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寄せ集め会議・4

 わずかな時間、その感触を確かめてからウィリアムは葉月の肩から手を離し、一歩後ろに下がった。

 どうせ次に来るのはまた平手だろうと思い、舌を噛まないように歯を閉じて待つ。

 ――待てど、葉月は動かなかった。

 それどころか、ずっと見開いたままの目から大粒の水滴が溢れそうになっているのを、拭おうともしなかった。


「……なんなのそれ。靴、とか。プロのストーカーなの……?」

追跡者ストーカー? 確かに、子供の頃から森へ、狩りにはよくついていきましたが」

「森のなかで靴脱ぐもんなの? なんか変な虫とかに刺されてたらよかったのに」


 普通に話すような声音で、普通に話すような調子で、それでも声は震え、徐々に小さくなる。

 ――しまった。

 傷つけただろうか。

 今になって罪悪感が襲ってくる。

 ウィリアムにしても、他の様々を試してから、それでも何も変化がなければ頼み込んで、納得してもらって――といったごく普通の手順がわかっていなかったわけではない。強引な手段に出たのが多少の腹立たしさが原因なのは、否めなかった。

 初対面の印象だってお互いによくないというのに、それからまだ数日しか経っていない。

 だからといって、そこまで怯えられて、ここまで嫌がられて、いい気はしない。

 たかがキスごときで、何をこんなに青褪めて、強がって、泣きそうになる必要があるというのか。

 ウィリアムにしたって、どうせキスをするのならもっと自分の好みのタイプが良かったのに、と思っている。

 家庭的で物静かな女性は、葉月とは間違いなく正反対のタイプだ。

 それでも、どう考えたってこれは必要なことだと、心のなかで言い聞かせる。

 葉月を傷つけることと、異変を払うことと、どちらが重要かといえば当然、後者なのだから。

 ――本音を言えば、女王になるなど、一介の近衛には荷が重すぎるし、実際のところ嬉しくない。

 自分から望んで抜いた剣ではない。その上性別まで変えられてしまうのに、今また引き抜くことを期待されている。

 時折、『ウィリアム』という人間が男であるのは間違いであるということだろうか、とさえ考えてしまうのだ。

 不意にウィリアムは、葉月が召喚されてすぐ、剣を抜けないことがわかった時の表情を思い出した。

 感情の抜け落ちた、あの顔。

 さっき、先んじて平手をした時の顔と、似たようなものだった気がするのだ。

 おそらくは、それも――自分を守ろうと。

 あの時、この世界に不要だと示された彼女は、何を考えたのだろうか。

 このまま考えこんでも、答えのない場所から抜け出せなくなってしまいそうな気がして、ウィリアムは無理矢理自分の思考を打ち切った。


「――それでは、私は先に戻りますね」

「……あたしは、泥水で口を洗ってから帰らせてもらうわ」

「は?」

「もっと身長が欲しかった……あんたが泣くまで、殴ってやりたい」


 吐き捨てるようにそう言って、葉月はキッとウィリアムを睨みつける。

 その目にたじろぎ、追い払われるようにウィリアムは葉月に背を向けた。

 角を曲がり、慌てて掴んできたブーツを履き直そうと足を止めた時、かすかに聞こえたすすり泣きのような声が聞こえたが、もう今更、どうしようもなかった。


 強い光が、執務室を覆う。

 剣は抜き放たれ、ウィリアムの細くなった手がその柄を握りしめている。


「いったい何があったんじゃ?」

「ええっと……それは、できればお答えしたくないのですが……。

 ですが、おそらく間違いないと思われます。葉月さんが、この剣を抜く鍵でした」


 首を傾げる老賢者に、ウィリアムは眉間にしわを寄せたまま無理矢理笑ってみせた。

 やはりウィリアムの外見は変じており、その声は高く、涼やかな女性のものだ。

 背を伸ばして立っているのに老賢者どころか女王よりも低い目線で、ウィリアムは室内を見回した。

 光を予想して目を閉じていたとはいえ、それでも。


「……光が、弱かったように思いますね」

「むしろ、二回目なのに光ったことの方が、大事な気がするわね。

 わたしが持っていた時は、最初に抜いた時以外、一度も光らなかったから」


 怪訝そうに眉をしかめて剣を見つめる女王の言葉に、ウィリアムも改めて剣を見つめる。

 魔剣、と呼ばれる剣にもいろいろあるが、伝承に聞くどれよりも、随分と奇妙だった。

 たとえば、この剣が形状を変えることを女王は知らなかったという。

 もっとも直接戦場に赴くことのなかったジリアン女王が、戦うために抜剣したことがないのは不自然な話ではないのだが。

 賢者は「そういう記述を読んだことがありましたな」とうそぶいてみせる辺り、剣に関する話は後でもっと調べて置く必要があるのかも知れない。そういった資料はどこにあるのだろうか。魔法省なら妥当な気がした。

 そこまで考えて、ウィリアムは何かが足りないことに気がついた。

 何が――それに気が付き、ぞっとして顔色を青褪めさせる。

 がしり、と背後から肩を掴まれた。


「……美しい。やはり、あなたはとても美しい」


 遅かった!

 アデルバートが、背後からウィリアムの髪をすくうように撫でてきた。

 ぞわわ、と背中が総毛立つ。


「どうしたら男性に戻るのかは、わかりましたか?」

「い、いいえ……」


 怯えながら、ウィリアムはゆっくり振り返る。見えない位置のままでは、何をしでかされるか不安で仕方なかった。


「もう戻る方法なんて、知らないでもいいと思うのですよ。

 女王として、このまま生きていけばいいではありませんか、ねえ?」

「あの、それはちょっと、私としては困るかなと!」


 ひいぃ、という声が、喉から漏れる。

 それがアデルバートに聞こえていないことは、すぐにわかった。

 ぐいと、肩を掴んだ手を背に回され、抱き寄せられたのだ。


「ずっと女性のままなら、どうやったら剣が抜けるとか抜けないとか、そういうことも考えずにすむじゃありませんか!

 そうです、もうずっとこのままで!」

「う、うわああああ!!」


 顎に手を添えられ無理矢理上を向かせられそうになって、ウィリアムは恐怖に絶叫しながらアデルバートを突き飛ばそうとした。

 その勢いに、背に回されていたアデルバートの手が滑る。

 結果として自分を床に向けて突き飛ばすような形になったウィリアムは、思いっきり頭を打ち付けた。

 さっき自分がしでかしたことだったのに。興味ない相手からキスを迫られるのは、こんなに怖いことだったんだな。ごめんなさい、葉月さん――。

 そんなことだけ考えながら、ウィリアムの意識はすっ飛んだ。


 ――目が覚めた時にはウィリアムの体は男性だったので、おそらく失神などの意識の消失がスイッチなのだろうということが判明した。

 あと、ウィリアムはその後しばらくの間、気を失っている間に何があったかを聞こうとする度、女王と賢者に目をそらされることになった。

次は25日、月曜日。

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