イズギタ村の子どもたち・6
少し残虐描写があります
これでもう三度目だが、女性の体にはまだ慣れない。
靴は大きいし、服もぶかぶかで鬱陶しい。
これで剣を振るうのもそのうち慣れないといけないのかもしれないな――。
ウィリアムはそんなことを思いながら口を塞ぐように手早く布を巻き、川面に足を踏み入れる。
ほんの数秒前まで流れを淀ませていた水が、今は雪解けの勢いを得たかのように流れている。
異変を解く鍵たる剣の、その発露たる光の奔流がなした業だ。
アデルバートの想定したとおり、変異した村人と賊はさっきの光に対して不快を顕にし、川上を――こちらを睨んでいた。
少し深く息を吸い、止めて。
ウィリアムは川を下るように走りだした。
水を蹴立てながら、火の粉の、煙の様子を窺い見る。
短時間で燃え尽きた粉挽き小屋の跡からは、黒い煤のような瘴気はもう見当たらない。
聖別した布だけでは少し不安だったが、あの光はすでに発生した瘴気をも消したのだろう。
水音でか、それとも別の何かによってか、元は人だった二体の異形はウィリアムを見つけ、その剣を目にした。
敵だ。
何ひとつ迷うことなく異形たちはそう判断したらしい。
吠え掛かり、ウィリアムへと飛びかかってきた。
――異形と化した者は、普通の人間の膂力では考えられない怪力を発揮する。
その理屈はわからなくとも、実際に戦ったことのある身として言えることは、決して油断してはならない、それ一言に尽きる。
たとえそれが、幼子の姿であろうとも。
いつだっただろう。まだ近衛に登用される前、兵士として異形化した少女と対峙したことがあったが、油断した同僚は頭から食われ、残った脚の古傷で身元確認をするはめになった。
食われた男を取り戻そうと割って入った同僚は、命までは落とさなかったが腕をなくして故郷に帰った。
ただ一体の異形、それも子供の変じたものに対し、その被害は少なく済んだほうだ。
はっきり言えば二体の異形に対し、ひとりで挑みかかるなど、無謀にも程がある。
それでもなおウィリアムが飛び出したのは、アデルバートの援護を信じてのものだ。
ウィリアムを追い越す形で飛んできた、高速の、青白く光る球体が村人だった異形にぶつかる。
途端、異形は身をすくませて一瞬、動きを止めた。
――たかが一瞬でも、一撃を入れるには十分だ。
ウィリアムは異形の腕を斬りつけるべく、宝剣を横薙ぎに振った。
本から取り出した魔法陣に魔力を通し、燐光を発する羊皮紙を握りしめる。
アデルバートが次に手を開いた時、羊皮紙は消え失せ、燐光と同じ色をした球体がそこに浮かんでいた。
魔力で形作った球体、それは水切りの容量で放り投げられると、かなりの勢いで、不規則な軌道を描きつつも異形に叩き付けられた。一見、その球体は物理的な衝撃を起こさなかったように見えたが――異形はわずかに動きを止める。
「それって、魔法なの?」
不思議そうに聞いてきた葉月に、アデルバートは「ああ」と短く返した。
――彼はまだ、目の前で起きたことをうまく咀嚼できていなかった。
「なあ……さっきのって、あの剣を抜くために……?」
聞いてどうしようというのか。アデルバートは歯切れが悪いのを自覚しながらも、それでも聞かずにいられなかった。
真剣に聞いているのではないという素振りを保つためにも、次の魔法陣を取り出し、魔力を走らせておく。
葉月はさっきから何度も拳で口を拭っていたのをやめて、アデルバートを見ていた。
「ウィリアムは、言ってなかったの?」
「少なくとも俺は、ぜんぜん知らなかったな」
「そっか」
葉月はふいと目をそらし、ウィリアムの方に目を向けていた。
酷く冷めた目は、彼女がこの世界に召喚されてから何度となく見せた、無感情なものだ。
怒りでも、悲しみでもなく、ただ諦めたひとの顔。
葉月と話していた間に、異形が一体、既に倒れている。
奴らは剣で戦うにはそう簡単に倒れないものだ。よほど魔力球の当たりどころが悪かったか、極端に魔力への耐性が低かったか、おおかたそのあたりだろう。
もう一体、賊だった方にも同じように魔弾を投げつけた。
――アデルバートは自分の行動が八つ当たりのように感じられて、どうにも居心地が悪かった。
敬愛してやまない美しい新女王、の中身が男なのはもう、ある程度割り切ったつもりだったのだが。
「……葉月ちゃん、傷ついてるだろ」
「まさか」
この少女は嘘つきだ。
アデルバートはそれを確信する。
「俺ね、妹いたんだよ。今どこにいるか知らないけど」
葉月が怪訝な顔をしてアデルバートを見上げる。
笑いかけてやった。せめて敵ではないのだと、伝えておこうと。
うまく笑えたかどうか、アデルバートに自信はなかったけれど。
「妹が怒られた時と同じ顔してる」
「ハァ?」
葉月が眉間にぐっと皺を寄せたのを、ぐりぐりと指でつついてやった。
妹も、どこかで生きているならちょうど葉月ぐらいの年齢のはずだよな、とか思いながら。
宝剣は、するりと異形の腕を切り落とした。
避けた口から悲鳴があがる。
ウィリアムは思わず剣を引き寄せ、まじまじと見た。
なんだ今のは。
もっと硬い手応えが帰ってくるはずだった。
それなのに、こうもやすやすと。
――そういえば、初めて剣を抜いた時、竜の肉を切った。
その時も、随分あっさりと切る事ができたのだが――気のせいでも、偶然でもなかったのだ。
巨大化した拳を振り上げる異形の、その殴りかかってきた拳を剣で受け止めた、はずが、拳ごと腕までざっくりと分け入るように切り裂いていた。
やはりこの剣だ。恐ろしいほどの切れ味をしている。
躊躇なく腕を斬り飛ばし、そのまま振りかざし、切り下ろす。
異形は肩から斜めに、あまりにあっさりと切り裂かれて倒れ伏した。
ぞっとする。
この剣は、一体、何なんだ。
だが、深く考えるだけの時間はない。視界の端に魔力の青白さが過ったのを見つけ、もう一体の異形に向き直る。
そちらも、同じように一瞬の麻痺を受けているようだった。
――ニィと、唇が釣り上がるのを感じる。
獰猛な自分がいたことに驚きと高揚感を抱きながら、ウィリアムは異形へと躍りかかる。
黒く染まった異形を切り捨てるのに、そう時間は必要としなかった。
次は10日、水曜日。




