インスタント・クイーン・3
「まったく、女を騙すのはどうしてこうも簡単に行くんだろうなあ!」
その声には聞き覚えがある。近衛隊長だ――どうしてここに。疑問が浮かぶより早く、隊長は言葉を続ける。
「黒髪の、妙な服装の女がいた。あれが異世界人だろう。
新たなジョオウサマってやつだ――何度も言うが、怪我はいくらさせても構わんが、殺してはマズイからな」
「オレに指図するな、売国奴」
鬱陶しそうにそう返す声が続いた。
低く荒々しいが、若さのある男の声だ。
布を少しだけずらすと、竜の脇腹を軽くさすっている手が見えた。分厚い篭手は、手綱をつかむためのものだろう。顔は見えないが、太く筋肉質な腕が、大柄だろうことを教えてくれる。
近衛隊長はさっきの上機嫌さを消して「はんッ」と吐き捨てた。
「その売国奴に手引きしてもらわにゃ、ここまで無傷で来れなかったろうに随分な言い草だな。
今この私の気が変わったらどうする気だ。二百の近衛、全員で取り押さえても構わんのだぞ」
「それだが。どうやって警備を手薄にした?」
「……何を聞き出す気だ」
「ここでオレを竜ごと捕らえれば、お前の株は随分上がるんじゃないのか」
不快そうに唸る近衛隊長に、東国の戦士らしき男は笑ったようだ。
――随分と、嘲りの色が強いように感じたのは、ウィリアムの誤解ではあるまい。
「……二百のうち、五十は事前に下級近衛の指揮を名目に各地に追いやった。
夜番をさせた七十五は今頃寝台だ。酒には強い薬を入れたからな、二度と起きられん奴もいるかもしらん。
残りの七十五は、敵襲に備え外壁を警戒しろと言ってある。
多少騒いでもすぐには来られんし、とっとと地下に向かってしまえば、あの大倉庫の本来の用途を知る奴はほとんどおらんからな、どこで何が起きているかもわかるまい。よもや敵が既に内に潜んでいるなど」
「つまり、『今お前の気が変わったところで』オレを捕縛など出来ないということか」
「――だからどうした!」
苛立たしげに声を荒らげた隊長と対照的に、東国の男は楽しげでさえある。
「いやなに。貴様がこちらをも裏切ったかと思ってな」
「なん」
隊長が噛み付くより早く、東国の男の篭手が竜の腹を軽く叩いた。
竜がこちらを――幕の裏にいたウィリアムを見据え、咆哮を上げんばかりにあぎとを開く――気づかれていた!
吠える代わりのように噴出された火から逃れ、布の下から転がり出た。
さっきまでウィリアムが隠れていたあたりはあっという間に炎に包まれ、玉座の裏一面に火が広がる。
――ははは。
嫌な笑いが、ウィリアムの喉にひっかかる。
なるほど、竜騎兵とは竜使いなのだな。
東国の男は、隊長のような甲冑でこそないが、全体を竜鱗で覆った胴鎧――文字通りのスケイルアーマー、ということか――を身に付けている。他には革の篭手と、レガース。日に茶色く焼けた蓬髪を覆うものはなく、野性味あふれた顔が膝をついたウィリアムを見下ろしている。
隊長はウィリアムをちらりと見ると、眉間に皺を寄せた。
「さっき見た顔だな――つけてきたか」
「あの女は、兵の類ではないのか」
「下級近衛に女はいないはずだ……おおかた誰かの『かこい』だろうが」
妙な趣味の奴がいるのだろうな。そう呆れた声で近衛隊長が呟く。
下品なやつだ。
ウィリアムは音にせずに口の形だけでそう吐き捨て、初めて、自分が出世しなかったことを感謝した。こんな男の直下につかなかっただけで重畳だ。
その感想が、女として持ったものか、男であってもそう思ったかは、わからなかったけれど。
「まあいい――殺すだけだ」
東国の男が、ウィリアムを楽しげに見た。
――あの目には見覚えがある。一方的に相手をいたぶることを楽しむ人間の目だ。
ウィリアムは剣を抜こうとして、ずっと宝剣を手にしていたことに気がつく。
この剣で戦うわけにもいかないのだから、置いてくればよかった。
男から目を離さぬまま、元々の自分の剣の柄を、手で探る。
探る――手に何も触れず、ぎょっと目を剥いた。
そのときの自分が、体格が変わったことを理解していなかった――つまり剣帯がずれ、体格と比すれば大きすぎた剣を今までのように扱うことは難しかったのだということをウィリアムが理解したのは、ずっと後になってからだ。
「何をしている?」
楽しそうな声だった。音だけを聞けば、舞踏会で踊りを請うかのような響きだった。
その声が似合う笑顔で、東国の男は剣を振り下ろした。
次は4日、月曜日。
あと、とりあえず活動報告をつけてみました。




