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イズギタ村の子どもたち・7

増量。もしガラケーなどで読めなかった場合は報告ください。

 アデルバートは状況を整理する。

 生存者二名。

 賊ふたりと村人五人、そのうちからふたりも変異したのだから、生存者を出せただけでも奇跡的だった。

 いくつもの死を前に怯えきった彼らを尋問するのは哀れな気もしたが――だいたいのあたりは既についていたし、彼らの言うことも、それを裏打ちするばかりだった。

 麻薬の作成。

 一月ほどの異変の間に、家畜のための餌として作った穀物がほとんど瘴気に侵されてしまっていた。

 家畜も、変異したものが多く蓄えが厳しくなっていた矢先、どこから聞きつけたのか賊がこの村に目をつけたのだ。麻酔として薬師に売るより、麻薬としてゴロツキに売るほうが、すぐに金になる――それも、うまく調節してやればどんどん高値で売りさばける。この場にあった粉挽き小屋は、最初に麻薬が作られ始めた場所。ある、子供を残して亡くなった夫婦が遺したもの。長く人の出入りがなかった小屋は容易に不届き者の侵入を許し、また長く手入れのされなかった機構は軸をすっかりもろくさせていた。壊したか壊れたかした軸を修理する技術は、おそらく賊の兄弟にはなかったのだ。

 最初に賊に手を貸したのが誰かはわからない。きっと薬を使ったか使われたかして、中毒を起こした者がいたのだろう。かろうじて動く粉挽き小屋で麻薬が作られはじめ――あまりに長く続き先が見えなかった異変の中で、気がつけば村人たちは総出で薬を作っていたのだという。

 共犯関係。

 子供が言っていたという「おかみにしられたら」は、このことか。

 村長などはかなり早い時期から薬を使っていたようだ。

 その話が終わる頃には、火事や激しい光を見た人たちが粉挽き小屋の近くに集まり始めていた。

 変異したものを含む五つもの死体と、清流となって流れる川の水と、生き残った村人の語る話と、全てを見て、聞いて。

 他の村人たちはどう思っただろうか。おそらくこれから一晩中、彼らは話し合いをするだろう。

 その結論にアデルバートは興味を持たず、ただ近いうちに王宮へと使いを出す、とだけ伝えてその場を離れた。

 村人の中には、麻薬に手を付けていない者も少なくないようだ。

 この先、麻薬の生産や処遇を巡って村が二分される可能性は高いが――所詮麻薬の高揚感、全能感など、破滅への近道でしかない。

 薬を使い続ければそのうち瘴気の毒が身に回る。体内から徐々に変異し、薬なしには息をすることも困難になるだろう。

 異変が払われた今、原材料も安定して手に入るまい。

 結末など、考えるまでもないのだ。



「葉月さん? どこに行くんですか」

「こっちじゃなかったっけ」


 ウィリアムの姿が女性のままだったこともあって、アデルバートだけを残して、二人は馬車へと急いでいた。

 ――尋問がどういう内容になるかはともかく、葉月にはあまり見せたくない、というアデルバートの意向もあってのことだ。

 前回のようにまた飛びつかれるかと警戒していた分、どこかよそよそしさもある彼の様子に少し面食らったのは、事実だが。

 少し気になっていたが、どうしてか、アデルバートは葉月に優しい。

 親戚、という設定ではあるが、事情を知っている者しかいない場でもその設定に基づいて振る舞う意味は無い。

 あの男に優しくしてもらいたいと思っているわけでは微塵もないが、ウィリアムはどうにも腑に落ちなかった。


「そっちは、あの子たちの家の方です」

「そうだっけ。……目印とかないから、よくわかんないなあ」


 十分にいろんな物があると思うんですが、と呟いて。ウィリアムは葉月を伺い見た。

 この体の変化に改めて驚く。葉月よりも今のウィリアムのほうが、背丈が低い。さっきまでは葉月のつむじばかり見ていたような気がするのだが。


「そうなのかな。……うん、慣れないとね」

「……元の世界には、もっと目印になるものがあったんですか?」


 一度も聞いたことがなかった。

 ――正しくは。彼女がいた世界のことに、興味をもったことすらなかった。


「ん、まあね」


 葉月はそっけなくそう返す。

 話を切り上げたい短さでないことは、少し和らいだ声色でわかった。

 彼女はすこしおどけたような、考えこむような顔を見せて、それから口を開いて続けた。


「建物は、道にそって作られていくの。

 住む場所や遊ぶ場所、物を売る場所、作る場所、そういうのを道で区切っていくのよ。

 道が繋がっていない場所は、めったにないわ。

 建物はどれもこれも似たような顔をしてる。

 人が住む家ならまだ違ったりすることもあるけど、大通りの建物は灰色で四角いのばっかりよ」


 言いながら、葉月は高さを示すように手をかざす。その目が見る遠さは、随分高いところを見ているようだ。


「あんまりにもそっくりだから、建物とかは、時々気が向いたようにおしゃれをするの。

 広告の付いた布を飾ってみたり、お店のトレードマークをわかりやすいようにしてみたり。その地域の名前を大書してみたり。

 あとは看板。ここに何の店があるよ、とか、あっちにどれぐらい歩いたらどこそこに着く、とかね。これはこっちの世界の街でも見かけたけど、私のいた場所はもっとずっと多かった。至るところにあって、ない場所のほうが珍しかったかな」


 懐かしむ顔は、それでも誇らしさや愛着といったものを見せていない。

 葉月の口調は少しずつ、吐き捨てるようなそれに変わっていく。


「自己主張の強い世界だったわ。一番ないがしろにされてたのは、人間ね」


 何が言いたいのかよくわからず、ウィリアムは葉月を黙って見続けた。

 その視線に、耐え切れないように目をそらし、苦笑いを浮かべて葉月は小声になった。


「――ごめん。八つ当たりした」

「八つ当たり、ですか」

「うん」


 そのまま黙り込んだ。

 とくとくと歩き続け、馬車が見えてくるまでそう時間は要しなかった。

 馬車に戻り、葉月がその座席に横になったのを確認すると、ウィリアムは御者席に腰を下ろす。

 すると、夜番のつもりではなかったからか、急に眠気が襲ってきた。

 このまま眠っては無防備だ。眠らないようにしないと――そう思っていたせいか、言葉が不意に口をつく。


「不満は溜め込まないほうがいいと思いますよ、僕は」

「ぼく?」


 しまった。


「私は」

「……いいよ無理しなくても」


 気を使わせたか。頭を軽くかいてから身をひねり、後方の葉月を見た。

 雲が晴れ、星と月がかすかな光を落として青白いせいだとしても、目を閉じている彼女は、やはり作り物めいた顔をしている。

 多分、単純に、綺麗なのだと。

 初めてウィリアムはそこに思い至った。


「お言葉に甘えて……愚痴っていい?」

「どうぞ」


 目を閉じたまま、自分の細い腕を枕代わりにしたまま、葉月は呟いた。


「あたしさ、嬉しかったの。

 ここは異世界です、あなたは女王なんです、って言われて。

 ……ちょっと変な話するけどさ。あたしのいた世界で、そういう小説はやってるんだ、異世界モノ」

「モノ」


 流行はやるものなのか、と一瞬悩んでから、小説というのが伝承や創作童話の類だろうと思い至る。

 機械が煙を上げて空を走り回ったりするような突拍子もない物語の多くはきっと、歴代の女王たちが異世界から持ってきたものなのだろう。ああいうのはなんと言ったか。えすえふ?

 だが。


「流行ったところで、それは物語でしょう」

「自分の身にも起きたらなって思うぐらい、自由でしょ?」


 それはそうか、とウィリアムは口出しするのをやめた。


「そういうのは、わりと多くの場合、事故で死んで、死ぬ前の記憶だけ持った別人として異世界を生きていくの。

 ……あたしたちの世界は多分、それだけみんな、自分が自分でいることに疲れてるんだね」


 事故で死んで、を示す時、何故か葉月はわざわざ枕にしていた腕も引き抜いて両拳を握り、片一方を素早く片一方にぶつけた。

 何を意味するのかウィリアムにはわからなかったが、葉月にとってそれは必要な行動だったらしい。妙に満足そうに頷いて、腕を枕に戻そうとし――何やらごそごそとし始めた。やがて髪留バレッタを外し、仰向けに寝返りを打つと髪留めを服の物入れにしまい込み、胸の上で手を組む。


「自分らしく生きなさい、あなたという個性を出しなさい、なんて言われても何が自分らしいことなのか、多分誰にもわかってない」


 あたしもそう。ささやくような声を漏らす。


「あたしの世界にはね。自分が、自分だけが特別なことなんて、何もないの。

 お父さんが死んだ。よくある話。お母さんが再婚した。よくある話。

 突然歳の近い弟が出来た、お母さんが死んだ、あたしの居場所がなくなった、どれもよくある話」


 他人ごとのようにつなげておきながら、その一人称はあまりにもしっかりと、葉月自身を指していた。

 ――ふと、ウィリアムは今日出会った兄妹を思い浮かべた。

 葉月が親身になって話を聞いていたように見えたのが、多分勘違いでも思い過ごしでもなかったのだろうと、今更ながら少しわかったような気がした。


「このまま、このつまらないあたしが、ありふれたあたしが、何をしても誰かの邪魔になって、それでも無理して生きていくぐらいなら、いっそ死んでしまおうかと思ったこともあったけど。

 それすら、あっちの世界じゃありふれたことで、まわりの迷惑なのよ。

 もう何をしたらいいかわからない、何をしちゃいけないかもわかんなくて、どうかこの身に特別なことが起きてくれないかって願ってた。

 それが叶ったと思った。だけど――」


 ウィリアムは、葉月が泣いたのかと思った。

 ほんの一瞬つまりかけた声は、もう、静かな呼吸にとってかわられている。

 このまま眠るつもりだろう。

 御者席で、前を向いて座り直した。厩を借りたから馬はいない。宝剣がかちゃりと鳴った。


「……僕は、多分、女王です」

「知ってる」

「僕が女王になるためには、この剣を抜く必要があります」

「…………しってる」


 二回目の返答は、少し間があった。

 彼女も、眠気が限界なのかもしれない。


「そのためには、あなたが必要です」

「………………うっさい」


 蚊の鳴くような声でそう返すと、葉月はさらに寝返りをしたようだ。声のくぐもり方からして、こちらに背を向けたのだろう。

 ウィリアムは葉月の声に少し戸惑ったような色を見つけ、満足そうに口の端を上げた。

 もう少し、起きていられる気がした。

次は12日、金曜日。

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