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イズギタ村の子どもたち・2

 書類を受け取るなり、アデルバートはそれとにらめっこを始めた。

 しばらくかかると思うから、と言われてウィリアムと葉月は村を見て回ることにし――結果として、自分たちは歓迎されていないということだけを痛感するはめになった。

 干し肉のひとつ買おうにも「それは変異した獣を試しに干しただけで、食べられるものではない」だの、「これはもう買い手がついている」だのと理由をつけて彼らには売ろうとしないのだ。

 馬車の荷をなるべく少なくするためにも食料をある程度この村で調達する予定でいたから、これは少し困ってしまった。

 今日、明日にいきなり食べるものがないということにはならないだろうけれど。

 しかし、一体どうしてここまで警戒されているのか、ウィリアムにはさっぱりわからないのだった。

 葉月に至っては「あたしは望まれない客ですから?」とか言いながら、明らかにすねている。

 彼女は道に転がっていた、少し大きめの石を片足で踏みつけ、その上でバランスをとるかのように両手を広げる。少しぐらついてから跳ねるようにその場を離れ、右に左に、目を引いたものにいちいち近寄るかのように不安定な足取りで歩き出し、やがて木組みの、崩れた家――誰も住まなくなって、手入れされなくなった屋根が崩れ、結果廃屋となったのだろうそれを眺めて足をとめた。


「それにしても、なんか気分悪いなあ……。もっと明るくこう、第一村人発見! とか言いたかったんだけど」

「なんですかそれ」

「んー……お約束、みたいなものかな」


 葉月の言うことはウィリアムたちにはわからないことが多い。

 それを聞き返してみても、今のように軽く流される。おそらく彼女の住んでいた世界で意味を持つ言葉なのだろう。

 相変わらず、ウィリアムには少し冷たい態度を取ることの多い葉月だが、それでも『お約束』の類を口にしている時はニィと笑ったり軽い嘲りを含んでみせたり、人形のような姿よりはずっと、ある意味で朗らかに見える。

 歳相応の、悪戯も程々にする活発な少女。

 おそらくはそちらが、彼女の本性なのだろう。

 わだかまりなく、普通に出会っていれば、もう少しお互いの距離は近かったのかもしれない。そんなことを考えながら、ウィリアムが少しぼーっとしていたその時だった。


「みんなをいじめてるのは、おまえかー!」


 道を塞ぐように飛び出した子供がそんなことを叫びながら、手にした木の棒を振り回した。

 がつん、と妙にいい音がする。


「向う脛……向う脛っ!!」

「こどもだからってバカにしてると、もっと痛い目にあわせてやるからな!」


 足を抱えるようにうずくまったウィリアムと、ふんぞり返る子供を見比べ、葉月は首を傾げた。


「いじめ……?」

「おまえも、わるいやつなんだろ!」


 棒で真っ直ぐに葉月を示す子供。それは葉月の目には、小学校に通うか通わないか、くらいの男の子に見えた。だが少し自信が持てずに、葉月はまじまじと彼を見る。

 少年には現代日本で見かける子どもとは、まったく違う雰囲気があった。


「何が違うんだろう」

「おい、無視するな! わるいやつなのかって聞いてるんだ!」


 少年の棒の持ち方を、予告ホームランみたい、と葉月は考える。そうしてようやく、違和感に気がついた。

 随分とがっしりしているのだ。筋肉が発達している、というべきか。わんぱく小僧ともだいぶ違う。


「なるほど! すごい筋肉あるんだねー」

「な、なんだよ、さわるなよ!」


 目を輝かせて少年の肩や腕をぺたぺたと触りだす葉月に、少年は随分と困った顔で嫌がるように腕を振り回す。

 葉月を振りほどいて少し下がると、廃屋の中から泣きそうな声が聞こえた。


「おにいちゃん……メリーね、そのひと、たぶん、ちがうと思うの……」

「かくれてろって言っただろ! ……お? お!?」


 おどおどと顔を出した、さらに幼い女の子。その姿に、兄と呼ばれた少年が慌てた声を上げる。そのタイミングで、いつの間に立ち直っていたのか、ウィリアムが少年の首根っこをつかんで持ち上げてしまった。


「ちょっと痛かったですよ。油断大敵ですね」

「はなせ……このっ」


 服の首周りがひっかかって少し苦しそうな少年を、地面につま先が着く高さでキープしながら、ウィリアムがやれやれと言った様子で大きな息を吐く。


「で。いったい君は何なんですか? 悪人呼ばわりされるのは心外なんですが」

「うるさいな! わるいやつなんだろ!?」


 埒が明かない。ウィリアムが苦い顔でそう思った時、葉月がしゃがんで少年と目線の高さを合わせ、その上で女の子の方を見て、声をかけた。


「メリーちゃん、だよね。

 あのね。あたしたち、悪いやつをとっちめに来たんだけど、お兄ちゃんにそう教えてあげてくれないかな?」

「おいおまえ! メリーに手を出すな! ――え?」


 暴れようとした少年が、動きを止めてきょとんとした顔で葉月を見た。

 ニッと笑って、葉月が少年に向けて手を差し出す。握手を求めるように。


「あたしは葉月。よろしく。君は?」

「ケン……」


 ペースに乗せられ、あっけにとられたのか、自分の名前を告げる少年。


「ケンね。よし。きみに、あたしたちがこの村に来た本当の目的を教えてあげよう」

「ほんとのもくてき、だって?」


 異変の瘴気を払う以外に、何かあったっけ。と思わずウィリアムも葉月の顔をのぞき込んだ。

 葉月は妙に深刻ぶった顔で大げさに頷くと、低く勿体を付けた声で話しだした。


「あたしたちは女王様じきじきの命令で、この村をわるいやつの手から救いに来たの。

 でもね、これは大人には秘密、ナイショなのよ」


 何を言い出すんだこの異世界人は。

 ウィリアムは思わず顎が落ちそうになるのをこらえた。


「大人にあたしたちの正体がバレたら、悪いやつがみんなを更にいじめるかもしれないから。

 だから、こっそりやらなきゃいけないんだけど、悪いやつがどこにいるかわからないのよ」

「そ、そうか……」


 納得するのか、少年。

 今度こそウィリアムの顎は落ち、口がかぽんと開いてしまった。

 かろうじて声を出さなかっただけ、まだ自制できているような気がした。

 葉月に「おろしてあげて」と言われてウィリアムは、まだケンの首を捕まえていたことを思い出し、開放してやる。


「……わかった、じゃあおまえ、とくべつに、教えてやるよ。ついてこい」


 口をへの字に曲げ、使命感めいたものをのぞかせた表情でケンが、棒で廃屋を示すと歩き出す。

 葉月がそれに躊躇なく付いて行くのを見て、ウィリアムは思わず、「なんで……?」と呟いた。

次は6月1日、月曜日。

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