99人目の女王・2
男は王宮に辿り着くやいなや、謁見の間へと通された。
他の兵たちが皆退室し、誰もいなくなった間で、男は玉座の前で片膝をついた。
「ウィリアム、只今馳せ参じました」
誰もいない玉座へと深く頭を垂れる。下位兵士の前に女王が現れることなどほぼないから、空座への礼は普通のことだ。たとえ呼び立てが女王の名義であったとしても、実際は火急なだけの話だろうと、深く考えていなかった。
「あなたが、アッドのウィリアムですか?」
だから。
他に誰も居ないはずの室内にその声がした時、反射的に顔を上げてしまった。
それは、年のほどなら中年くらいの女性が発したもの――ああ、ただ一度だけ、彼女の長子アルフレド様が逝去された時に姿をお見かけした、女王その人が。なぜ、玉座におわすでもなく、立ち上がってこちらを見ているというのだ。
慌ててもう一度礼を取り、ウィリアムは「はい」と肯定する。
「アッドの狩人の子、ウィリアムとはおそらく私のことかと――」
「顔をお上げなさい。そう固くならなくても良いのですよ」
「は、は」
そうは言っても、恐れ多くて顔を上げられない――そう思っていたウィリアムの視界に、ドレスの裾が忍び込んだ。
ぎょっとして、しかし今度は恐る恐る顔を上げる。すぐそばまで近寄ってきて、腰を落としたのは間違いなく女王だ。
緊張で顔が強張るウィリアムの前で、女王は目尻に皺を寄せて微笑む。
その拍子、女王の結い上げた赤い髪の上で輝いていた冠がズレ落ち、女王はそれを慌てて手で押さえる。失態に、恥ずかしそうにはにかみながら宝冠を頭に載せなおした。困ったような目をしたように見えたが、どうやらそれが生来のものらしく、それでも楽しそうに細められる。少し肉付きの良い頬には、少しのシミとえくぼがあった。
確か、今年で50の誕生日を迎えられるはずのジリアン女王はこうして見ると、歳相応の、普通の女性のようだ。
そんな感想を、なんと不遜なと己で切り捨てたのを、女王はしかし見抜いていたらしい。
「こんなおばちゃんが、とか思った?
でもね、そうなの。女王は、女王として生まれるわけじゃないし、女王だからって歳を取らないわけでもないのよ」
ころころと笑う女王に、ウィリアムはどうしたものかと困惑した。
間違っても同意など――たとえこれが自分の母だとしても、できない。
母親もよく「あんたもそんなに大きくなっちゃって、私も歳とったものね」などと自分で言い出しながら、ウィリアムがそれを肯定すると拗ねてしまうのを目にしていたから。
困り果てたウィリアムに、助け舟はしかし女王よりも後方から届いた。
「陛下。あまりいじめてやると可哀相ですよ」
玉座近くの重い布をまくり上げ、ウィリアムと同年代か少し上かに見える、黒い詰め襟の男が顔を出している。
誰も居ないとばかり思っていた部屋に女王がいたからくり。あの布の裏に、人の入れる隙間があったのかと一瞬驚き、新たに姿を見せた男の背後から風が動くのを感じ――なるほど、とウィリアムは呟く。
「それで、謁見の間から出てくる様を誰も見ることがなかった」
何のことかと目を瞬かせ、それから女王は笑った。
声に出ていたことに、己のことながら動揺してウィリアムは再度頭を下げるが、女王は、いいのよ、とまた笑う。
「そりゃあね? 私もご飯を食べたり、眠ったりする場所が必要ですから。
でも、一番大事なのは――そうねえ、秘密基地みたいなものよね」
「秘密基地、ですか」
「そうよ。ウィリアム。あなたを呼んだのはそのためでもあるの。
――さ、ついていらっしゃい」
そこが最大の問題なのだ。
促されるままに立ち上がりつつ、ウィリアムは僅かに表情を渋くした。
なぜ。
自分は呼ばれ、しかも女王陛下と直々に会話をするなどという事態になっている?
近衛はどこだ。私か。そうじゃなくて。
さっきから気になっていたのだ。女王がいるというのに、上級近衛をただの一人も見かけないことが。
次は来週、月曜日(時間未定)




