インスタント・クイーン・1
抜けた、と思った瞬間。
ごう、という音さえ聞こえるような勢いで、光が迸る。
薄暗い地下室で突如広がった強い光は、その場にいた全ての者の視界を埋め尽くし、何も見えなくさせてしまった。
その発生源を手にしていたウィリアムは思わずよろめき、地に這いつくばる。
光はすぐにおさまったが、視力の方はそうもいかない。
「な、何が」
起きているのかと。
そう言いかけたウィリアムは、そのまま口を閉じた。
「どういうこと……? 葉月ちゃんは、剣を抜けなかったわよね?」
「儂の卦の通りでしたな」
女王のその言葉は、驚きよりも困惑が大きい。その言葉を考えるに、なるほど、あの光は宝剣を抜くことで起きるものなのだろう。それならば、以前に引きぬいた身であるはずの女王には、あの光は覚えのあるものに違いない。賢者が妙に鷹揚に応えているのも同じ理屈だろうか。
「目がっ、目がーっ!」
葉月が妙に楽しそうに悲鳴を上げている。
そうこうしているうち、視力も戻ってきていた。
手の中の剣を確認したウィリアムは、鞘を抱え込んでへたり込む。
刀身は何の変哲もない銀色に見えた。だが、刀身が見えている、晒されているということが問題なのだ。
どういうことだ。どういうことだ。どういうことだ。
脳が理解を拒否する。
置物だとばかり思っていた剣が、どうして。
最初に抜いて見るように言われた時、まったく抜けなかったのは確かなのに。
それに、それに――さっきの、声は。
「ウィリアム……あなた……?」
女王が、信じがたいものを見たという顔でウィリアムを見ている。
その顔に怪訝そうな表情を向けた賢者ガストルが、目線を追うようにウィリアムを見て、やはり目を丸くした。
アデルバートが酷く真剣な顔をして、つかつかとウィリアムに歩み寄る。
そして迷いなく跪きウィリアムの手を取ると、こう言い放った。
「結婚してください」
「ヒッ」
逃げたい。手を振り払おうとしても、真顔のアデルバートはまったく動じない。怯えて、ウィリアムはにじにじと後退る。
「どうして逃げようとするんですか、美しいお嬢さん」
「や、やめてください、私です、ウィリアムです!」
突き放そうとするウィリアムの腕は細く、声は高い。
腰は細くくびれ、肩や尻の肉付きは柔らかく、胸がぷるんとはずんだ。
――女性の体だ。
「ウィリアムか。今日会った衛兵と同じ名前――」
そこまで言って、ようやく事態を認識したアデルバートはウィリアムの手を離し立ち上がると、天井を見上げた。
ウィリアムはさらににじにじと下がり、落ち着かなさに鞘をぎゅっと抱きしめた。
「なにこれ。あたしナマモノNGなんだけど」
葉月が胡乱かつ生暖かい顔でウィリアムとアデルバートを見比べる。
ウィリアムがこっちが聞きたいよ、と呟いた時、アデルバートはぐっと拳を握りしめてふたたびウィリアムに詰め寄った。
「……それがどうした! 俺の理想の小柄なボンキュッボンが――それも、女王だ!
カモがネギしょってるのに、元が男だってだけで諦められるか!」
「まあ……新しい女王を繋ぎ留めておくためにも、ある程度そういう欲のある若いコを用意したのは事実なんだけど」
「ふたりとも。いろいろ駄々漏れとるぞ。――ところで、」
呆れ混じりのガストルの言葉が、しかし後半は真剣なものだったから、全員が老賢者に目を向ける。
半眼で何やら考えるような様子を見せた賢者は、ふむ、と頷くとウィリアムに向け杖をかざし、何やら呟く。
ぶわっと強い風が吹いて皆の髪や服をかき乱したが、ウィリアムの前でそれは弾けるように消えた。
「……『盾』が発動しとる以上、間違いないの。剣が選んだのは、ウィリアム、お前じゃ」
「そんな、私は――!」
異世界の者でもなければ、女でもない。
悲鳴を上げたくても、状況がそれを否定する。
呆然としたウィリアムを無視して、申し訳無さそうな顔を浮かべた賢者が葉月に向き直った。
「……すまんの。嬢ちゃん。儂は卦で最初から、わかっとった。
嬢ちゃんは女王ではない……まさか近衛が女になるとは思っとらんかったが」
「見ればわかります」
葉月の声は冷たく、その目は何処か諦めていた。
「あたしはここでも、いらない子だった。それだけのことですよね」
賢者が何かを言いかけた時、階段から大きな音が響いてきた。
すごい勢いでそれは、駆け下りてくる――足音だ。金属の音もするあたり、武装した誰かの。
慌てて立ち上がり身構えたウィリアムの視線の先で、飛び込んできたのは上級近衛隊の隊長だった。
威厳に満ちた甲冑、と言えば聞こえはいいがその実重く動きにくそうな重装甲の下で、肩で激しく息をしている。
「陛下! 申し訳ありません、敵襲です!」
「わかっていたでしょうに、何を慌てているのです」
そのための警戒配備でしょう、と。優雅に、わずかに咎めるような口調で隊長に問いかける女王に、先刻までの『おばちゃん』を自称する彼女の面影はない。
「それが――おそらく、東の国です。竜騎兵が3騎も、直接乗り込んで」
「どら……? もしかして、空飛ぶドラゴンに乗ってたりして」
冷めた目の葉月が、茶化すようにそんなことを言う。
違う、銃を持った騎兵だ――と、ウィリアムが訂正するより早く。近衛隊長は葉月を不審そうに、力いっぱい睨みつけた。
「貴様、何者だ……何故それを知っている!」
「なんじゃと!」
大声を上げたのは、賢者だった。
女王も顔つきを険しくして、右手を肩の高さに持ち上げた。いつの間にか、その手には畳まれた扇子が握られている――勅令を出すのだ。
「近衛で、すぐに敵兵の排除を。兵士たちには持ち場を離れぬよう伝達なさい」
「はっ!」
隊長がそれに応え、階段を駆け上がる。
――それに足音がもうひとつ続いた。
「え?」
「……そういやあやつ、近衛じゃったの」
唖然とする女王とアデルバートの耳に、賢者の呟きがぼそりと届いた。
タグもタイトルも、まだ仮です。
次は29日、水曜日。




