インスタント・クイーン・8
「おお いりあむ よ しんでしまうとは なさけない」
「……は?」
唐突な言葉に、ウィリアムは怪訝な顔をして周囲を見回した。
どこまでも広がる白い世界、目の前には玉座がひとつ。
そこには、葉月がふんぞり返っていた。長いヒゲを生やしている。
……女性にひげがはえただろうか。
そんなことを思い始めたウィリアムだったが、まあいいか、と投げやりに考えることをやめた。
彼の記憶は、竜の火を真正面から受けたところで途切れている。
その先で「しんでしまうとは」と言われたところで、自分は死んだのだろう、と納得するだけの話だった。死後の世界とは、随分殺風景なのだな。
そう思いながら顎を擦る。ヒゲの感触がした。
「……あれ?」
違和感にウィリアムは下腹部を見る。ぶら下がるものが、そこにあった。
おかえり、僕の僕。
思わず涙が出そうになるのをこらえる。
胸にも脂肪の塊がなく、魂は自分の認識する己の姿そのままだったのだな、とか妙な感慨にふける。
服を着ていないことも、特になんとも思わなかった。
焼かれたんだし。しかたないんじゃないかな、程度で。
まったく自分のことを気にしないウィリアムに、葉月(仮)がぶーたれた。
「なんやの。なさけない、よりも、なにごとだ、の方がよかったんか?
それならそうと言ってくれてもええんやでー」
「何語ですか。それにいりあむって誰のことですか」
「4文字しか入力できへんねんもん」
「……せめてウィルでおねがいします」
「どうせひらがなしかあかんねんけどな」
何を言っているのかよくわからなかったが、いりあむとか言うなんだか微妙な名前は回避できたような気がして、ウィリアムははあ、と溜息を吐く。
「……死後の世界って、こんなよくわからないところなんですか」
「あ、自分まだ死んでへんで」
「……は?」
ウィリアムはもう一度怪訝な顔をした。
「ここは関所みたいなもんやな。
自分、なんや変なもん持ってたやろ。あれ何かわかってるか?」
「変な……? 剣のことでしょうか」
心当たりといえばそれしかない。
魔剣だと、ガンゲツと言う男が呼んだ剣のことを思い出してウィリアムは呟く。
葉月(仮)は、ニィ、と笑った。
「よーわかっとるな。
うぃる言うたな。自分なぁ、あれ持ってんのにここ通らすわけいかんねん。
むしろここまで来る必要なかったやろ、なんで来たんやー言わなあかんとこやねんで」
葉月(仮)の言う自分、が一人称なのか三人称なのかもわからず、ウィリアムは相手が何を言っているのか理解するのに時間を要した。
……しかし、考えてもよくわからなかった。
「ごめんなさい、葉月さん。私には、あなたが何を言っているのかよくわからないんですが」
いろいろと諦めて素直にそう口にしたウィリアムに、だが、葉月(仮)は目を丸くして、それから笑い出した。
「ああ、なるほどな、なるほどなー。
まあええよ、すぐにわかるやろからな。せやけど、自分は葉月ちゃうで。ただの門番や。
自分から見たら、葉月とか言う子に見えるだけのこっちゃな」
葉月じゃない、の前に出た『自分』は一人称で、葉月に見えるだけ、の前の『自分』は三人称だろうか。
そこから悩まなければならないことになんだか理不尽を感じなくもないが、それでも、なんとなくわかることはあった。
つまり。
「――私は、生きているんですか?」
門番はもう一度、ニィ、と笑った。
「せやで。あんまりこっち来うへんようにな」
そう言って杖で、地面をとんと突く。
その途端、ウィリアムの意識は途絶えた。
背中を擦られ、胃の中の物を全部吐き出した葉月は、ようやく落ち着きを取り戻した。
「すいません……アデルバートさん」
「あんまり気にするな。正直に言えば、俺もしばらく肉は食いたくない気分だ」
気遣うような顔のアデルバートだが、時折ちらちらと背後を見る。葉月のことよりも焼死体が気になっているようだった。
無理もないことだ。その正体を聞いた時こそ信じられないという思いが過ったものの、一目惚れだったのだ。
元が男だと言われても、オプションに地位がついてくるならそれくらい我慢できる、というのもまごうことなく本音なのだ。
――それが、今やあっちでこんがりしている。
人の死に立ち会ったことがないわけではないが、それでも好意を持った相手がその直後に死ぬなんてのは初めてだ。気落ちするくらいは許されても良いだろう――そんなことを考えながら、もう一度焼け焦げたウィリアムを見る。
そして、絶句した。
「う、ん……」
ウィリアムは、眼を開けた。
いくらか焼けた天井が見える。
煤がついているのも仕方ないだろうが、これはどう掃除するのだろう、なんてことが気になった。
身を起こして立ち上がってみれば、ウィリアムの周囲にも随分と煤が散らばっている。
「う、動いたああああ!?」
「え……きゃあああ!!!」
そう叫んで、アデルバートがウィリアムから目を離さぬまま壁際へと逃げだす。
何事かと、彼の目線の先を見た葉月も、叫び声をあげた。
ただし。
「ふ、服を着てよ! 痴漢!! 変態!!! 露出狂!!!」
意味は随分と、違ったようだが。
ウィリアムの姿は元通り男性のものへと戻っており、すっぽんぽんだった。
剣は、そうした覚えもないのに鞘に収まり、床に転がっていた。
次は15日、金曜日(予定)




