決意と選択
佐倉はフォウから聞いた情報を整理しつつ、今後どうしていくべきか悩み続けていた。ショックで混乱していたキクトは、中庭でようやく落ち着きを取り戻し、リアンの口からその決意が語られる。
羽切山のサイレンがまた、けたたましく鳴っている。
街にクリーチャーが入ってきた合図だ。これからそのクリーチャーはDedによって見るも無惨に殺される。しかし、そのクリーチャーは、もとは人間だった。
佐倉は本部の一室の窓から外を眺めた。街の外へ出る前と変わらず、無機質ながらも穏やかで代わり映えのない景色が広がっている。空走機が背の高い建物の間を飛び回り、新人類がせかせかと作業をしている。
キクトは一時的な錯乱状態に陥り、そこで会議は一度中断となった。キクトは恒星会のメンバーによって連れて行かれた。リアンはそれに反抗しようとしたが、セリやキム、蘭が強く制した。リアンはキクトを案ずる目を崩さなかったが、大人しくそれに従った。
一方で佐倉はと言うと、心は酷く混乱していたが、頭の方は見事なまでに冴え返っていた。佐倉は与えられた殺風景な一室を行ったり来たりしながら考え出す。かれこれもう一時間ほどこうしている。
これで、大体の謎が解けつつある。
佐倉はフォウの発した言葉を、もう一度頭の中ですべてなぞった。
「私は新人類の代表として、あなたに言い渡さねばなりません」
「キクトさん。我々が用意したコールドスリープに入ってください。それが人類を救う唯一の方法なのです」
「リスクを背負ってまでラヴィッジと戦うよりも、ラヴィッジもろとも半永久的に凍結させることが、人類にとって最善の策だと恒星会は判断しました」
「何千年でも何万年でも、あなたはラヴィッジをその身体に閉じ込めたまま、眠るべきです。それが、人類が助かる唯一の方法です」
「キクトさん、どうか恐れないでください」
「恐れるべきはラヴィッジがこの世界に再びその姿を現すことなのです」
「どうか、世界を救う英雄になってください」
おそらく、フォウの言っていたことは事実だろう。自分が街の外へ出てから見聞きしたものと辻褄が合う。生まれてからこれまで疑問に思っていたことも、大体が解消されている。ラヴィッジについてはかなり衝撃的だったが、新しい知見を得たことで竜人類の集落で疑問だったこともだいたいわかった。
そして一番の謎だったキクトの出自も判明した。まさか自分が新人類の起源に関わる人物の遺伝子を受け継いでいるとは思わなかったが、おかしな話ではなかったと思う。自分の名前など気にしたことはなかった。言われてみれば確かに、周囲からは「佐倉」としか呼ばれたことがなかった。
……幼少期からのマインドコントロール、慣習にまで落とし込めばどんなに異常性のあることもまかり通る。世界の見え方は、生まれた時から自分を取り巻く環境によって身に付けられた偏見の集大成だ。熱湯に触れれば反射的に手が引っ込むのと同様に、自分の意志とは無関係の働きが気付かぬ間に構築される。
……当たり前を疑って初めて日常に潜む異常性に気が付く。かつて自分で偉そうに言ったことが、このような形で返ってくるとは。
佐倉はまた、窓の外に目をやる。この一週間で色々なことを知った。知ることができた。
しかし、まだ解けていない謎もある。
リアンが皆に黙って推し進めようとしていた計画についてだが、なぜリアンはラヴィッジがキクトに宿ると知っていたのか。リアンは初めて出会った時から、キクトに見覚えがあるような言動をしていた。匂いでわかったと言っていたが、ラヴィッジが宿っているのを知っていた理由にはならないはずだ。
それから、恒星会がどうして街の外に出ることを許したのかだ。キクトが手中にあると気がついた瞬間に、フォウはキクトを拘束してコールドスリープに強制的に入れることも可能だったのではないか。なぜここまで自由を与え、そして竜人類との接触を許したのだろう。自由を与え過ぎではないか。徹底的に管理をするなら、もう少し別の方法があったように感じる。
そして、自分の中でも触れたくない恐ろしい疑問が首をもたげた。これにも、いずれは向き合わなければならない。
……サイノの顕現化を見たときだ。その姿に愕然とした。クリーチャーほどおぞましくはなくても、あの鱗の質感や鉤爪、隠されていた方の左目の様相はクリーチャーと瓜二つだった。あれはいったい、どういうことなのか。
そこまで考えて、佐倉は自分の中で嫌な考えが浮かんでいるのを認めた。そしてそれがおそらく真相であろうとも思った。
第三次世界大戦後、竜人類が街の中で暮らさなかった……いや、暮らせなかった理由。接触が禁忌となった理由。旧人類との遺伝子の一致率の低さ。異様で恐ろしい能力の数々。
臨時集会の時も誰かが言っていた。新人類は竜人類を排除したがっている、と。
フォウは「竜人類の持つ能力が脅威だから避けている」と言っていた。それと、初めてホログラム越しに話したとき、リアンにこう言っていたではないか。
「あなた方竜人類が、自ら人類との接触を絶ったのです。その理由については、あなたにも心当たりがあるはずですが」
ブー、と部屋を鳴らす音がしてどきりとする。誰かが来たのだ。
扉を開けると、そこにはリアンと蘭がいた。後ろには付き添いのDedも二人いる。ヘルメットを脱いでしまえば、見た目は普通の新人類だった。
「リアンさん……キクトは、どうなったの?」
佐倉の問いかけに、リアンは曖昧に頷いた。
「まだ混乱しているらしいが、少し落ち着きを取り戻したそうだ。今は中庭にいるらしい。そこに行こうと思ってな。ただ、ご覧の通りオレらには一人ずつ見張りのDedが付いている。常に遠隔でも監視されているはずだ。一瞬でオレたちの命を奪うことくらい、容易いだろう」
そして嫌そうに後ろにいるDedに目を向ける。Dedはバツが悪そうに肩を竦める。
「そんな目で見ないでくださいよ。それに、一瞬であなた方をなんて、……あなた方の反射神経は嫌という程こちらも知っていますからね。返り討ちに遭うのはこちらですよ。いやはや、こんな仕事を任される日が来るとは。初めて街に入りましたよ! よっぽどあなた方を恐れているんだろうなぁ、マザーは」
やれやれと言った風に、Dedは言った。明るい栗色の髪に色素の薄い垂れ目。あ、と気がつく。この人はあの時、自分たちを助けてくれたDedだ。確か、A―5038と言った。
「あなた、A―5038……さん、ね」
佐倉の言葉に彼は目をぱちくりさせた。これは、驚きを示す動き。佐倉は試すような表情で彼を見上げる。
「覚えていらしたんですね。光栄だなぁ。あなたは、あの佐倉博士の血を引いているそうですね。マザーの生みの親……それは立派な方だったんでしょうね」
にこやかに笑う顔。爽やかで、相手に不快感など一ミリも与えない。これはプラスの感情を持っていることを示すサイン。
佐倉は冷めた目でA―5038を眺めた。
「佐倉、……いろいろと、すまない」
リアンはA―5038のことなど眼中にないといったような口調で言う。
横で壁に背を預けている蘭は腕組みをしながら頷く。
「リアン、ウチらに隠し事し過ぎだからさ。こっちとしても、ちゃんと聞きたいわけ」
こんな時でも曇りのない笑顔になれる彼女は、本当にすごいと思う。笑った口元からは鋭い犬歯が覗き、窓から差す光を反射している。
「ああ、すべて話すよ。今となってはもう、隠す意味もない」
リアンは淡々と言う。
「僕らも聞いていいんですか?」
A―5038はニコニコとした表情のまま言った。
リアンは無視しているが、蘭は気にすることなく返事をする。
「どーせアンタらは断ってもついてくんじゃん。てか、新人類には全部筒抜けでしょ。ウチのお付きのデカブツくんも、なんとか言ってよ!」
言いながら自分を監視するDedの肩を強く叩く。佐倉はその柔軟さに驚いた。蘭を監視するDedはA―5038とは違い、色黒で面長、精悍な顔つきで口を一文字にきつく結んでいる。目はただのカメラのレンズのように無機質で、まるで人形のように見える。
「行こう。キクトが心配だ」
三人は監視の二人に付き添われながら、トラベレーター(水平型エスカレーター)に乗って長い廊下を移動した。本部内は全体的に色の薄い青色で統一されており、どこか冷たく無機質な感じがする。人影もなければ、そもそも人の気配がない。ただ、廊下の両側にはいくつも部屋があるようだ。トラベレーターは静かな機械音を立てながら稼働し続けている。
「こちらです」
A―5038は首元のラインを操作してそう言った。誰も何も答えなかったが、このだだっ広い空間ではナビが不可欠だった。黙ってついてゆく。
中庭に出ると、思いのほか緑が多いのに却って困惑した。人工的な雰囲気の中に突如として木々が立ち並び、中央には簡単に池も引いてある。芝生がふかふかで気持ちがいい。池の近くには檜で作られたアンティークなベンチもあった。そこに人影が見える。
キクトだ。憔悴しているようにも見えるが、先ほどのような取り乱した様子はなく落ち着いている。この一時間、どこで何を考えていたのだろう。彼を挟むようにしてセリとキムが座っている。二人に付いているDedは少し離れたところで立っている。二人はこちらに気が付くと立ち上がった。不安げな面持ちだ。合流するとリアンが口を開いた。
「セリ、キム、蘭、佐倉。そして、キクト」
無表情だが、目には強い決意の炎が灯っている。
「オレは、ラヴィッジをこの世から消し去ろうと思っている」
皆が驚きの表情を見せた。Dedたちも鋭く反応する。
「全部、フォウの言っていた通りだ。オレは二一二〇年に起きたラヴィッジの災厄を、おそらく竜人類で唯一経験している。あの頃に見たものを忘れた日はない…………」
そう言ってリアンは自身の幼少期の経験を語り出した。自分のいた集落はおそらくリー教信者が作り上げたものだったこと、そこで兄が信仰対象として生まれてからずっと閉じ込められていたこと、そしてその兄にはラヴィッジが宿っていたこと…………
キクトや佐倉だけでなく、竜人類三人も今まで決して語られてこなかったリアンの人生に深く傷ついてゆく。
何も知らない無垢な瞳で眺める世界ほど綺麗なものはないだろう。しかし同時に、無垢であることは人に孤独を与える。無垢であるうちは、世界の中にきっとまだ居場所がない。世界に自分を浸して馴染ませなければ、生きていけない。
人間は、時に押し流されていくうちにいつしか無垢ではなくなっていく。透明だった世界は色付き、より鮮明になっていく。しかし同時に、透き通っていたはずの視界は、鮮明になるからこそくすんでいく。
キクトは呆然としながら、様相を変えていく世界をただ眺める。




