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イズギタ村の子どもたち・4

※後半に残酷な描写があります。


 夕方、あてがわれた古い粉挽き小屋の中で、書類をパンと指で弾いたアデルバートは断言した。


「粉飾、だ」


 根拠はここと、ここ――と指さしながらウィリアムに示していくのを見ながら、葉月は首を傾げる。

 彼女にはこの世界の文字が読めない。

 どう説明したものかとウィリアムが考えている間に、アデルバートが同じことに気がついたらしく「つまり」と付けて言い直した。


「数字が、おかしいんだよ。

 かなりの数の家畜が変異したと言っても、何か不自然なんだ。

 農場をざっと見たぶんには残った数の申告は正しいように見えるんだけど、消えた数を考えると、ちょっとね。

 エサとして使用する穀物も、この村は自作してるんだけど、それが妙に少ないんだ。最初から」

「……エサが少ないことが、どうおかしいの?」

「そうか」


 この村は主な商売相手が城下町などだから、収入は安定している方だ。

 酷い飢饉などがあればまた違うだろうが、そんなことがあれば王宮だってただではすまない。

 そう考えた時、ウィリアムもアデルバートの提示した疑問の意味に気がついた。


「え、ちょっと。何男二人して納得してるの」

「まあまあ、ちゃんと説明するから待ってよ」


 置いてけぼりの葉月が抗議するのを、軽くいなしてアデルバートが説明を続ける。

 その内容は、ウィリアムにとっては確認だった。


「確かに、足りない分は買ってきたらいい。だけど、それは他の人が売ってくれるだけの余裕があるかどうかの問題になる。

 そのあたりはわかるね?」


 こくりと頷く葉月に、アデルバートは「よろしい」と鷹揚に頷く。


「家畜のエサを、消えた家畜の数も買うだけのお金はこの村には間違いなくある」

「……異形化、だっけ。モンスターになっちゃったりしたってやつの分」

「そう。だけどね、ちょっと問題がある。今年は異変が長引いたからエサ代も高騰してるはずだ」

「あー……そういや何か言ってたね」


 渋い顔で眉間に皺を寄せた葉月が、やめなさい女の子でしょ、とアデルバートに小突かれた。

 もともと彼女は、それを払拭するために呼ばれ――役に立たないと断じられたのだ。

 苦い顔をしたくなるのも当然だろうが、いつまでもそう拗ねたままでいられても困る、とウィリアムは思う。

 本当は役に立たないどころか、彼女がいないと話にならないことがわかってしまったのだから。

 ――ウィリアムは、自分の目が何とはなしに葉月の唇を見ていたことに気が付き、わざとらしくならないように気をつけながら無理矢理天井を見た。


「……ん?」

「多分、今のエサ代は例年の数倍から数十倍に跳ね上がってる。いくらなんでも、そんな額をいきなり捻出できるわけがない。

 それなのに、この村は金銭的には苦しんでいないように見える」

「んー……お金に困ってなくて、でもワルモノに脅されてる……? どういうことなのかな」


 そこだよなあ、と首をひねるアデルバートと葉月の側に立ち、ウィリアムは天井を見上げる。


「なにしてるんだ?」

「いえ、ここなんですけど。……粉挽き小屋って言ってましたよね」

「外の水車は動いてるよ。だけど軸が壊れてる」


 何も動いていないことが不思議だと思ったのか? と返したアデルバートに、ウィリアムは首を振って天井の一角を指さした。 

 天井は全体的に薄黒く汚れていて、何が疑問なのかアデルバートにも葉月にも、すぐにはわからなかった。




 夜半。

 粉挽き小屋の裏に、細い枝が積み上げられていくのを、男は楽しげに見ていた。

 とりあえず五人。簡単に人質をとって連れてきた村人たちには、もっとまんべんなく枝と油を撒くように指示してある。

 家畜ならそれこそ腐るほどいる村だ、油の調達にはこまらない。

 村人の顔色が悪いのは、雲の厚い空の下でもよく見える。

 まったく辛気臭い。男は不愉快そうに鼻を鳴らし、村人に声をかけた。


「かんぬきは」

「かけました……あの、本当に」

「うっせぇなあ」


 ――ああ、いらいらする。

 怯えた顔の村人に睨みを効かせ、男は松明を手にした。

 あいつらが悪い。

 この村からは、最低限しか外に連絡を取らせなかった。

 それでも女王の犬が来たからには、誰かが口を滑らせたに違いない。

 焼き払ったら、後でとっちめてやろう――


 誰を、などと考えていなかった。

 男にとって、それが村人を脅す材料になるのなら、誰でも良かったのだ。

 だから、手始めに王宮の方から調査に来たという軍務の男たちを焼き払うのは、彼にとって必然だった。

 松明の火を、積んだ枝に押し付ける。

 それはすぐに燃え移り、乾ききった粉ひき小屋の壁はあっという間に燃え始めた。


「バーベキューは楽しんでくれてるか、犬ども!

 誰から聞いたか、わかってるぞ。あのボロ屋のガキどもだろう、一緒にいたのを見てるんだ。

 でも安心しろ、この後すぐにあいつらもバーベキューに呼んでやるからさ。食材役でな!」


 嘲り笑う男は、村人たちが自分をおそれの顔で見ていることに満足して、血を吐いた。


「――あ?」


 血を吐いた。

 まだ血が、体の中から溢れ、むせて、吐いた。

 重力が突然、抗いがたいほどの力を持って男の体を土に叩きつける。

 自分が倒れこんだのだとは、男は気が付かなかった。砂に頬を押し付けながら村人たちの顔を見回せば、彼らはまだ、男の立っていたところを見つめている。

 一体誰が。

 男はのたうつように手を地面について、体を仰向けにさせた。

 立っていたのは、己とともに賊として悪事に手を染めてきた弟だった。

 確か人質を任せていたような気がしたが、今はどうでもよかった。


「おまえか、よかった、おいたすけ」


 ざくり、と。

 男の言葉は刃物に遮られる。

 それはさっき男の胸を後ろから貫いた山刀だった。


「う、うわああ!」


 悲鳴を上げて村の若い男が後退り、別の村人にぶつかった。

 そのまま、ぶつかられた村人が、自分の子供ほどの年齢の男の首に手を回す。

 ごきり、と嫌な音がして、若い男の体から力が抜ける。

 死体となった男を無造作に放り投げた壮年の村人は、さっきまでと少しずつ外観を変えつつあった。

 拳が彼自身の頭ほどの大きさになり、口元は酷く歪み、開ききった口元は左右に裂ける。

 賊の弟は、見た目をほぼ変えないまま、しかし全身が人にはありえない黒さに染まっている。

 ふたりとも、少しずつ、黒い靄のようなものを吐き出していた。


「い……異形化だ……」

「こんな時に!?」


 瘴気がどこに湧いたのか。

 村人たちにはわからず、異形化した者達にはなおのことわからないまま。

 ただ理性を持つものは恐怖に悲鳴を上げた。

次は5日、金曜日。

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