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イズギタ村の子どもたち・8

 大八車に荷を積んだ男性がこちらに気付き、革手袋の腕で汗を拭うと改まって深く頭を下げてきた。

 その横では、まだ幼い少年と少女がこっちを見ている。それに気がついて、葉月が駆け寄っていった。

 ケンとメリーの兄妹は、おじに引き取られることになったらしい。

 日が登った後、村人たちのいくらかが家屋に戻るなり荷を作り始めたのを見て、アデルバートはふぅん、と頷いただけだった。

 ――昨晩遅く、葉月が寝入ってから馬車に戻ってきたアデルバートは、何かを紙にしたためるとすぐにどこかに消え、そのまま朝まで戻ってこなかった。睡眠不足という様子もないが、どこで寝ていたのだろうか。

 生き残った村人のうち、ひとりがあの兄弟のおじだとは思っていなかったが、おかげで話を切り出すのは早かった。

 といっても、具体的にどういった話をしたのか、ウィリアムは知らない。

 ただ、葉月が彼に、子どもたちが心配していた旨を伝えているのを見かけただけだ。

 ウィリアムはあくびを噛み殺した。昨日、村の中歩きまわったせいで、顔は知られている可能性が高いのに、性別が違うのを説明するのは面倒にすぎる。黙って御者台に座っていれば、何か違和感があってもわざわざ調べに来る者はそういないだろうと、御者台の上で時間を潰す。

 そういえば、馬はウィリアムの姿が変わっていることに対してしばらくじっと目を見てきたり匂いを嗅いだり髪をはんでみたりと、だいぶ不審そうにしていた。結局は納得してくれたようだが、いったいこの身の変化はどういうことなのか、改めて首を傾げたくなる。


「じゃあ、ふたりとも、元気でね。子供なんだから、無理する前に、おとな呼びなさい」


 葉月が兄妹をいっぺんに抱きしめて、ことさら大きな声でそう言っているのが聞こえた。

 あれは大人に向けて言い聞かせているのだろう。


「なに言ってるんだ、おれたちそんな子供じゃないぞ」

「おにいちゃん、メリー、まだちっちゃいよ?」

「う……」


 生意気なことを言うケンに、メリーが口を尖らせて反論している。昨日の、ピリピリした空気を怖がっていた少女の強気な態度。信頼できる大人が自分たちを見てくれているということだけで、子供はああも強くなれるのかと感心した。それとも、あれが生来なのだろうか。どちらにしろ、あの分ならきっとこの先、ケンも無茶はしないだろう。

葉月は立ち上がると、ふたりのおじらしき男性に向けてぴょこんと頭を下げ、こちらに戻ってきた。


「この村から出るんだって。新しい場所で、一からやりなおしたいって」

「そうですか」


 あの麻薬は精製よりも、無断での所持と使用が問題とされている。

 村人は皆、多かれ少なかれ作るのには携わったはずだ。あの男が薬を使ったかどうかはともかく――生きるのに不安を抱え、悪事とされることに手を染めることは、誰にだって起きうることかもしれない。誘惑に負けない強さを、などと言うのは簡単なことだが、現実の問題として飢えるか作るかの二択であったのであれば――それが事実であれば、責められはしても厳罰にはならないだろう。だが使った者はそうもいかない。強要だったとしても、自発的だったとしても。罪に多寡がある以上、薬に手を染めたものと染めなかったものでは今までと同じように、同じ顔で接することはできなくなる。

 この村の豊富な農耕地や牧草地を、国としては手放すことは出来ない。

 瘴気はなくなったのだから、またじき、イズギタは豊かな農村となるだろう。

 ウィリアムはそんなことを思いながら、手を振る子どもたちと、その保護者を見た。

 彼らがこの先、どこに行って、どんな暮らしをするかはわからないけれど。

 ――それでも、この村で子供だけの暮らしをしていた昨日までよりずっと、子どもたちは幸せになれるだろう。

 そんな気がした。



「次はどこに行くか、決まってるの?」


 地図を睨むアデルバートに、葉月が声をかける。

 イズギタを離れて街道に戻る道すがらだ。来る時にも通った大きな街道だが、主要な場所を繋ぐ形で存在している。葉月はこの形を不思議がっていた。彼女のいた世界では、それぞれの街や村の間に大きな距離がある場所のことを、どうもドイナカと呼ぶらしい。


「ああ……多少面倒なんだけど、今回の分でどこまで異変が払えたかの確認もしなきゃいけないから……」


 この辺と、この辺から――などと唸っていたアデルバートの声が小さくなる。

 どうかしたのかと振り向けば、葉月が黒服に寄り添うように座っていた。

 いや、地図だ。ふたりして、真剣な顔で地図を見ている。地図を覗きこむためなのはわかる。わかるのだが。

 それはそれとして、何やら無性に、むっとした。

 何でだ。そうか。今日は体のこともあってずっと自分がいないものとした扱いを受けているからだ。そうに違いない。

 そういえば結局、一睡もしていない。

 睡眠不足は人間に、ありとあらゆる意味で良い結果をもたらさない。

 ――ウィリアムは決意した。


「確かここからそう遠くない場所に、ちょっと大きな街があります。そっちに向かいましょう」

「あ? いや、あっちの山のだな――おい!」

「早っ! もうこの馬車いっそ銀色に塗ろうよ!」


 アデルバートの抗議を無視して、馬を走らせる。

 急げば夜になる前につくだろうか。

 葉月がはしゃいだ声を上げる。なんだか少し、楽しかった。

次は15日、月曜日。

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