寄せ集め会議・3
ぱしん、という音がした。
葉月の平手が、したたかにウィリアムの右頬を打ったのだ。
ウィリアムはむっとしたが――正直に言えば彼自身、この展開が予想できていないわけではなかった。
鍛えたことなどまったくないのだろう女性の、白く柔らかい掌の平手打ちなど、そんなに痛いものでもない。
むしろ周囲のぎょっとした目の方が、少し痛いくらいだった。
「再現、よね?」
「あ……そうか、あの時」
そう宣言した葉月に納得したのか、アデルバートが気の抜けた声を漏らした。
召喚されて最初に彼女が取った行動が平手打ちだったのは、確かな事実だ。
だけど。
葉月がただの『再現』にしては冷たすぎる目をしているのは――どうしてか、ウィリアムにはすぐにわからなかった。彼女の手が僅かに震えながら、葉月自身を守るように胸の前で拳を作るのを見るまでは。
自己防衛――怯えている? 一体何に。
いくらか腑に落ちないものの、ウィリアムは黙って剣を手にとった。
これで抜けてくれるのなら、何も問題はないと思ったのだ。
だが。
剣はやはり、鞘から抜ける様子はなかった。
四人にそうとはっきりわかる形で見せようと、柄だけを掴んで持ち上げ、ぶら下げてみる。
鞘がまるでうんともすんとも言わないのだと確認すると、賢者が唸った。
「……それでもない、か」
溜息を吐いて、やれやれと首を振ったのは賢者だけではなく、アデルバートも同じだった。
とはいえ落胆の色は、アデルバートにこそ濃い。
どうしてなのかはわかっているが――わかっているからこそ、ウィリアムはおもいっきり目をそらした。
目を向けた先には、考えこむ女王の姿がある。女王は目が合うと、困った顔に無理矢理笑顔を浮かべながら視線を違う方向へと向ける。
その先には葉月がいた。
――考えてみれば、どうして葉月がここにいるのだろう。
今更ながらに、ウィリアムはそのことが気になった。
彼女は、この世界の住人ではない。
女王でもなかった以上、客人以上でも以下でもないはずで、こんな大事な話の場に同席できる立場ではないのではないか?
何かが引っかかった。
「……ガストル様。ひとつお聞きしたいのですが」
あることに思い至って、ウィリアムは老賢者をそっと執務室の隅に連れて行き、小声で耳打ちする。
「もしかして、ですが。剣を抜くのに葉月さんが必要だと……卦で?」
「そうじゃ。だからさっきのには、ちょっと期待したんじゃがの」
あっさりと肯定する賢者に、腹の底から落ち着かない空気を吐き出して、ウィリアムは葉月の様子を伺いみた。
時折ウィリアムを盗み見ていたようで、見られていることに気がついた葉月は肩を震わせてばっと顔を逸らした。
異様に警戒されている。
この時になってようやく、ウィリアムにもわかった。
彼女がさっきから、何に怯えていたのかが。
――怯えるようなことだろうか。
想像通りなのだとしたら。そう思うと、なんというか、少しムカついた。
「葉月さ」
「あ! あたしちょっと用事思い出してっ」
それでも意を決して声をかけた途端、上ずった声で遮られる。
「用事? 何か忘れ物とか?」
「そんな感じそんな感じっ。じゃ、あたしちょっと戻ってるからっ」
「葉月さんっ!」
きょとんとした顔で聞くアデルバートの肩を軽く叩き、慌てて執務室から飛び出した葉月。ウィリアムは彼女をを呼び止めようとした。
部屋を出る直前、ちらりとだけ振り返った葉月の顔はよく見えなかった。
「――私、ちょっと葉月さんを追いかけてきます」
「どうしたの?」
苛立たしい気持ちを押さえて、努めて冷静な声でウィリアムはそう告げる。
女王が不思議そうな顔でウィリアムを見ていた。
アデルバートも、賢者ガストルも、同じような表情で。
そうか。
ウィリアムは何故、この三人が『再現』に最も合致するだろう『あのこと』を言わないのか、なんとなく理解した。
見えていなかったのだ、おそらく。
あの魔法陣の放つ、世界を切り取るような光のこちら側で、なにが起きていたのかを。
知っているのは、葉月と、そして自分だけだったのだ。
ウィリアムは曖昧な笑顔でごまかすと、踵を揃えて敬礼し、執務室を飛び出した。
「……と言っても、どちらに行ったものか」
扉を閉めてすぐに、あてがないことに思い至る。すぐに足を止め、目を閉じた。
――磨かれた床に響く、足音を隠す方法も知らない少女の靴音はすぐに聞き分けられた。
父にような狩人にはならなかったが、森で生まれた身として、耳の良さには少し自信があった。
葉月は足早ではあるが、走っているわけでもないようだ、すぐに追いつけるだろう。
ほら、もう背中が見えてきた。
葉月は深く息を吐くと、壁に肩をもたせかけてかぶりを振った。
ひんやりとした壁が、冷たくて頬に心地よい――そうして、少し顔が熱を持っていることに気がついた。
きっと怒ってるからよ。
葉月は自分にそう言い聞かせる。
その背から、肩をがしりと掴まれた。
「葉月さん。わかってるんでしょう?」
自分の言葉が、刺々しいとはウィリアム自身気がついている。
「……ウソ、いつの間に……!」
血の気が引いた葉月の顔は、普段より一層白い。
追いついてくる前に足音が聞こえるだろうと思っていたのに、どうして気が付かなかったのかと――愕然とした表情の葉月の前で、ウィリアムは彼女の肩を離さないまま反対の手に持っていた物を手放す。
ごとり、と音を立て、ブーツが転がった。
足元に目を向けた葉月は、ウィリアムのつま先を見た。布が巻かれている。
靴音がしなかったのはそのせいかと、葉月は目を丸く見開いた。
肩を掴んだまま、ウィリアムは葉月の顎に手を添える。
無理矢理上を向かせて、その唇にキスをした。
次は22日、金曜日(予定)




