インスタント・クイーン・4
戦ってる話。
目の前で振り下ろされた剣。背後には火。
横へと咄嗟に身を捻りかけたウィリアムは、わざと倒れこむとそのまま転がりこんで膝をつき、姿勢を立て直す。
「ほう」
目を細めた男は、一層楽しそうに声を漏らす。
わざと遠ざかったウィリアムが、ただ趣味で武装させられただけの女ではないと、その男は見抜いたのだろう。
改めて見れば、その男の剣は――大型のファルシオンだろうか。大きさはともかく刀と呼ぶほうが、似つかわしいように思えた。
ウィリアムは今更ながらにぞっとする。重さにまかせて叩き潰しにかかる剣なら、躱しただけでも十分だったかもしれない。だがあの刀ならば、男が手首を返すだけで剣の露となるところだったに違いない。
玉座の裏で燃えている火が、他の装飾にも移りだしたのだろう。それを背にするウィリアムには見えないが、ぱち、ぱちという音が頭上からも聞こえはじめた。
熱によるものか緊張によるものか、わからない汗がウィリアムの頬を伝う。
それは明らかに使い手と見える男と対峙しているからだけではない。
目の前の男が、竜にもう一度火を吐けと命じれば、今度は避けられるかどうか自信がないのだ。
だが、男は竜から少し離れると今度は刀を構え直した。
「構えろ。女をさらうだけのつまらん仕事だと思っていたところだ、少しは楽しませろ」
片刃の、波打つような銀色が火の赤を照り返す。
「遊んでいる場合か、とっとと――」
「黙ってろ」
隊長に一瞥もくれず、東国の男はそう告げる。男のかわりにか、竜が隊長の方を見て口を開けた。
怯えたように手を顔の前にかざす隊長に、爬虫類めいた目は感情を読み取りにくいが――笑ったように見えた。
「女。名前は」
「……ウィリアム」
男から目を離さぬまま己の剣を抜くことにもう一度だけ挑戦して、やはり手に触れない。少しの諦めと目一杯の自棄で、いっそ邪魔でさえある剣帯を外し、地面に落とした。宝剣の鞘をしっかりと掴み、剣を手にする。
――選ばれたというのなら、使わせてもらおう。
どうせならさっき地下で抜き放った時の、あの光が再び現れないかと期待したが、そんなこともない。
宝剣は片手で持つことが想定された、ありきたりなロングソードのようだ。その重さ、大きさが誂えたようにウィリアムの手に馴染むことに笑いたくなる。鞘は投げ捨てるわけにも行かず、邪魔ではあるが左手で持っておくことにした。
「ウィリアム? ……男として育てられたか」
「そんなところだ。そっちは」
事実を説明する気にもなれない。したところできっと誰も信じない。
適当に流して、ウィリアムは剣を構えた。
息を吸い――止める。
「――オレを満足させたら、教えてやろう」
気合を入れるでもなく。
普通の会話を続けるような調子で踏み込みながら、男は剣を地と平行に振り回した。
読み取りにくい呼吸だが、さっき振り下ろした時と同じで、不意をうつほど素早いわけではない。おそらくは純粋な興味で、さっきウィリアムが避けたのは偶然かどうかを試している。どうせなら甘く見られ、油断してくれたほうがありがたかったが、対処しなければ致命傷になるような斬り方をしてくるあたり、戦いたがっているのは本心なのだろう。
宝剣を、救い上げるようにして刀の腹に滑らせて軌道をずらし、間合いの内に潜りこむ。
左手の鞘を男の腹にぶち当てようと逆手で薙ぐと、それを男は左手で弾いた。それならば、とウィリアムは軽くしゃがんで男の顎を額で狙う。
ぴょん、と跳ねただけに終わった。
――しまった、まるで高さが足りていない!
ウィリアムは自分の体が全く体格が変わってしまっていることを、未だきちんと把握できていなかった。
男が刀の柄で、ウィリアムの腹を殴り飛ばす。
勢いのままごろごろと転がり、そのまま勢いをつけて立ち上がろうとしたが、筋肉量の少なさ故か、思ったより痛みが激しい。
刀の間合いの内であったことが幸いした、あれが最初の距離ならば、やはり斬られて終わっただけだ。
だが、そんなのは。
「……つまらん」
時間稼ぎにしか、ならない。
気怠い表情を浮かべた男が、刀を振りかざす。
腹の痛みはまだひかず、ウィリアムはただ、それを見上げるしかできなかった。
次は6日、水曜日。




