムは「はい」と応えてあとに続いた。
次は15日、水曜日(時間不定)




