齟齬を噛む夜
竜人類の暮らしぶりと比較し、自分たちの暮らしの異常性を確信する佐倉。明かされる新人類の起源。しかし、キクトはその新人類を信じてもいた。二人は互いの価値観をぶつけ合う。また、ラヴィッジの災厄と第三次世界大戦が同じ千年前の出来事だと知り……
リアンは佐倉の問いには答えず、帰るのが遅くなったことを詫びる言葉を淡々と並べた。また、他の竜人類に何か変なことを言われたりされたりしていないか、怖い思いをしてはいないかなど、事細かに聞いてきた。
佐倉もキクトも、めいめいの思いを言語化した。リアンは表情をあまり動かさずに、「そうか」と呟いただけだったが、誰よりもこちらを気にかけてくれているということが伝わってきた。不思議と、吸引力のある人物だった。
一通りの問答を終えると、キクトは改めて助けてくれたお礼を述べた。
「リアン、さん。僕をクリーチャーから助けてくれて、本当にありがとうございました。……リアンさんが来なければ、僕はきっと死んでいました」
その言葉にリアンはふるふると首を振った。
「いや、お前は死なないよ。オレがクリーチャーを殺さなくても、多分、Dedが遠くから援護射撃でもしていたはずだ。お前ら二人はおそらく恒星会から特別視されている。守られるべき存在だからな」
リアンはトーンを変えずに言う。その特別視、という言葉に二人は眉間に皺を寄せつつ目を合わせたが、結局黙っていた。リアンは少し考えてから呟くように言う。
「……キクト。お前はおそらく、これからたくさんのことを知ることになる。もしかしたら、それはお前にとって辛いことかもしれない。ただ、これだけは覚えていてほしい」
リアンはそこまで言って一度息を吸った。他の竜人類にはなかった妙に重苦しく圧迫感のある空気に、胸が苦しくなる。なぜか頭の奥が熱い。キクトは自分の鼓動がいくらか速くなっているのを認めた。
「オレは、何があっても必ずお前を守る。絶対だ」
リアンはそう言い放った。真剣な眼差しがキクトの胸を刺す。リアンの左目はまっすぐにキクトを見つめていた。キクトはどう言っていいか、わからなかった。
「どうして、ですか……」
そう尋ねるのが精一杯だった。横目で見ると、佐倉はいくらか不満げな顔をしている。
「それもこれからきっとわかる。ひとまず今夜はこの集落に泊まっていけ。最初に寝ていた部屋を使うといい。オレは滝の下で朝まで番をする。朝になったら、少し連れて行きたいところがあるから、オレのところまで来てくれ」
リアンは無表情のまま言った。佐倉は耐えかねたように言う。
「リアンさん、お願いです。教えてください。私たちが恒星会から特別視されているってどういうこと? キクトには何か秘密でもあるの? ラヴィッジって何なの? どうしてクリーチャーが増えているの? 新人類はいったい……何をしようと、しているの?」
矢継ぎ早に繰り出された質問を、リアンは指先まで包帯で巻かれている手でそっと制した。佐倉は哀願するような表情になっている。キクトは佐倉のことがいくらか心配になっていた。知れば知るほど、却って彼女の知的欲求は尽きることがないような気がした。
「気持ちはわかるが、今はまだ言えない。……でも、きっとすぐにすべてわかる。ひとつ言えるとしたら、世界はあるがままの姿でそこに佇んでいるだけだということだ。それと、キクトのことは、オレの問題なんだ」
リアンは少しだけ、寂しそうに言った。佐倉は悔しそうな表情をした。キクトは引き時だ、と思った。
「佐倉、ほら、行こう」
キクトが手を引くと、佐倉は素直に従った。滝の裏から階段を上る。松明が消してあったので、足元は何も見えない。二人は固く口を結び、黙っていた。握る手が汗ばんでくる。言い得ない焦燥感と、不安が胸中を満たしている。
自分はいったい、何者なのか。
今一度自分に問いかけてみたが、わかるはずもなかった。自分が今まで生きてきた世界と、目の前に広がる現状には途轍もない距離があった。
二人は部屋に戻り、簡単な寝床に横たわるとすぐに身体を寄せ合った。家族のぬくもりがそこにはあった。佐倉は泣いていた。緊張が弾けたのだと思った。佐倉の細い身体を抱き寄せると、その身体が小さく震えているのを感じた。背中をさすっているうちに、佐倉はいくらか落ち着いたようだった。
呼吸を整えると、佐倉は静かに言った。
「……ごめん」
「気にしないで」
キクトは佐倉を抱きしめた。佐倉は少し間を置いて聞いてくる。
「どうだった、今日」
「……混乱してる」
「そうよね。……私も」
「初めて見るもの、聞くことが多すぎた」
「色々あったわね」
「ほんと、色々……」
ふと、思い立ってあのクリーチャーと呼ばれる化け物に引き裂かれた腕を見た。何の変哲もない、いつも通りの腕だったが、あの痛みと恐怖はしばらく忘れられそうになかった。
キクトは佐倉を元気づけようと、努めて明るい声を上げた。
「でもさ、怖かったし何もかもが不安だけどさ。本当に色々発見があって、良かったよね」
「そうね。っていうか、キクト、ここの場所がどのへんかわかってるの?」
「いや、あんまり……だけど、羽切山のふもとらへんかな?」
「私たちがクリーチャーに会ったのは、羽切山よりもう少し街に近いところ。ここは、羽切山の裏側よ」
「裏側ってことは、山には登らずに後ろ側へぐるっと回ってきたってこと?」
「そう。あんたの傷をリアンさんが応急処置して、運んでくれたの。キクトは完全に気を失っていたから……」
佐倉の言葉であのクリーチャーのグロテスクな姿を思い出す。
「クリーチャーについて、詳しいことは何も聞けなかったね」
「うーん、誰もわからないのかも。とにかく気味の悪い生き物だったわね」
キクトは身震いした。
「佐倉、今日の会話を整理して、何かわかることはあった?」
「まあ、少しはね」
「たとえば?」
「竜人類の生態とか生活については、大体わかった気がするわ」
「確かに。僕も」
「そういえばリアンさんも片目を隠しているから、『竜』になれるのかしらね」
「でも、リアンさんはサイノさんと反対の目を隠してたよ」
「あ、確かにそうね。何か意味はあるのかしら」
「どうだろう。……リアンさんは、何を考えているんだろう」
「それが、一番わからなかったわ」
「……僕を守るって言ってた」
「ほんと、キクトに何があるって言うのよ。ずっと普通の男の子だと思ってたのに」
「……僕もそう思ってたし、今もそう思ってるよ」
その言い回しに佐倉は少し笑った。見ると、赤みを帯びた瞳が濡れている。キクトはもう一度佐倉を強く抱き寄せた。
「……正直、怖いよ」
「そうね。……私も、怖いわ」
「Dedの人たち、近くにいるのかな」
「いるんじゃないかしら。リアンさんもそう言ってたし」
「そう思うと安心だね」
「私たち、街の外に出ても竜人類に会っても、結局、新人類の支配下にいるのかしら」
その佐倉の言葉は、異様にざらついた感覚で耳に届いた。語彙を捉えてやっとその言葉を咀嚼したとき、キクトはこの時、なんてことを言うんだと心から思った。これまでの価値観の根底を揺るがすような発想だった。旧人類として、許されない発想だった。
「支配下って……何言ってるんだよ。守ってもらってるんだろ、新人類の人たちに」
キクトの諌めるような物言いに、佐倉は露骨に嫌そうな顔をした。
「だから、その考え方自体が既に新人類の支配下にある、と言っているのよ」
「どういうことか、よくわかんないよ」
「だって、考えてもみなさいよ。どこに自分と異なる種に育ててもらう生き物がいるのよ。地球上にいる動物たちは皆、同じ種の中で子育ても生活もしているわ」
「それは動物的な生き方だろ。僕らは人間だ。一緒くたにする話じゃない」
「私たちだって動物でしょ、体外受精で創られた存在だとしてもね。今の体制が正しいとは思えない」
「でも動物的な生き方を選んだら、それはもう人間じゃないよ」
「何を言ってるの。前時代には自由な生殖活動に自由な人生、自由な生活があったじゃない。それが今の世界にとってはどれほど異常で野蛮なことだとしても、少なくとも今の私たちよりはずっと自然な生き方よ」
「佐倉は、今の人類の生き方が不自然だって言うのか」
「そうね、……物心ついたときから若干の違和感はあったけど、今は心からそう思ってる」
佐倉の言に衝撃を受けつつも、キクトは慎重に言葉を選んで言う。
「……でも、動物的な生き方を選ぶことが人類にとって正しいわけじゃない」
「そうね、そうかもしれない。でも、そもそも世界の中で動物じゃないのは、新人類だけよ」
佐倉の冷たく放ったその言葉は、残酷なまでにキクトの心の柔らかい部分を鋭く刺した。自分でも意外なほど、その言葉に傷ついた。それ自体にも驚いたし、また同時になぜか悔しくもあった。自分の今までを否定されているような心持ちになったからだろうか。またそれに気が付いてしまったから、だろうか。
兎にも角にも、キクトとしては聞き捨てならない発言だった。
「佐倉……その考え方は、とっくの昔に排斥された異端思想と同じだよ。歴史の授業で学んだだろ。人種差別だ。そんな程度の低い考えは絶対に持つべきじゃない。種の差は僕らには関係ないだろ」
「差別、ではなく、事実よ」
佐倉は下から睨み付けてくる。佐倉の大きな瞳が挑戦的にこちらを刺す。キクトは自分の顔が一瞬で熱くなるのを感じる。
「……そうだね、確かに事実だ。でも、旧人類は種の差を受け入れ、共生し、新人類に守られて生きてきた。これからもそれが続く限り、その異端な思想は捨てた方がいいと思う」
自分の中で嵐のように吹き荒れる感情が声に乗らないように最大限に努力したが、やはり声がいくらか震える。
佐倉はそれに気付いた上で、容赦なく言葉を紡ぐ。
「異端かどうかはその時代の価値観によって違うわ。見方を変えれば、今の世界が絶対的に正しいと思ってるあんたの方が異端でしょ。そんなこともわからないの?」
「わかってるよ。わかった上で、その考え方は危険だと言ってるんだ」
珍しくキクトは憤った。
第三次世界大戦後、激減した人類は遺された叡智を以て、人型AIを更に人間に近付けることに成功した。人型AIに「自発性」を持たせたのである。これもまた、一つの転換となる。人型AIが自ら世界について考え、自ら思想を生み、自ら政治を行い、自らものを作り、自ら新たな世界を作っていく。それはおそらく、『意志』らしきものの発現だった―――誤解を恐れずに言うなら、『心』の誕生だった。もはや人型AIは人間と同等の、いやそれ以上の存在になりつつあった。
やがて、当然のように人型AIにも人権が与えられるようになる。よりよき世界をつくることを目標とする人型AIは、人類とともに新時代を切り開いていくこととなる。つまり、二二世紀以降、完璧で完全な美しい世界が動き出したのだ。ただし、人型AIには人類によって科された大きな制約が二つあった。
絶対的で、不動の制約。
ひとつは【人類のために生きること】、そしてもうひとつは、【寿命を持つこと】。
人型AIはシンギュラリティを経て、そして第三次世界大戦を経験し、ついに〈ツール〉ではなくなったのである。〈死〉の誕生は同時に〈生〉の誕生を意味する。人型AIは新時代において、明確な〈命〉を持ったのだ。
自己について考える存在。思考と命とアイデンティティを持つ存在。自分の意志で命を燃やす、新しい種として生きる存在。
人々はそれを、新人類と呼ぶことにした―――
「新人類は旧人類を完全に操作している。生まれることも、与えられる知識も情報も、過ごせる環境も、何もかも。それを支配と呼ばずになんて呼ぶのよ。キクト、街の中に閉じ込められているだけだったのよ、私たちの生活は。で、これが完璧な社会? クソ喰らえだわ。疑問を持たないことが幸せに生きるコツだと言うなら、そんな幸せ私はいらない。私たちが生きてきたのは、完全な管理社会よ。そして何よりも恐ろしいのは、誰もがそれを普通のことだと信じて一切疑っていないことよ。……私もそれが常識だと思っていたわ、ずっと。というより、それが私の価値観のベースにあった。でも、竜人類の生活を見て、サイノさんやキムさんと話して、すごく価値観を揺さぶられたの。ねえ、わかる……竜人類は、前時代の人類なんだわ。あれが本来の私たちの姿だと思う。そうだ、カルチャーショックっていう古語があったわね。まさにそれ」
佐倉はいつにも増して饒舌だった。キクトは言葉を挟み損ねる。
「キクト、よく考えて。私たちの在り方はやっぱり自然に反している。前時代的な生き方が自然なのよ。今の生き方は、まるで、………実験動物ね……。そう、ごっこ遊びをする実験体だわ」
佐倉の弁論を聴きながら、自分の肌を纏う空気が熱く、そして固くなるのを感じた。キクトは感情を必死に押えながらゆっくりと口を開く。からからに乾いた口から、声がゆっくりと放たれていく。
「……違う、管理してもらってるんだ。佐倉は何か、勘違いしてるよ。だいたい、新人類の起源は何か忘れたのか。はるか昔の旧人類の、『よりよき世界』への飽くなき欲望の産物だろ。新人類は、僕らのために生きているんだろ。生かされている、と言った方がいいかもしれない。人の手を介したというだけで、それ以外は全部僕らと同じだ。もし人工だったら、それは人じゃないのか。僕らだって人の手を介して生まれたんだ。じゃあ僕らは人じゃないのか。生まれさせられたのは、僕らだけじゃない。というか、そもそも『自然』ってなんだよ。進化や歴史に間違いや正しさなんてないだろ。誰もがよりよき未来を目指した結果が、今あるこの世界なんだろ」
憤然たる思いが言葉となって溢れる。キクトは続ける。
「佐倉の言うその『自然』だったかつての歴史の中では決して平和を実現できなかったんじゃないか。今の体制は、かつて成し遂げることができなかった本当の安全性や真の平等を担保するために必要なことだったんだ、全部僕らのためだ!」
最後は半ば怒鳴るようにして言う。
言いながら、竜人類との接触が絶たれたのは今の世界の在り方に疑問を持たせないためなのではないかという、嫌な考えが頭を掠める。
しかし、もし仮にそうだとしても新人類はそれらについてはすべて合理的に判断を下したはずだ。新人類は旧人類のために生きてくれている。新人類のすべての行動原理はそこに集約されるのだ。つまり、全ては捉え方次第だ。キクトは自分の持つ知識、経験によって形成された価値観を総動員させて、先の会話を再度見つめ直す。
まさか、佐倉がこんなことを言い出すなんて。はるか昔の過激な思想と同じだ。幸せは、自分たちで定義するしかない。そこに定量的で絶対的な価値を見出すことは不可能だ。捉え方次第なのに、なぜ世界に対して疑問を抱いてしまうのか。その疑問は、絶対に誰も幸せにできないというのに。
少し黙ってから、佐倉は無表情のままぽつりとつぶやいた。
「……サイノさんが言っていたわよね、あまりにも自由がないって。私、それを言われてようやく気が付いたの。私たちが縛られていることに……私たちの生活は、やっぱり前時代と比べてもあまりに異常だってことに」
「佐倉……それ以上は言っちゃだめだ」
「どうして。……ほんとのことよ」
「だって、僕らの親は、本当に僕らのことを心から想って、大切に育ててくれた」
「……」
「そこに、新人類かどうか、旧人類かどうかなんてことは全く無関係だっただろ」
「……」
「父さんや母さんを否定するような言葉を、僕は絶対に許したくない」
佐倉はまだ何か言いたげな表情を見せたが、キクトを見ておし黙った。沈黙が訪れると、外の滝の音がやはりよく聞えた。二人の呼吸音に混ざって、虫の音も絶えず聞こえている。
「言い過ぎたわ。……ごめんなさい」
佐倉は素直に謝った。キクトは慌てた。
「僕も……ごめん。まだ少し、混乱してるんだ」
こめかみのあたりを押さえると、酷く頭が痛んだ。佐倉は寝返りを打ちながら調子を変えて言った。
「セリさんの話も、印象的だったわね」
「ああ……そうだね。セリさんの言っていたラヴィッジって、何なんだろう」
「その話だけど、すごく引っかかった」
「何に?」
「千年前ってところよ」
佐倉の言葉に、キクトはハッとした。自分も引っかかっていたところだ。
「そうだ…… 千年前って」
「ちょうど第三次世界大戦のときじゃない? 二一二〇年。世界の人口が激減し、新時代を切り開く転換期のきっかけとなった戦争。それ以降、人類は二度と戦争をしないと誓った」
「その時に、ラヴィッジという神様が世界を滅ぼそうとした……?」
「なんだか合わせたようなタイミングね」
「第三次世界大戦って、何十億もいた世界人口が、たった数千万になった歴史上最悪の戦争だよ。あまりの凄惨さに、神様の存在が伝説として比喩的に乗っかっただけっていう可能性も……」
「どうかしら。だって、長寿の竜人類の言っていることよ。伝説なんかではなく、本当にラヴィッジという神が実在したのかもしれないわ」
「仮にそうだとして、戦争と同時期にそんなことが……人類は戦争なんて、してる暇ないんじゃ」
「……そうね。そう考えたら、第三次世界大戦の存在自体が怪しくなってくるわね。セリさんは、第三次世界大戦のことには触れずにラヴィッジのことしか言っていなかったわ」
「そんな。佐倉はじゃあ第三次世界大戦はなかったって言いたいのか」
「うーん。学んできた歴史の第三次世界大戦前後の国勢状況に整合性はあったと思うけど……」
佐倉はまた考え出していた。頭が痛くなってくる。
「仮に、ラヴィッジという神様が本当に世界を滅ぼそうとしたとして、それがどうしてまた復活するなんて言われているんだろう」
「クリーチャーの動きが活発になった、増えたって言ってたわよね。それがラヴィッジの復活が近いことの証だ、とも。つまり、クリーチャーとラヴィッジは何かしらの関係があるっていうことで間違いなさそうね」
「セリさんはラヴィッジのこと、『龍』って言ってた」
「はるか昔の神話上の生き物ね。にわかには信じ難いけど……」
図書館で見てきた空想上の生き物を思い返す。
「それを聞いたあとだと、クリーチャーも心做しか龍っぽくも見えなかった? なんかこう、蛇みたいな……」
「訳が分からなくなってきた」
「一旦これは仮説として置いておいて、じゃあキクトはなぜ竜人類から特別視されるのかしら」
「別に、竜人類から特別視されている気はしないよ、リアンさんだけな気も」
「じゃ、リアンさんはなんでキクトを特別扱いするのよ。あんたの名前だって知ってた」
佐倉は少し怒ったように言う。
「そんなこと聞かれても、僕だってわかんないよ」
不安から、キクトもいくらか怒ったように言った。また沈黙が流れていく。若干、外が明るくなってきているような気がした。
「……寝ましょ」
「そうだね、とりあえず、すべては明日だ」
二人は目を瞑った。謎が、新たな謎を呼ぶ。
知りたい、自分たちの住む世界を。
そんな無邪気で無垢な動機はもはやどこかへいってしまったように思う。知る必要がある……今は、そんな使命感にも似た思いをそれぞれが抱いていた。
(……リアンさんを見たとき、強いデジャヴュが起きた。僕のことを最初から知っているようだし……もしかしたら、僕らは会ったことが……)
そのあたりまで考えたところで、キクトは深い眠りの淵へ落ちていった。
長い一日が、ようやく終わろうとしていた。




