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インスタント・クイーン・5

 刀が振り下ろされようとした、その時。

 ばん! と、音を立てて隠し扉が開いた。


「うわナニコレ熱っ!」


 すでに隠し扉周辺の幕はみな焼け落ちていたが、いまだその周囲に残る熱気に葉月が酷く顔をしかめて騒ぎ立てる。

 どうしてここに――そう思う前に、ウィリアムの体が動いた。

 闖入者に気を取られて動きの止まっていた東国の男の懐に飛び込むと、剣を突き出す。

 切り込めなかった分、浅く付きこむだけになるかと思った一撃は、何故かすとん、と男の、振り上げた腕の下――鱗鎧の覆っていない脇を突き刺した。

 ぎょっとして刀身を見れば、それは今やレイピアの細さ、長さになっている。

 東国の男も、驚いた顔で跳ぶように後退った。


「なんだ、その剣は……」


 こっちが聞きたかった。

 だが、ウィリアムはそうは見えぬよう、これが当たり前であるかのように堂々と振る舞うことにした。

 今ははったりが大事だと、どこかはっきりとわかっていた。


「知りたいか?」


 聞かれても答えられないし、むしろこっちが知りたいくらいだ。

 心中でそっとそう付け足しながら、姿を変えた剣の異様を見せつけるようにウィリアムはそれを眼前にかざす。

 剣全体で素直な十字型を描いていたのに、柄は今や拳を覆うほどの大きさになっている。

 どうか、こっちを見ろ。彼女が異世界の少女だと、気がつくな!


「いいや、用ができたんでな。おまえのことは後回しだ。

 ――はじめましてだな、新しい女王。あんたをうちの国に迎えに来た。

 大人しくついてくれば、怪我はしないで済むかもしれんぞ」


 男の顔はもうウィリアムを見ていない。ウィリアムは舌打ちして、もう一度剣を構える。

 その肩を、がしりと掴まれた。


「引き下がれ! あんたが女王だとバレたらまずいだろ」


 背後から肩をつかんだアデルバートが、ウィリアムの耳元で――というか近すぎで耳に口が当たるんじゃないかという距離だったせいでもうウィリアムの背筋にぞわぞわぞわっと何か気持ち悪いものが走ったくらいだったが、ともかくそう囁いた。

 葉月に続いて部屋に飛び込んだのだろう。扉の向こうでは、室内を伺おうとするジリアン女王を賢者が押して離れようとしているのが見えた。おそらく、火が、煙が、外に漏れ出しているのだろう。

 はやくこの場に、火消しを連れてこなければ。


「お迎えにしちゃ随分大仰ね。ドラゴンの背中で、サラマンダーよりはやいとか言うつもりはないわよ」

「火精と何の関係があるのかわからんが――来てもらう」


 男は刀を納めると、室内の誰にも背を向けぬよう後退しながら竜の側面に立ってそう強く言い切った。

 竜もまた、男の言葉に追従するようにぐぐ、と唸った。――それは合図だったのだろう。

 いつからだったのだろうか。竜に挑むかのように短剣を構えていた近衛隊長が、そっと葉月に近づいた。


「ここは危険です、私についてきてください」

「え」


 きょとん、とした顔で振り向いた葉月の首筋に、隊長の短剣がつきつけられる。


「ここにこのままいると、この剣があなたの首に傷を入れる。だから危険なんです。

 私の仕事は、新たな女王を東の国にお連れすること――お分かりいただけますね」

「おまえ、何を!」


 ぎょっとした顔で叫ぶアデルバートをぎろりと睨んで、隊長は荒々しく唸った。


「若造が。剣のひとつろくにあつかえんひょろもやしのが、臣に登用されて、偉そうな身分だなあオイ!」


 彼の叛意は、アデルバートには突然のものに見えた。

 ――召喚に関しては、ある程度以上の地位を持つ者は周知のことではあった。

 しかし、その詳細から遠ざけられた隊長がそれに――実力よりも、女王警護を中心とするために後ろ盾を重視するきらいのあった近衛の中で、こいつなら女王の警護に適役だろうと思われる程度には名のある貴族の家の三男坊、つまりこの先にこれ以上の出世や家督を継ぐような予定もなくただ何事も起きぬよう警護に費やされる予定の未来に――不満を持っていたことは、ある程度予測ができていたことだったのに、ここまで明確に国を裏切るとは誰も思っていなかったのだ。

 それほどまでに、何も出来ぬ男と見くびられていた隊長の、これは一世一代の賭け。

 国を捨て、家名に泥を塗ってでも『女の下で働く』ことが業腹な、そういう男の蛮行だったのだ。


「女王――ババアをたらしこむのに何を使った? 色仕掛けか?

 王婿(女王の夫)が死んだのは十年前か、まだあが・・ってなかったんなら男日照りを落とすのはさぞ楽だったろうなァ!」


 卑猥であれば侮辱であると思っているのだろうか。

 それはただ、隊長自身の価値を下げる程度の言葉の羅列だったが――人に不快を催させるには十分だった。

 感情の抜け落ちたような顔で、アデルバートは隊長をただじっと見る。


「――羊皮紙が燃えれば、魔法も使えんのだろう。

 どうせいまも手にしてるんだろう、燃やせ。……燃やせ! さもないと新女王の首を切り落とすぞ!」


 唾を吐き、青筋を立てながら怒鳴り散らす隊長の剣は大げさに葉月の首に回される。

 よく研がれているのだろうその刃が皮膚を傷つけ、一筋の血が流れた。

次は8日、金曜日。予定。

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