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インスタント・クイーン・2


 近衛隊長に続いて階段を駆け上がったウィリアムは、はっとして足をとめた。

 ――明るい。

 明かり取りの外から、光が指している。

 異変の象徴とも言える、陽を隠す厚い雲。それが見当たらない。

 ひと月前はふつうのことだったはずの青天が、細い隙間の向こうに広がっていた。

『新たな女王がこの剣を抜くその時まで、異変はずっと続くのよ』――冗談だと思って流した女王の言葉は、本当だったのだ。

 その剣を抜いたのが自分であるということが、今になってじわりとウィリアムの中に広がっていく。

 ――だが、物思いに耽るのは、後に回さなければ。

 ハッとして周囲を見回すが、近衛隊長の姿はどこにも見当たらない。おそらくあの金属鎧のガチャガチャした音のせいで、自分に続いたものがいるとは気づかなかったのだろうし、緊急事態なのだから置いて行かれるのも当然のことだ。

 しかし、ウィリアムには道がわからない。

 もともと方向音痴ではないはずなのだが――周囲を見回せば、ここはどうも、女王付き使用人などの部屋が続いている場所のようだ。扉や曲がり角が規則的に続いた廊下は、どこも同じように見えてしまって不安になる。

 だが、敵襲なのだから現場はすぐにでも騒がしくなるはずだ、と考えなおし、耳に意識を傾けながら移動することにした。

 ついでに彼――もとい彼女は、改めて自分の状態を確認する。

 まず気になったのは、今までなかった異物だ。

 左は特に、なめした革の胸当ての下で押しつぶされて、ちょっと息苦しさを感じる。

 胸当てのない右側のソレに、おそるおそる、触れてみる。ふにょんとした弾力が手に返ってきたが、それよりも体の表面をさわったはずなのに遠くからなぞられたようなわけのわからない感触に「ひぃ」と声が漏れた。下からすくい上げるように持ち上げてみると、肩が軽くなったことに驚く。そういえばさっき階段を走った時にどういうわけか鎖骨あたりが引っ張られて痛いように感じたのは、これが振り回されるからだったのか。

 その下を覗きこんでみる。見慣れない異物のせいで、思っていたよりもずっと首を伸ばして前かがみになる必要があった。うわ、やっぱりすっきりとしてしまっている。そのあたりにあったはずのものがないのを確認して襲ってきた感情は、寂しさよりも絶望が近い。さようなら、僕の僕。まさかこんな形でお別れするなんて、思っても見なかったよ。

 当たり前だが、すべては服や武装の上からだ。今、直接覗きこんだりしたら、それをもし誰かに見られでもしたら、ちょっとこう、目も当てられない。

 ウィリアムの脳裏に、もういっそ辞世の句でも用意しようかとかよぎる程度に余計なことを考える時間が過ぎたころ。

 どこかで、何かが割れた音がした。

 どこだ――手近な窓に飛びつくと身を乗り出し、外を、外壁を見回す。

 少し離れた場所に、一際大きく立派な窓があるのが見えた。

 あれは。

 ようやく位置関係がはっきりとつかめたウィリアムは、今度は迷いなく走りだした。

 謁見の間だ、そこから音がした!


 玉座近くの隠し扉――最初に女王たちが隠れていたのだろうその場所にそっと滑りこむと、布の裏から息を潜めて覗き込む。

 その情景に、ウィリアムは思わず声を出さぬよう、自分の唇を噛んだ。

 長いはずの尾は、断尾でもしたのか途中からすっぱりと消えているが、間違いない。

 ドラゴンだ。背に鞍をのせている。

 馬の倍はありそうな高さから、トカゲに似た目がぎょろりと辺りを見回している。

 鱗の生えた長い首の付け根から張り出した翼は、コウモリのそれによく似ているが、大きさや厚さは段違いだ。あれがひとたびばさりと翻れば悠々と空を飛んでしまうのだから、恐ろしい。

 それでもこの大きさなら、まだ子供だろう。ウィリアムは初めて割れた竜卵を見た時、大人用ゆりかごにできそうだと思ったことを思い出していた。

 武に長ける東の国では、竜を卵から孵して育て、馬のように使う精鋭がいるという噂は聞いていた。

 ただし育てる過程で死なせてしまったり、竜に食われたり焼かれてしまったりするため数が極端に少ないとも――つまり面白がりの流布した眉唾だと、今の今まで思っていた。

 動悸が激しい。

 呼吸が荒い。

 手が震え、膝が笑う。

 あれが3体もいるのか。

 ひとりで相手をすることなどできない。今頃、近衛隊長が上級近衛をかき集めているはずだ。

 自分のような、辺境任務に回されるような下級近衛したっぱに何が出来るものか。

 上級近衛が集まったら、その援助か肉の盾に向かうのが関の山で、妥当で、望まれていることだ。

 細く息を吸い、増援を待とうとしたウィリアムの耳に、余裕のある笑い声が聞こえた。

次は5月1日、金曜日。

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