イズギタ村の子どもたち・1
イズギタ村の民の多くは、街道からは離れつつも王宮からは程近いという位置を活かし、農業を中心として生計を立てている。だが異変の結果、瘴気が農場の多くを飲み込んでしまったのだという。
変異してしまった獣は凶暴性を増し、飼育を続けることは困難を極める。
しかも変異した獣の肉は食べられなくはないが腹を下す。結果として、少なくない数の農家が苦しむことになった。
王宮や、門前街の食を支えるイズギタの周囲は異変が残っている。中央から立て直すためにもまずは食の確保からというのが、この村を最初に訪れた理由だ。
だが――淀んだ空気が村を覆うのは、異変によるものだから仕方ないとしても。
それにしても、村の様子は沈んでいた。
「すいません、この村の長はどちらに?」
「え、はあ……それなら、あの、あっちの角をまがって真っすぐ行ったところに見える家に」
ウィリアムが声をかけた村人は、見慣れない顔の男にひどく驚いた様子だった。
教わったとおりに行けば、すぐに一件の家が見えた。
葉月は、ふと妙なことに気がつき隣を歩くアデルバートの袖を引いた。
「……アデルバートさん。なんでこの村、こんなに、こっちを警戒してるの?」
「知らない人間を警戒するのはわかるが……確かに妙だ。俺は一発で宮仕えとわかる格好してるんだしな」
「じゃああたしの格好かな」
「そうかも」
葉月の服は、村人のものと比べると異様に質の良い濃紺の、襟のリボンが目立つセーラー服だ。
――彼女の元いた世界で着ていた服を、そのまま着ている。いい加減こちらの服を着るようにすればいいのに、と思いはしたが、何か考えがあるのか、王宮を出る前に女王に「なるべくそれを着るように」と言い含められたらしい。
一方で、アデルバートやウィリアムの服装はこの国の正規の仕官服だ。ウィリアムのものはまだ真新しいが、アデルバートのものは着慣れた風情がわかる。事情を知らぬものが見て、せいぜい『異国の少女を護衛している』ように見ることは出来るかもしれないが――それに対し、警戒する理由がよくわからない。
村長の家を訪ねると、中から顔を出した女性は男二人の格好を見てから、引きつるような笑顔を浮かべて三人を家の中に通した。
やはり何かがおかしい。ウィリアムはアデルバートと顔を見合わせようとして、隣には葉月しか残っていないことに気がついた。葉月も、アデルバートを見ようとしたのだろう。ウィリアムと目が合うと、こちらも引きつった顔を一瞬浮かべた後、素知らぬ顔をして建物にはいる。
「ええー……」
渋面でその背を見送ると、既にアデルバートがちゃっかり上がり込んでいるのが見えた。
その彼がウィリアムに向けてぱっと片眉を跳ね上げたのは、何かを言おうとしているのだろうか。
あまり駆け引きのたぐいが得意でないウィリアムには、アデルバートが何を伝えたいのかはわからなかったが――大人しく従っておくのが一番だろう、と口を噤んだ。
「王宮から直々の様子伺い、にしては妙な風情ですな。どうかなされましたか」
「女王の命で、近隣の異変に関する調査を行うことになりまして」
「……例によって、と言うには少々、被害が大きいですな」
アデルバートは淀みなく話を進める。そうして三十年前の異変の際の被害と、今回の異変の被害を確認するための書類を見せてもらえないかと切り出した。それはすぐに用意できるというので、貸してもらうことになった。
しかし。
「できれば、しっかりと知らべるために宿もお貸しいただきたく。宿賃の用意はありますので」
アデルバートがそう切り出した時、村長の顔ははっきりとこわばった。
最初に顔を出した女性――身の回りの世話をしに来た女中だと言う――も、青褪めた顔で首を振る。
いったい何が、とウィリアムが切り出そうとした時、アデルバートがはっきりとウィリアムに向けジェスチャーをした。
『黙っていろ』と。
葉月もそれを見たのだろう、なにか言いたげな顔だが、唇を噛むようにして黙り込んでいる。
アデルバートはにこにこと笑うような顔で、村長を見続ける。
やがて、村長が絞りだすような声を出した。
「……しかし、この家は見ての通り、あまり広さがありませんで。
それにこの村は、王宮からも程近い。今まで旅客を預かることもあまりなかったものですから、宿といったものもありません。
昔誰ぞが使っていた粉挽き小屋家でよければ、少々離れた川沿いにあります。
そこで構わないのでしたら、すぐに掃除でもさせますが、いかがでしょう」
村長の言葉は、問うているようにも聞こえるがその実、他に選択肢がないということを滲ませていた。
アデルバートはそれを笑顔で承諾し、掃除もこちらがやりますよ、と申し出たがそれはすぐに断られる。
書類を用意してもらうまでの間、村の入り口に留めた馬車で待つことを告げて村長の家から退出した。
「一体なんだったんです、さっきのやりとり」
「異変を払えばハイおしまい、ってわけに行くと思ってたのか?」
ウィリアムがそう聞いたのを、アデルバートは声を落とせ、と手で示しながら聞き返す。
葉月は何やら考え込んでいたようだが、自分の考えに自信がないのか、上目気味にアデルバートを見た。
「……何かあるの?」
曖昧すぎるその言葉に、アデルバートは小さく笑ってからやはり小声で続けた。
「さて、何が出てくると思う?」
次は29日、金曜日(予定)。




