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インスタント・クイーン・6

※少々残酷描写があります。

「はぁーあーあー!」


 大げさでわざとらしいため息があがった。

 それを口にした葉月は、顔に浮かぶ苛立ちと不快を微塵も隠そうとせずに隊長に向き直る。


「あんたね、何かんがえてるのか知らないけど。

 さっき敵襲だー! って言いに来た人でしょ、確か。隊長だっけ? 先女王に聞いたわ」


 無愛想に吐き捨てる彼女はもしかしたら、己の肌から血が出たことに気がついていないのか。

 ぞっとしたウィリアムが葉月を凝視し――気がつく。

 ほんの僅かに、だが。葉月の膝が震えていた。


「残念だけどね。あたしは女王じゃなかったわ」

「なにを馬鹿な」

「本当に残念ねー、こっちだって残念だわ。

 呼びつけられていきなり『ごっめーん、人違いだった☆』とか言われた身にもなってみなさいよ」


 はあやれやれ、と大仰に肩をすくめる葉月に、隊長は鼻に皺を寄せてわめく。


「そんなはずがあるか!

 見ろ、晴れたんだぞ、空が! 女王が現れることで瘴気が晴れるくらい、もうわかっとる!」

「へー。じゃあ連れて行ってみる?

 それであたしが女王じゃなかったら、あんた、生まれた国に後ろ脚で砂かけといてただの女の子ひとりさらっただけのウスラトンカチってことになるけど?

 それにさあー、あんたさっき、なんて言った? 『首を切り落とす』? そんなことしてもし万が一あたしが女王だったとしたらどーすんの? 生きて連れていけないじゃない。死体でもいいんだったら、もう殺してるでしょ。それって脅しにもなってないわよねー」

「……もう一度口を開いてみろ、本当に切り落としてやる」


 言葉に詰まったのか隊長は再び短剣を葉月の喉に押し当て、今度こそ葉月は口をつぐむ。

 しかし、大きなため息は更に続いた。


「はああああ……」


 今度はアデルバートだ。

 羊皮紙を一枚懐から取り出し、それを火に近づける。

 ちり、と端から焼けていく魔術陣を見て、隊長は歪んだ歓喜に勝ち誇った笑顔を浮かべた。

 それを目の端で見ながら、アデルバートは何かを呟いた。


「――」


 何と言ったのか、ウィリアムには聞き取れなかった。つまり、これは。

 羊皮紙が更に激しく燃えあがり、子供の頭くらいの火球を形作る。


「……隊長さんさ、あんた魔法使えないし、興味もなかったんだろ? 使い方にはいろいろあるんだよ。

 もっとも、これは大技の部類だから、見たこともなかっただろうけど」


 あたりをびゅんびゅんと飛びまわった火球が、室内に燃え広がる火をまるで舐めるようになぞって飲み込み、その分だけ大きさを増やす。とうとう全ての火を己の体に変えた時、すでに火球は蜥蜴のような尾を生やした少女のシルエットを形作っていた。


魔工精霊火種サラマンダー……行け!」


 葉月が「うっわほんとにいるんだ」と呟いたようだったが、隊長はそれを咎めなかった。それどころではなかったのだ。

 火の少女は隊長の真上から飛びつくと、その金属鎧に腕をまわして抱きついた。


「なんだぁ? ……がっ」


 怪訝そうに呟いたのも一瞬のこと。少女の姿はすぐに消え失せ、彼女の触れていた形に金属が赤熱する。焦げた匂いがして、うめきながら隊長はうずくまり、急いで鎧を脱ぎ捨てようともがきはじめた。

 開放された葉月は隊長から慌てて離れながら、子供の頃にお好み焼きのプレートに触ったことを思い出して顔をしかめた。

 おそらく今の隊長は、体全体――文字通りの意味で――でそれを味わっているに違いない。


「いやまったく、近衛隊長が謀反を図るとは思いもよりませんでした。

 ですが実際にその女性は新女王ではありませんのでね――人質の意味、ないんですよ」

「わーんみすてられるー」


 ふざけた口調でそう言った葉月が、ひょいとアデルバートの後ろに隠れてから、ん? と首を傾げた。


「じゃあさっきの、うっかりあたしを巻き込んだらどうするおつもりで?」

「そりゃあ、不幸な事故じゃないかな」

「うわ。触ってみなくてよかった」


 その間ずっと、ウィリアムは何もしていなかったわけではない。

 隊長や葉月たちのやりとりを見ている東国の男が、隙を見せればすぐにも斬りかかろうとずっと睨んでいたのだ。

 だが、男の目線こそほとんどウィリアムに向けられないものの、竜が時折顎を鳴らしてウィリアムを威嚇する。

 剣で争うだけなら、男と刺し違えるくらいはできるかもしれない、とウィリアムは思っていたが――竜が相手では、剣が通るかどうかさえわからない。冷や汗が流れるのは、どうしようもなかった。

 アデルバートが火精を生み出した頃、東国の男も小さくため息を吐いてウィリアムに相対した。


「あの男、欲をつついてオレの国に傾かせたが――あそこまで馬鹿だとはな」


 そこを否定する言葉も、義理もウィリアムにはない。

 黙ったまま、剣を持つ手に力を入れる。いつでも動くことができるように。


「女。いいことを教えてやる。

 この国に来た竜騎兵ドラグーンはオレひとりだ」

「……何を突然?」


 男の言葉の真意をはかりかねて、ウィリアムは眉をひそめる。

 竜騎兵はにやりと笑うと、竜が伸ばして来た鼻先に捕まり、その背の鞍に飛び乗った。


「この鞍に載せられるのはせいぜいが、オレの他にもう一人くらいということだ。

 そこに乗せて帰るはずだった女王がわからんのなら、長居する意味もない」


 乗せて――意味をまだつかめないウィリアムの前で手綱を惹かれた竜が、馬が嘶くかのように吠えた。

 ぐるりと踵を返すと、それは一気にその場を離れる。


「はぁっ、はぁっ……!?」


 ようやく胴を包む鎧を外し、酷い火傷を晒しながら荒い息を吐いていた隊長が目を見開く。

 ――突如彼の前に現れた竜、そして刀を振りかぶった男の姿に。


「じゃあな、お間抜けな隊長さんよ」


 ざくり、と。

 隊長の上半身が、縦に2つに斬り裂かれた。

次は11日、月曜日。

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