第八話
その男が待つ、うっそうと茂った藪の中に佇む薄暗い屋敷は、どこにあるのかはわからない。フォレンティーヌはその男から呼び出しを受けるたび、真夜中に彼の従者が馬車で迎えに来て、屋敷に連れて行かれるからだ。
その日も、男からの呼び出しを受け、例の屋敷に向かう。屋敷に行く時は、供は連れて行けない。屋敷の場所がわからないのは、馬車内で目隠しをされるからだ。目隠しはその男に会う瞬間まではずしてもらえない。時には、屋敷を出るまで、そのままのこともある。そして、ミトンをし両手を結わえられた。
男はいつも目元は仮面、頭はターバンで表情を隠していた。彼は、
「お前は、俺の顔を知りたいが故に、手が出そうな種類の女だからな。まあ、このまま抱かれるのも悪くないだろう?」
と薄く笑った。しかし時折、そのまま彼が行為にふけり、いいように翻弄するあたり、彼もこのような状況を、あながち正体がばれないようにする為に、と言う理由だけでするわけではなさそうだ。
そのまま屋敷に着き、フォレンティーヌは執事に導かれながら、屋敷内、彼の待つ暗い奥の部屋へ入っていった。執事が出て行くと、奥に座っていた影が動いた。
「ばかな事をしたものだ。」
影はそういいながら、彼女に近付いた。フォレンティーヌは後ずさりしながら震える声で話す。
「何のことよ。」
縛られた後ろ手に扉が触れた。しかし外から執事が鍵をかけているため、外には出れない。そうこうするうちに、男が目の前までやってきて、顎を強く掴んだ。
「実に女らしいやり方だが・・・すぐ嗅ぎ付けられる。」
彼女は顔を横に背け、吐き捨てるように言った。
「私のせいじゃないわ。」
「まあ、いずれお前の元にも警察関係者が来るだろう。ミドー家もしまいだな。何しろ実権はもうミドー伯にはないも同然−−−−−−」
すると、彼女は燃えるような憎しみの目で彼を見据えた。そして、叫んだ。
「私のせいじゃない!!あれは、勝手にあの女が死んだだけよ!!そして、お父様に『あれ』を売り渡したのは、あんたでしょ!?」
彼は、にやりと嗤って手を伸ばし、フォレンティーヌのドレスの下をまさぐり、いきなり両足を抱えあげた。逃げ場のない彼女の背中は硬く閉ざされた扉に支えられ、そのまま肢体を蹂躙される。彼女は身をよじり、足をばたつかせ抵抗するが、そのたびに、彼を誘いこみやすくするだけとなってしまう。その内に彼女の吐息は甘くなり、言葉を発しようとしても、艶声しかでてこなくなった。彼は彼女を翻弄しながら、愉快そうに話し出した。
「ほう・・・?あのバルバラ、とやらはお前の持つ別荘の近くに越してきた娘だったか?お前は周りの夫人共や女達を使って、つまはじきにしたんだろう?彼女が嫁いだディーツ家は下級貴族だからな。しかもあの娘はおとなしい。言うことを聞かせるよう、女特有のやり方で追い詰めた。」
フォレンティーヌは首を横に振り続ける。しかし心とは裏腹に、彼女の体は早くも彼へ適応し始めていた。
「俺が知らないと思っているのか?情報を集めるのに苦労はいらん。女どもはおしゃべりだからな。・・・気位の高い女は馬鹿だ。夫や家の階級で相撲をとっているだけで、低レベルな争いばかり。」
彼は、荒く息をついた。彼の激しい動きは止まり、そして彼女から離れた。彼女はその場に崩れ落ちる。彼は上から、その様子を馬鹿にしたように眺めた。
「お前は名目上の茶会・・・夫人会での集会で『茶』をたしなむ場に、彼女を呼び出した。・・・そして、アルベール=クレイトンの妻に渡すように、クレイトン家の茶会に出席する予定のバルバラへ『茶』を預けた。お前も出席するのにな。うまく彼女に罪がいくように、確実に事が運ぶか見るために・・・。それとも、愛人として・・・」
「そうよ!!」
突然、彼女は叫んだ。
「バルバラは、家柄周りの人達や私の友達からは、来た時から嫌われていたわ。随分とおとなしいし、おどおどして、びくびくして・・・目障りだった。皆のいい話題の種だったわ。それを私が助けてあげただけよ。使い物になっただけ、いいと思うべきだわ!!」
だが、彼はその叫びにも動じず、淡々と語った。
「多分、上位貴族で周囲の中心人物であるお前に、逆らえなかったのだろうな。お前はその優位さを利用した。集会が、異様な雰囲気であることを感じていたか、あるいは彼女も『茶』を勧められたかで、お前の行動をバルバラは不審に思った。そして彼女は勇気を振り絞り、お前に真実を迫った。疑心暗鬼にも陥っていたのだろうが。」
「お前は嘲笑し、バルバラに種明かしをした。それが彼女を追い詰めた。裏切られた、はめられた、と感じたのだろうな・・・支えのないものは、かりそめの優しさに惑わされやすい。そして、あの新聞の通りだ。お前はずる賢いからな・・・。いずれは、どうにか始末しようとしていただけに、厄介払いができたと思っただろう?うまくあの娘の性格を掴んでいたからか・・・まあ、いじめられる人間の心理と、なじめない環境でナーバスになっていた弱い彼女は、それが決定打となり、ショックを受けた。結果・・・・新聞の通りになったが。早すぎたな。」
フォレンティーヌは黙っていた。
彼女は、焦点の定まらない目で、壁を見つめ、思い返す。
今まで、社交界に出てから、自分になびかない男などいなかった。自分の家柄、美貌・・・自分は注目され、常に輪の中心に立っていた。そして、それが当たり前だとも思っていた。
だから、あの幼い頃・・・クレイトン兄弟を紹介されたあの夜会で出会った、兄弟の中でもでも特に美しく才気あふれる、そしてどこか斜に構えて生意気な少年も、必ず自分を獲得したがると・・・幼心にそう確信していた。否、彼女にとっては、そうでなければいけなかったのだ。
だが、彼はいつまでたっても儀礼的で、こちらを見てはくれなかった。彼女はそれが悔しく、押したり引いたりと、今まで使ってきた彼女のやり方で、彼を振り向かせようとしていた。半ば意地でもあったのだろうか?だからこそ、彼が社交界でも鼻つまみ者の、あのオリエと結婚すると聞いた時は、愕然としたのだ。自分より劣る女と、あのクレイトン家の男が、しかも3兄弟の中でも特に有能な男が?自分になびかなかった男が?なぜ?徐々に彼女の中で、アルベールは執着の対象となっていた為、疑問を持ちながらもすぐ、こう思い直した。
『政略結婚なら、私の付け入る隙はまだある。あんな女相手なら、いくらアルベールでも、自分をみてくれるはずだ』と。
だからこそ、彼にわざわざ、金と体を提供する、と申し出たのだ。その頃、彼女はある噂を聞いていた。それは、アルベールは縫製の工場を買い取っていたが、その工場自体はほとんど破産寸前で、彼は資金繰りに悩んでいるかもしれない、との内容であった。なぜ、彼がそんな工場を手にしたかはわからない。彼にしては浅慮だったのでは・・・と、ふと考えたが、そんなことはどうでもよいと、すぐに打ち消した。そしてこれを機会に、彼女は体と金を担保に彼に近付いた。こうでもしないと、彼は自分を見てはくれない、幼いときから、女や恋愛の経験・駆け引きを武器にしても振り向いてくれなかったのは、自覚していた為だ。だから、あくまでも一線を引いて互いの利害のため、という表向きの理由を掲げて彼に話を持ちかけた。
彼がどうしてあっさりと乗ってきたのかは、この時点ではわからなかった。しかし、フォレンティーヌは満足だった。こうまでして、やっと彼は自分を見てくれたのだから。どんな理由があろうとかまわない。自分のものになった満足感、あのみすぼらしい妻女、オリエを出し抜いてやった、という優越感、そして愛人関係という背徳感・・・彼に初めて抱かれた時、彼女はこれらの感情と供に深い満足を感じた。彼女は以後、感情に任せたびたび彼を誘惑した。彼に抱かれるたび、この男は、完全に自分の物になったのだ、と思っていた。だが、所詮は愛人関係でしかない自分。その自分の立場を完全なものにしたい、自分という人間は、アルベールにとって、そんなところで終わる女ではないはずだ。
『妻』―――名実供に完璧な立場を確立する欲望も、そのころから彼女の中には芽生えていた。
だが、実のところ、彼女の物になったはずのアルベールの様子がどうもおかしかった。それに気が付いたのは、王宮夜会での逢瀬の時だ。いつものごとく誘惑して、いつもの甘美な時間が始まるのかと思いきや、彼は突然出て行ってしまった。ふと、窓の景色をみると・・・・そこにはあの女がいた。自分の一番嫌いなタイプの女。地味で暗くておとなしい、影のような、自分とは正反対の目障りな女。
女としてなんの努力もしない、それでも幸せを享受できる、本能的の悟った女の敵。
その時、彼女は唐突に気が付いたのだ。
アルベールは自分ではなく、他の誰でもない、あの女を見ているのだ、と。
彼は生来、天邪鬼な性格で、それは大人になっても変わっていなかったから認められないのだろうが、フォレンティーヌは女の勘で確信していた。どうして、自分になびいたのかもわかった。
彼は、自分でも認めたくない、もしくは無意識の感情―――― 一般的には『恋心』というそれを、どうしていいかわからないのだ。だからオリエをわざと挑発・冷遇し、愛人の自分との仲を見せつけ反応を見たりしているのだ、と。彼はプライドが高い為、恐らくオリエのような女にほだされた自分を認められないのだろう。長年、彼を見つめ続けた自分だから、そのあたりの彼の性格は、わかってきていた。
だからこそ、あの時、あの瞬間―――― この目の前の男の誘いに乗ったのだ。彼女の中で気が付いてしまった現実は、アルベールの本当の気持ちと、フォレンティーヌの中の、彼への執着だった。その瞬間、彼女はもう後戻りは考えないことにしたのだ。あの女に危害を加えても、アルベールを自分の物に・・・完全に自分の物にしてやると、決めたのだ。
対する男には、何か思惑があるようであったが、それについて尋ねても、はぐらかすだけであった。まもなく、彼は協力料と称して、ついでにと彼女と関係を結んだ。彼女は初め抵抗を示していたが、男のそばにいるとなぜかどうでもよくなり、体も彼になじむようになっていた。男には不思議な引力があったように思う。それが、『あれ』と関係があるかは今となってはわからないし、どうでもいい。
男は具体的には指示しなかったが、オリエとアルベールの溝を深めればいいといった。
彼が自分に与えたのは、『あれ』だけだ。〝これを使えば、思い通りに事が運ぶ〟と。
だから、アルベールを誘惑し、周囲の人間を懐柔しながらも、彼女は金で素行の悪い者を雇い、オリエを脅していく作戦に出た。馬車の暴走、オリエの自宅周辺での通り魔事件の頻発、そして、男から与えられた『あれ』。
『あれ』は、最終手段に使うつもりだった。
『あれ』を使うと決めた時、警告のつもりで、封筒に、『あれ』のもとになるという花を入れ、オリエの出てくる時間を狙ってそれを投函させた。その花に関してだけは、男が用意しその行動を指図されたのだ。このときの男には、何か別の・・・挑発するような意図を感じたが、黙って従った。
そのころ、彼女は父親のミドー伯爵が、娘の金使い道について、うるさく言ってくるようになり、辟易しつつあった。だんだんと、彼女の自身の所有資産は減って、家の財産に手を出すようになったのを、不審に思われたらしい。彼女は簡単に言えば、アルベールに貢いでいたようなものだ。資金提供・運用なぞ、素人の貴族令嬢においそれとはできない。資金不足に陥るのも時間の問題であった。そして、それが尽きれば、自然と彼との距離も保てなくなるのは、目に見えていた。
焦っていた彼女は試しに、『あれ』を男の言うとおり、疲れている父に、と茶として出し、飲ませた。そして一週間も続けて飲ませると、男の言っていた意味が理解できた。父は彼女にうるさいことを言わなくなり、彼女の望む事は何でも聞いてくれるようになったのだ。あの、自分中心の父が。
彼女は、独善的な父を嫌っていた。母が小さい頃に亡くなってからと言うもの、権力や地位にこだわり、自分を言いように利用してきた父。特に、勝手に好きでもない幼馴染の男との結婚を決めた最近では、特に父親を恨んでいた。彼女はアルベールを愛している。父の思い通りにはならない。その一身であった。そしていつしか、彼女は父を疎んじるようにもなっていた。その為、『あれ』を父に使うのにも、ためらいは皆無であった。そうでないと、自分の今までの努力は水の泡だ。
そしてしばらくすると、父親はどこからか『あれ』を調達するため、男ともいつしか懇意になっていた。それがいつからなのかは、彼女にはわからないが、実質上、男の口添えもあり、ミドー家の財産権は彼女が握っているも同然となった。ミドー伯自身は最近、家に篭りがちとなっており、昔のような覇気もなく、目はうつろで、いつも『あれ』のことばかり口にし、時折わけのわからぬことも口走るようになった。これ幸いに、彼女は父を療養中と称し軟禁状態にした。そして、当主代行として、また、資産も固有の物として、自由に行動を起こすことができた。
彼女はわかっていた。男から与えられた物は、はっきりとはわからないが、公に出していいものではないと。これは・・・間違いなく、人体にはいい影響を与えないものだ、ということは、その方面に疎い、素人である彼女でも、感じていたのだった。でも、そのわずかな良心は欲望に負けてしまった。
彼女は、心中歓喜していた。これで、あの忌々しい女を始末できる。もう、フォレンティーヌは迷わなかった。どうしても、どんな手段を使っても、あの女だけは絶対認めない。そして絶対、アルベールを手に入れてみせる。
そして、自分の手を汚さず、事を運ぶ手段も運良く見つけたのだ。それが、バルバラだった。
男の言うことは大筋当たっている。新しい環境、そして新しい人間関係へ悩んでいるバルバラに親切心を装って近付いた。自分は常に貴族の女性達の中心でもあり、その自分の言うことなら、周囲はなんでも従った。優しい言葉をかけ、自分に従わないと、女性の輪から手ひどい形で外れるのだと・・・暗にそう表現した。バルバラは弱かった。典型的ないじめられる体質の人間だと、フォレンティーヌは嗅ぎ取ったのだ。だからこそ、オリエに『あれ』を渡す役を抜擢した。バルバラは、気が弱っていた為、優しい口調でうまく言いくるめ、お願いすると応じてくれた。
だが、バルバラは、『茶』の秘密に勘付いてしまった。ミドー家で開かれた、伯爵主催のフォレンティーヌ達取り巻きも参加した集会・・・『あれ』を『聖薬』としてたしなむ集会に、仲間内の女性達から無理やり出席させられたからだ。彼女は勘が良かったようで、気の小さい彼女なりに、精一杯抵抗を示した。フォレンティーヌは、もともと女性達から身分の低い新参者、と嫌われていたバルバラに未練は無かった。いや、むしろ邪魔になり、社会的にでも始末する機会だととらえた。だから、バルバラに呼び出された時・・・バルバラは、フォレンティーヌと話すのも緊張するのか、震えながら話していたのだが・・・その自分を恐れている姿を内心馬鹿にしながら、真実をぼかして明かしてやり、彼女へ罪が行くことだけは強調して、こう告げたのだ。
〝私も、そんな効用がまさか付随するなんて、知らなかったのよね・・・。でも、あなたはうすうすわかっていた・・・あんな、おそろしい副作用のようなものが出るなんて・・・そんな物が出回ったら・・・そしてそれが違法なものだったら・・・それを知ってて、そのせいで人が亡くなったら・・・そのうち警察沙汰よね・・・あなたのご主人やご両親、どうなるのかしら??私だったら耐えられないわ・・・神の裁きが下る前に、お許しいただくでしょうね・・・〟
と、わざと見せ付けるように、近くに生けてあったバラの棘で手首を傷つけたのだ。
そして弱いバルバラは、思惑通り、あっけなく姿を消した。彼女はバルバラに何かを、具体的に命じたわけではない。うまいこと、彼女の精神状態を利用したに過ぎないのだから。フォレンティーヌは、翌日の朝刊を読んでも、罪悪感など微塵も感じなかった。
そして、あのクレイトン家の茶会。オリエがクレイトン家になじめていないのは承知の上で、ここでアルベールの家族の印象を良くしておき、そろそろ彼とオリエの仲を、本格的に裂こうと考えていた矢先―――――――
あのクレイトン家の茶会。
その日、フォレンティーヌも招待を受けていた。バルバラの監視と、クレイトン家の家族・・・特に、オリエと折り合いの悪い、姑である夫人や、アルベールの兄弟達の方に取り入っておくことを主な目的に、出席したのだ。目的は達成され、首尾よく上々であったが、思わぬ方向に話が転がっていった。その茶会の終了後、アルベールから呼び出された。玄関に近い部屋の一区画、薄暗いその部屋で、彼は別れ話を持ち出したのだ。いや、別れ話ではない。正確には契約の終了だ。
「単刀直入に言う。終わりだ。」
「・・・そんな・・・何故、何が理由?いやよ・・・・そんなことできないわ・・・!」
アルベールは、すがる私から顔を背けた。
「最近、ミドー家に関しての、あまりよくない噂を聞くが?資産関連、出入りする連中・・・。そういえば、お父上は大丈夫か?」
彼女は理由を突きつけられ、押し黙った。資産もなれない投資で底をつきかけており、方々長年の知人友人、親戚に援助を願い出るものの、渋られていたのだ。所詮、貴族のつきあいとは薄情なものである。父親の七光りとはよくいったものだ。だが、父親に関しては、どこから漏れたのだろう。父親のことは自分と、あの男しか知らないはずなのに・・・・。
フォレンティーヌは口を開いて、反論した。
「ねえ、大丈夫よ。そんなの、根も葉もない噂なの。お父様も、季節柄、ちょっと体調を崩しているだけなのよ。資金投資も、決められた額入れられなかったのは、今回だけでしょう?」
「だが、当初に契約していた額とは、大幅に違っている。それに・・・お父上は、最近王宮にもこられていないぞ?・・・・まあとにかく、こちらもいろいろ考えて決めたんだ。最初に言ったはずだぞ、これは契約だ、と。」
彼女は、後ろからアルベールを抱きしめた。昔からの願いが叶ったのに、こんなのはありえない。
「いや・・・いやよ!!私、ずっとアルを、アルだけを愛しているの!!あんな女認めないわ!あなたにふさわしくない!!あなただって、あんな女政略結婚で娶っただけのお飾りでしょ??」
アルベールはふと、つぶやいた。
「・・・ふさわしくない、か・・・。」
だが次の瞬間、彼はフォレンティーヌの手を振り切り、こう言った。
「俺だけ?違うな。何も知らないと思っているのか?・・・とにかく、何度も言わせるな。終わりだ・・・。」
その時、ドアの外から、床のきしむ音が聞こえた。もしかしたら、今の話を聞かれていたのかも知れない。この私が切られるなんて、みっともない場面を盗み聞き去れていると思うと、羞恥に頬が熱くなる。その音をきっかけに、二人の会話は途切れた。やがて、足音が遠ざかる気配がし、ようやく、アルベールは口を開いた。
「じゃあな。」
そしてドアを開けて、私の前から去っていった。
彼は、アルベール以外にも、関係を持った男の影に気が付いていたのだ。
残されたフォレンティーヌは呆然と、その場に立ち尽くしていた。
なぜ?何のために、この私が―――――――。