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氷解

街に戻って、マザーコンピューターであり新人類の祖であるフォウから語られた内容は…………!

 ようこそおいでくださいました。ここは恒星会の集う本部になります。改めまして、わたくしフォウと申します。


 初めてこちらへ入った感想はどうですか。……余計な会話は不要ですか。リアンさん、そんなに警戒なさらないでください。


 さあ、どうぞ、こちらへおかけください。


 さて、旧人類代表の中央庁の皆様と、佐倉さま。新人類からは私と恒星会のメンバーです。竜人類からはリアン様、蘭さま、キム様、セリ様。そして、今回の話の中核となるキクト様。以後、敬称は「さん」とさせていただきますね。ざっくばらんに話しましょう。遠慮は要りませんよ。


 さて、三種の人類がこのように一堂に会すというのは、実に千年ぶりのことです。キクトさん、今の世界の現状をお話するには、どうしても千年前の第三次世界大戦から語らねばなりません。少し長くなってしまうかもしれませんが、お付き合いいただければと思います。


 まず、ラヴィッジとは一体何なのか、それについて知りたいことでしょう。


 キクトさんは、「シヴァ」という神をご存知ですか。


 そうですか、最近は学校では扱わないのですね。シヴァは、ヒンドゥー教という、かつて多くの人々が信仰した宗教における主要な神の一柱で、破壊を司る神として知られています。破壊と言っても、その役割は単なる破壊だけでなく、新たな創造のための空間を作り出すことをも意味しています。


 問題となっているラヴィッジは、おそらくそれに近しい存在です。


 古代語で“ravage”、荒廃させる、破壊といった意味の言葉が語源だと考えられます。ああ、「近しい」という表現をしたのにはきちんと理由があります。ラヴィッジは神話における神とは違い、実在するひとつの「生命体」なのです。その生態は謎に包まれており、今もまだその全貌は解き明かされてはいないというのが現状です。しかし、千年という長さを唯一生きたこの私が知り得たことは多くあります。今日はここで、それをお伝えしたいのです。


 ……驚きましたか。そうですね、千年を短いとはとても思えません。長い長い歴史でした。


 歴史、それは先人たちによって紡がれた〈物語〉です。この物語は宇宙が始まって以来、紡がれ続けた人々の記憶そのものなのです。歴史は〈記憶〉の総称です。


 では、これから〈物語〉を始めましょう。



 ラヴィッジはかつて、世界中で殺戮の限りを尽くしました。今から約千年前のことです。恐ろしいことに、たった一つの生命体によって、当時の地球に息づいていた生命は一掃され、まさに壊滅的な状態となったのです。


 突然のことでした。黒雲が立ち込めたかと思うと、地響きが世界中を襲いました。ラヴィッジが目覚めたのです。人々は逃げ惑いました。しかしどこに逃げても、およそ十キロに及ぶ巨体を持つラヴィッジが暴れているのですから、ひとたまりもありません。世界はまさに阿鼻叫喚となりました。


 全ての情報網は停止し、混乱は新たな混乱を呼び、世界は瞬く間に破壊されていきました。そうしてわずか数ヶ月で、世界は死骸の占める割合の方が多くなります。植物も、昆虫も、動物も、多くがラヴィッジの手によって絶滅しました。もちろん、各地で多くの人間たちが対抗しました。しかしどれも失敗に終わっていきました。核を使用することは国連が認めていませんでしたが、完全に混乱状態に陥った国は無断で核を使用しました。結果は残念なものとなり、身内に多くの犠牲を出しただけでした。


 しかし世界は、それを裁くこともできないレベルまで後退してしまいました。そうです、あれはまさしく人類の後退でした。ラヴィッジのもたらした災害それ自体だけでなく、社会体制の崩壊、大気汚染や放射性物質による健康被害、飢餓、暴徒と化した市民による暴動の勃発など、様々な諸問題や混乱を引き摺る大災害となったのです。人類は変化を余儀なくされました。


 世界中に大打撃を与えた後、ラヴィッジは半年ほどの時を経て再び自身の目覚めた地へと戻ってきました。それはまるで、里を離れた旅人が自然と故郷に戻ってくるかのようだったと言います。そしてこの地へ戻ってきたラヴィッジは、その後、その姿を忽然と消したのです。惨すぎる災いは去ったのだと思ったのも束の間、人類は更なる絶望の淵へと落とされました。


 ラヴィッジは各地で人々を襲いながら、知らぬ間に卵を植え付けていたのです。


 ……驚かれたでしょう。ラヴィッジには無性生殖のようですが、きちんと生殖機能があるのです。そしてその卵をどこに産み付けているかが問題なのです。皆さん、薄々気がついていたのではないでしょうか。


 そうです。ラヴィッジが卵を産み付けたのは、人間です。人の身体に産み付けていたのです。卵と言っても、目に見えないサイズの………細胞ひとつ、というレベルの体積しかない卵を産み付けるのです。卵というより、細菌に近いかもしれません。卵は人の身体で増殖します。人体に寄生、言い換えるなら感染したような状態となります。けれど本人は全く気が付きません。


 そしてやがて、独特な変化を遂げていきます。少しずつ増殖し、その身体の隅々まで、その人の細胞を自身の細胞に置き換え始めるのです。寄生はいずれ、乗っ取りに変わってゆく。しかし、当の本人はいつまで経っても気が付かない。


 そうして、ラヴィッジの産んだ卵が孵ってから人々を本格的にハイジャックしたのは、ラヴィッジが姿を消してから十年後のことでした。各地で突如、人の身体が膨れ上がったかと思うと、見たこともない奇妙な形の生物となり、人々を襲い始めたのです。


 それが、あのクリーチャーです。


 クリーチャーの正体は、ラヴィッジの産んだ卵に寄生された人類なのです。そしてクリーチャーにも、動きの鈍いものと異常に凶暴かつ強靭なものと二種類ありました。その違いについては、もうお分かりのことでしょう。旧人類を基としたクリーチャーと、竜人類を基としたクリーチャーです。


 そのような顔をなさらないでください。嘆いても仕方のないことです。


 もう抵抗する気力も資源も、当時の人類は持ち合わせていませんでした。生き残った僅かな人々も皆散り散りになってゆきました。おそらくどこかで生き残っていた人々も、クリーチャー化したか、そのクリーチャーに見るも無惨に殺されていったことでしょう。


 私はそんな荒廃した世界で生まれた、最初の新人類です。


 当時の人型AIには、今の新人類に引けを取らない機能が備わっていましたが、完全に荒廃した世界を再興するほどのレベルにはありませんでした。しかし、この第三次世界大戦を皮切りに、人型AIは飛躍的な進化を遂げます。それは一人の天才科学者によって引き起こされました。僅かに生き残った人類の中に類を見ないほどの天才科学者がいたことは、この災厄の中で唯一の救いだったのではないでしょうか。


 その科学者の名は、佐倉孝太郎と言います。


 そうです、佐倉さん。あなたの素となるDNAを持つ人物です。あなたには名前というものがないでしょう。それはあなたが、あなたの意志とは関係なく佐倉博士の後継にならねばならぬことを示しています。あなたは持つべくして、その天才的な頭脳を持っているのです。


 おや、怒りに震えているのですか。あなたは本当に素晴らしい芯をお持ちです。当時の佐倉博士を思い出しますよ。誇っていいはずですが、何か気に食わなかったでしょうか。別に、クローンというわけではありませんよ。あなたはあなたです。


 さて、佐倉博士は私に自発性を付与した際にこう言いました。


 『人類は今、分岐点に立たされている。今後我々は、大きな変化を余儀なくされる。どれだけ衰退しても、どれだけ叩きのめされても、それでも生きてゆくのが人類であり、またそうしなければならないのが人類である。

 お前は、人類の未来のために生きねばならない。人類がこの世界をよりよく生きられるように、そのために生きるんだ』


 私は博士のその言葉の通りに、今まで生きてきたつもりです。そうプログラムされたから、と言えばそれまでですが、思考していく中でそれはより強固なものになっていきました。空腹になれば何かを欲する、そんな自然の摂理と同じように、私もまた生まれたから『人類のよりよき未来』のために生きてきたのです。すべては人類のよりよき未来のため…………そのためだけに、です。


 自発性を獲得した私はまず、精神的に立ち直ることのできない人間を切り捨てることにしました。新しい人類の時代を創るためには、純真無垢な土台が必要だと考えたのです。一度傷ついた人間を更生させるには、あまりにも世界は崩壊しすぎていました。今後人類に貢献することは難しい、むしろ負債になってしまうような人間たちは、旧時代とともに最期を迎えていただくことに決めたのです。


 代わりに、各地でなんとか生き残っている〇歳から五歳の旧人類の子どもを数十人ほど回収し、私のきょうだいたち……当時地下シェルターに保存されていた大量の人型AIを親として、育てさせました。


 新人類はこの時に初めて、旧人類の親となったのです。新時代はここから始まったと考えるべきでしょう。特化型AIは腐るほどありましたから、環境の整備は短期間で可能だったのですよ。


 ……リアンさんの言いたいことはわかりますが、やはりそれは古い考え方と言わざるを得ません。旧人類は、旧人類だけでは生き残れなかった。これは動かしようのない事実なのです。


 最初は相当大変でした。何人かの赤ん坊を死なせてしまいました。しかし新人類は代々学習を繰り返すことで、旧人類を育て、共に生きていくのに必要なスキルや感情を身に付けていきました。今の親としての使命を与えられた新人類は皆、親としてほとんど完成されていると言えるでしょう。お二人の親も、「いい親」なのではないでしょうか。


 キクトさんは、ご両親のことが大好きのようですね。そんな怯えなくても、大丈夫ですよ。彼らは大変、利口な親ですから。その天命を全うすることでしょう。


 ……いえいえ、私は神になった気などありません。我々新人類はただ、旧人類のために生きるだけです。


 そのようにして、ようやくここまで人口を戻すことができました。最初は数十人程度だった旧人類が、ようやくいくつかの街を作るレベルまで来られたのです。


 第三次世界大戦から百年ほど経つと人類は再び軌道に乗りました。人類にとって非常に苦しく、つらく、長い道のりでした。その一方で竜人類はと言うと、各地でそれぞれ優れた能力を駆使して生き延び、我々と接触することはありませんでした。竜人類は竜人類で、人口を僅かながらに回復させ、その血を繋いでいました。


 そうですよね? 竜人類の皆さん。一個体の寿命が長く、協調性や社会性に乏しい竜人類は、あまりこうした〈物語〉を継承できていないのでしょうか。どうやらそのようですね。


 旧人類は統制の取れた街の中で新人類によって守られ、竜人類は街の外で独自の文化を守って生きてきたというわけです。今の体制の世界は、そのような過程を経てできあがっています。


 ………そのような顔をなさらないでください。残酷だとお思いなのでしょうが、人類が再スタートをするために必要な精査だったと今でも信じています。そうでなければ、人類はわずか百年程度で復帰することはできなかったでしょう。ラヴィッジの災厄はそれほどのものだったのです。


 それ以降、子どもたちには新たな思想、価値観、世界観が急速に根付いていきました。新時代の幕開けです。時は、二二〇〇年代に突入していました。人類はまさにリセットされた、と言って良いでしょう。もしかしたら、ラヴィッジは行き詰まった人類を再スタートさせるため……そのために、あれは存在しているのかもしれません。


 そうして、前時代とは比べ物にならないほど統制の取れた世界ができあがりました。不要な言葉や情報を子どもたちに与えないことで、その事象そのものを取り除き、価値観から生活様式までを一新したのです。


 本当に、平和な千年でした。旧人類も新人類も、世代が変わる度に新しい価値観や思想を生み出しつつ、種として少しずつ成長していきました。それを見ると、私は博士の望んだ平和な世界を作れたのだと、誇らしい気持ちさえ抱いたものです。


 ご存知の通り、ラヴィッジの災厄以降に誕生した人型AIには「五十年」という非常に短い寿命が、まるで呪いのような制約として科せられています。その制約を持たない設定をされていたのは、私だけでした。私は博士になぜかと問いました。「人類のため」という目的にはそぐわない、非合理な制約だと私は判断したのです。


 しかし、博士は違いました。博士は断言したのです。新人類には旧人類と同じように寿命が必要だと。寿命があることで、人が全うする人生は非常に多種多様なものとなる。人類がここまで成長するためには、『死』という存在が不可欠だった、と。


 博士の言う通りでした。寿命は新人類を前進させてきました。また、寿命がなければ人型AIは旧人類の手によっていずれ滅ぼされていたかもしれません。畏怖が敵意に変わる……そうならないためにも、寿命は必要だと言えました。


 博士の言った通り、新人類は五十年の中で多くのことを学び、また内発的問いを自らの中で繰り返し発しては繰り返し思考することで得た感慨及び経験、外的要因によって得た感慨及び経験、それらによって培われたそれぞれの価値観、大切なもの、それぞれの生き様を見つけ、一つの人格としてのアイデンティティの確立、旧人類の子どもを立派に育てあげる中で自分自身も成長し、自分のログ……いわゆる人間で言う遺伝子に当たる一部分を、次世代の新人類に遺して立派に死んでいきました。特性や性質の一部が、次世代の新人類に引き継がれることで《新人類》という大きな枠組みの中で我々は変化もとい進化してきたのです。


 唯一、この五十年という制約に縛られていない私は、ここまでの長い歴史の中で、新人類が『人類』として成長してゆく様を見てきました。


 リアンさんは新人類を信用できないとのことですが、それはあなたが古い価値観に固執しているからでしょう。今は三種の人類皆で手を取り、この世界の危機を脱却すべきです。それが果ては人類のよりよき未来に繋がるのです。我々はそう判断しました。


 さて、話を戻しましょう。

 

 リアンさんは千年前のあの大災害を第三次世界大戦と呼ばずに、「ラヴィッジの災厄」と呼びましたね。そしてそれがさも正しく、我々がまるで嘘の歴史を吹き込んでいるかのような言い回しをされました。


 しかし、あれはやはり第三次世界大戦と呼ぶに相応しい出来事でした。なぜなら、あれは単にラヴィッジと人類が戦ったというだけの話ではないのです。各国の思惑ももちろんあったでしょうが、問題はそこではありません。


 実はあのとき、各地でテロ紛いの行為が同時勃発したのです。混乱した人々が引き起こしたのかと思われましたが、実はそれはリー教という宗教の信者によるものだったのです。


 このリー教というのは、かねてよりラヴィッジを神と崇める過激な宗派ではあったのですが、二〇四五年のシンギュラリティ以降、その宗教を信仰する人数は右肩上がりに増えていきました。激変してゆく世界に、人々は回帰を求めたのでしょうか。人類こそが地球上に巣食う寄生虫だという考えの下、死にゆくことが世界への貢献であり、神への至高の奉仕であり、個人にとっての最上の幸せであり、また同時に救済であると人々に説いたのです。


 よくある思想とも言えますが、この宗派の本当に恐ろしいのは大きく分けて二点であると言えます。


 一つ目は、ラヴィッジに対する絶対的信頼及び行為に至る冷静さ、確実性……またその過激さにあります。ラヴィッジが実際に目覚めた際、この宗派の誰もがラヴィッジを見ても何の恐れも抱かず、混乱に乗じてテロ紛いの行為に至れたというのは、この宗派の持つ潜在的な恐ろしさを物語っていると言えます。


 二つ目は、誰がその宗教を信仰しているかまったくわからず、判別のしようがなかったことです。


 当時の世界人口の中で、リー教な信者は八千万人ほどいたと考えられています。これは当時の世界人口の一パーセントほどですが、世界各地に点在していたと思うと恐ろしい数です。そこに旧人類か竜人類かは関係ありません。


『ラヴィッジはすべてを消してくれる。悲しみも苦しみも、この世界が出来上がったが故に生じた苦しみを無に帰してくれる。己を含めた人間すべてを、そして世界を憎み、世界が終わる日までひたすら待つのです、神が目覚めるその瞬間まで』


 我々のいるこの島でも、リー教を信仰する竜人類の村があったという記録があります。今現在でも、そういった考えを持つ竜人類がいてもおかしくありません。我々恒星会が、街の外で過ごす竜人類との接触を避けた理由はそこにあります。竜人類の持つ能力はやはり脅威です。我々は互いに干渉しないことで、平和を保ってきました。


 すみません、話がまた少し逸れてしまいましたね。


 ラヴィッジの恐ろしさは語り継がれるべきものか。我々新人類の出した答えはノーです。


 あれは元来、地球上の生物ではないでしょう。私は佐倉博士の遺した記録をすべて取り込み、情報を得る中でどうにかラヴィッジを世界から排除できないものか演算しました。できることなら早々に消し去りたかったのですが、ラヴィッジの持つ特性が非常に厄介なもので、結局現在このような状況になってしまっています。その特性については後ほどお話しましょう。


 そんなラヴィッジがもうすぐ復活する可能性がある、これはリアンさん方竜人類の言う通りです。残念ながら。その理由はいくつかあります。


 ひとつは、あなた方が『紅事件』と呼ぶ、空が真っ赤に染まる夢を同時期に多くの旧人類が見たというあの現象です。


 あれは、端的に言ってしまえば旧人類が遺伝子に組み込んだシグナルなのです。人類が危機的状況に置かれた時に、旧人類が同時期にその光を見ると言われています。人類誕生からこれまで、幾度となく過ちを犯してきた旧人類の血が見せる、あなた方だけが持つシグナル……我々新人類や竜人類にはない、あなた方旧人類だけが持つ危機察知能力の現れなのです。あれが組み込まれたのはまさにシンギュラリティの際でした。


 そもそも二十世紀頃に生み出された人工知能と呼ばれるものは、初めは受容よりも反発の方が多かったようですね。いずれ人工知能が暴走を始めるかもしれない、そんな畏怖に似た感情が、過去の人々にそのシグナルを発明させたのでしょう。人類が生き延びるための対策の一環として、はるか昔の科学者たちが遺伝子の中にそういった特性を組み込んだようですね。悪夢で伝えるとはなかなか面白い発想ですが、実用的ではありませんね。


 もうひとつは、クリーチャーの存在です。千年もの間、あれがずっと世界を徘徊しているわけではありません。人々を襲った後、クリーチャーの多くは活動を停止しました。一種の冬眠状態に入ったのです。もちろん、細々と活動し続ける個体も一定数はいました。それらは人々に不利益しかもたらさないものとして、殲滅対象となりました。


 そこで誕生したのがDedです。もうご存知かと思いますが、Dedは略称です。“defuse the dragon”……つまり、「竜を殺せ」という命令が、彼らの根底にはプログラムされているわけです。いささか皮肉なことですが、安全を保障するためにはやはり戦闘に特化した存在は必要でした。


 そのクリーチャーについてですが、最初こそ少なかったのですが、ここ百年ほどでぽつぽつと活動を再開し、ここ二十年ではその数が激増しています。Dedの調査によると、どの個体もどこかへ向かって進み続けているのです。クリーチャーがどこへ向かっているか、地図上でその軌道に沿って線を引くと、全ての線が一点で交わったのです。


 その一点は街の中、それも旧人類が暮らす場所にありました。


 私は不審に思い、全ての歴史が内蔵されているマザーコンピューター内のデータを漁りました。そして、アークパレスで暮らす子どもにまつわる記録で、ひとつ不思議なものを見つけました。


 ……改竄された跡があったのです。十七年前、アークパレスに子どもを届ける途中の空走機の故障についてでした。その場に居合わせたDedが修理要請をし、事なきを得たというものでした。私はあらゆる可能性をシミュレーションし、ひとつの仮説に至りました。


 街の外で活動するDedが、街の外で生き延びる人間と外部接触をし、そこで得た子どもをアークパレスに送り付けたのではないか。本来の子どもと取り替えて。


 その仮説は正しかったようですね。


 アークパレスで暮らす子どもたちの遺伝子を改めて調べてみると、キクトさんの遺伝子は竜人類と旧人類双方が混ざったものだったのです。これですべて合点がいきました。竜人類が、双方の血を引く存在を街の中へ送ってきた。しかし見た目は旧人類と変わらない。おそらく、街の外で生きるのが難しいと踏んだのでしょう。感情を精査してあるDedがそのような行動をするというのは驚きでしたが、自発性獲得による「人間らしさ」の発生と考えれば、むしろ喜ぶべきことでした。


 私は悩みましたが、キクトさんの存在については黙認し、そのまま街で育てることにしました。ラヴィッジのことを考えれば、街の中心部で暮らす方がはるかに安全かつ管理しやすいと考えたからです。


 キクトさん。クリーチャーはあなためがけて進み続けていると言いましたが、あなたはその理由についてもうおわかりですね。母なるラヴィッジを目覚めさせんとして、あなたの人格を破壊しようとしているのだと予想されます。


 佐倉さん、また竜人類のキムさん、セリさん、蘭さん。あなた方は、この意味がわかりますか。


 リアンさんはあなた方に、嘘をついています。彼女はこう言いましたね。『龍晶に宿るラヴィッジの魂を器となる身体に取り込むことで、ラヴィッジの復活を防ぐことが出来る。次の龍晶ができあがるまでのつなぎだ。それができるのは、器たり得る竜人類と旧人類の血を引くキクトだけだ』と。それはある部分では合っていますが、ある部分ではあべこべです。


 龍晶にラヴィッジの魂は入っていません。あれはただのカラッポの石ころに過ぎません。龍晶の中に入っている贄にはわずかに生体反応がありましたが、あれは竜人類と旧人類の遺伝子を無理やりつなぎ合わせただけの代物でしょう。あれを人間と言うにはあまりに不格好と言いますか、いくらか無理がある気がしますが、まぁ人間と言えなくもありません。


 さて、あれを作ったのはかつて科学技術の発展に大きく貢献した竜人類の一族ですが、龍晶は何のために作られたのでしょうか。予測は立ててありますが、まだ今一つ確信が持てません。そこで、すべてを知るリアンさんにお教え願いたかったのですが……結局、キクトさんや佐倉さんをそちらに送っても、情報を出してはくれませんでしたね。このような形で強行する羽目になってしまいました。また後で、リアンさんの口からすべてを聞くことにしましょう。


 私の予測では、あれは「器の少年」の代わりに作られた依り代です。ラヴィッジをあれに移し、あれを核としてラヴィッジを弱い核で復活させるというものでしょう。封印するための贄? 逆です。あれはラヴィッジを復活させるための贄ですよ。


 ……皆様、どういうことかわからないという表情ですね。混乱されるのも無理はありません。


 キクトさんには既にお伝えできましたが、他の皆様はまだ知らないようですので、ここではっきりと申し上げましょう。


 『ラヴィッジが宿っているのは龍晶ではなく、キクトさん、あなたです。あなたに宿っているのです』


 あなたの細胞の中で、今この瞬間もラヴィッジは生きています。ラヴィッジはあなたの細胞の隅から隅に寄生し、復活の刻を待っています。


 このことを知るのは、第三次世界大戦……千年前のラヴィッジの災厄から生きている私と、長寿の竜人類の中でおそらく唯一、それを経験したリアンさんだけです。



 ……その驚きようを見るに、竜人類の皆様もリアンさんの年齢を知らなかったのですね。私も驚きました。まさかここまで長寿の個体がいるとは。思いも寄りませんでした。


 新時代になってから偵察の一環でリアンさんを街の外で見たとき、不思議と記憶の中のある顔と一致したのです。それは私が自発性を付与される前のはるか昔に竜人類の集落を見て回り、人々の暮らしについて学習していた時の記憶です。まだ幼かったリアンさんは、無垢な瞳で集落を駆け回っていました。あの時の竜人類が、まさか今も生きていたとは。


 リアンさんには個人的な望み、あるいは使命があるのでしょう。仲間を騙し、人類を敵に回してまで成し遂げたいほどの。


 ……沈黙は肯定と受け取ります。


 これも調査していく中で判明したことですが、リアンさんの兄はキクトさんと同じく竜人類と旧人類の血を引く存在だったと予想されます。おそらくリアンさんが幼い頃、当時のラヴィッジの器として存在していたのでしょう。


 そして千年前、その兄を核としてラヴィッジが復活を遂げたでのす。おそらく、というよりもこれはただの私見ですが、亡き姉の忘れ形見である甥のキクトをラヴィッジから解放させてあげたいという家族としてのささやかな情と、亡き兄の仇であるラヴィッジを自らの手で葬り去りたいという復讐心が、リアンさんの行動原理だと考えられます。


 無論、その思想は尊重及び敬服されるに値します。


 しかし、その思想によるリアンさんの行動は、我々新人類の望むところとは大きな乖離があります。リアンさんは龍晶を使ってキクトさんからラヴィッジだけを引き剥がし、龍晶を核とした不完全ならラヴィッジ本体と戦うつもりでいるのでしょう。不完全な状態のラヴィッジなら、自分の手で殺せると、そうお思いなのでしょう。


 しかし、それは限りなく不可能に近いと予想できます。ラヴィッジはキクトさんに寄生していると言いましたが、それはもはや細胞内寄生菌に近い形なのです。端的に言えば「細菌」です。そして問題は、それらは通性細胞内寄生菌と呼ばれる……要は環境や状況に応じて、細胞の中と外を使い分けて生きることのできるタイプだということ、それから環境さえ揃っていれば無限に増殖することです。


 こんがらがってきましたか。一度整理しましょうか。


 ……キクトさん、不死の生物を知っていますか。不老不死というのは幻想だと思われがちですが、不死の生物は意外と身近にいて、例えばベニクラゲという生き物は不老不死のクラゲとして広く知られています。特定の条件下で成体からポリプという幼体に戻ることができるため、理論上は無限に生き続けることが可能です。


 成体から幼体へ。そしてまた成体へ。これを繰り返す。


 おそらくラヴィッジも同じような性質を有しており、宿主に死が訪れれば次の寄生先を探し、また細胞を一から組み立て直すのです。


 また、ラヴィッジはあなたに寄生していると言いましたが、見方によってはあなた自身がラヴィッジであるとも言えるのです。今の精神状態のあなたに言うのはかなり酷だとは思いますが、あなたはそれほどまでに見事な、完全な竜と人の合の子なのです。史実に拠ると、今まで何度となく竜人類と旧人類の交配が試されてきましたが、成功例はほとんどなかったと言います。つまり、後にも先にもこんなに完璧にラヴィッジの容器となり得るのは、キクトさん、あなただけなのです。


 竜人類と旧人類の遺伝子から作り上げたというあの龍晶と呼ばれる人形ごときに、果たしてラヴィッジは乗り換えるのでしょうか。そして不完全な復活を遂げるのでしょうか。


 ……それに失敗した、というのが千年前のラヴィッジの災厄の誘発だったのではないでしょうか。真実は闇の中ですが、私はそう考えています。


 リアンさんのやろうとしている、龍晶を介してキクトさんからラヴィッジを引き剥がすというのがどれほど難しいことか、これでおわかりいただけたでしょう。仮にキクトさんからラヴィッジを引き剥がすことに成功したとしても、リアンさんはもとより、残された人類で果たしてラヴィッジを殺せるのでしょうか。


 私の予測では、不可能に近いという答えが出ています。龍晶を核とした不完全なラヴィッジだとしても、そう簡単なことではないでしょう。


 また、キクトさんが死にかけた場合、その瞬間にキクトさんの中で眠るラヴィッジの細胞はクーデターを起こし、おそらく身体は乗っ取られるでしょう。そして世界中を浮遊するラヴィッジの細胞が、キクトさんを核としてその姿を発現させるのです。おそらくクリーチャーはそれを本能的に察知して、狙っているのです。


 キクトさんを半殺しにすれば、母なるラヴィッジが蘇る。それを本能でわかっているのでしょう。どうですか。恐ろしく奇妙な生態でしょう。


 クリーチャーは言ってしまえば千年前の人類ですから、いくら眠っていたとは言え、ほとんどの細胞は限界に近いでしょう。宿主のテロメアはほとんど使い果たしているのではないでしょうか。だからあちら側としても、切羽詰まって襲ってくるのでしょう。ここ最近で激増している理由はそんなところです。


 迫りくるクリーチャーを同時並行で殺しながら、復活を遂げたラヴィッジと人類は戦うことができると思いますか。あまりにもリスクがあると思いませんか。


 そういったリスクを背負うよりも、もっと他に最善の策があります。


 ―――それは、キクトさん、あなたが半永久的にコールドスリープに入ることです。


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