冷たい炎
消えた新人類のマザーコンピュータ・フォウのホログラム。するとクリーチャーが街の中に乱入してきて、混乱の事態となるが、そこについにDedが現れる。しかし、リアンは頑なだ。一触即発の緊張感の中、キクトは自分自身こそが争いを止めることができるのではないかと考え出す!
「クソッ、俺らの知らねー間に…………リアン! 話は後だ、ひとまず集落の表から来てる奴を殺そう! 表のは全部、凶暴なやつだ。裏は多分Dedに任せて大丈夫だろ」
サイノは目まぐるしく表情を動かしながら早口で言った。しかし、リアンは拳を握り締めたまま何も言わなかった。その表情には、わずかに逡巡の色があった。
すると、滝の落ちる音に混ざって崖下から悲鳴と共に唸り声のような声が聞こえた。
「早え……もうそこまで来てるのか!」
サイノは崖に向かって走り出した。キクトと佐倉も慌ててそれに倣って崖下を覗く。
畑の間を縫って、巨大な蛇のような……深く暗い色の鱗のある背中がうねりながら、滝壺に向かって来ている。
逃げ惑う人々の姿も見える。クリーチャーの耳は尖り、頭から背中にかけて真っ黒い毛が密集して生えている。目は渦状でギョロギョロしており、何かを探しているように見える。あまりにも奇妙で、おぞましい姿。
「どうするの!?」
佐倉はパニックになりかけて叫んだ。サイノはちらりとリアンを見たが、リアンは複雑な表情で呆然と立ち尽くしているだけだ。
「……佐倉はここにいろ! リアンとキクトから離れるなよ!」
サイノはそう叫ぶと、崖下に向かって一気に飛び上がった。突然のことに佐倉は「ひっ」と短い悲鳴をあげたが、次の瞬間、サイノの右手から背中にかけてが巨大化したかと思うと、淡い紫色に輝く鱗が彼の身体を覆ってゆく。右手には鋭い鉤爪が生え、月の光を反射していた。
崖の上からクリーチャーの上に着地した勢いで、その背中を鉤爪が貫く。
クリーチャーは激しく暴れ、サイノは一度そこから軽い身のこなしで飛び降りた。かと思うと、すぐに切り返してクリーチャーの喉元に飛びかかる。どす黒い血飛沫が上がり、サイノがその血に染まってゆく。
以前教えてもらった顕現化、という言葉を二人は思い起こした。あれは、サイノが本来の姿になっているということなのだ。
キクトは言葉を失っていた。サイノが崖から飛び降りる時、彼のずっと隠していた左眼が見えたのだ。
……その目は黄色く濁り、幾重にも渦を巻いていた。
(なんだ、あれ……まるで……)
「まるで、クリーチャー同士みたい、だろ?」
リアンはどこか投げやりな、自嘲的な口振りでそう言った。こちらの心を読んだかのような内容にどきりとする。キクトは嫌な汗が吹き出ているのに気がついた。返事はできなかった。
見ると、佐倉のただでさえ真っ白な顔面が、これ以上ないほど蒼白になっていた。あまりにも現実離れした出来事に、フリーズしているようだ。
「キクト、佐倉。オレはまだ、お前たちに言えていないことがある。信用がなくなっても仕方がない。だが、お前たちはこの世界をまだ多角的に捉えられていない。その段階ではないんだ。それにさっきの新人類の言った通り、真実を知ることばかりが正しいと思えない、だから言えなかったんだ。すまない……」
佐倉はぎゅっと口を結んだ。
「それでも、信じてくれ。オレはただ、みんなを……キクトを、守りたいだけなんだ」
リアンは絞り出すように言った。地面がカタカタと揺れている。
崖下からはドオン、という砲撃音のような音も聞こえてきた。
「リアン……」
キクトは何と言えば良いかわからなかった。
「……話は後よ。リアンさん」
佐倉も泣きそうな声で言う。
地響きが近付いてくる。ここからは見えないが、集落の入口付近でもクリーチャーが暴れているようだ。黒煙が上がっているのが見える。
三人は滝の落ちる崖の上に立ち、崖下で繰り広げられる攻防を見つめていた。
「来るぞ」
リアンの声に押されるようにして振り向くと、三十メートルほど先に真っ赤なクリーチャーが立っていた。
じゅこぉ、…ぶ、……じゃぴゅぅ……しゅぶ…
クリーチャーはやはり奇妙な音を立てながら、ゆっくりと歩を進めてくる。鉤爪がギチギチと音を立て、鱗と鱗の間から血が流れている。
渦を巻いた目はぐるぐると動いき続けているものの、絶えずこちらを見ていることだけはわかった。
(こ、怖い……)
キクトはリアンの後ろに立ち、意味もなく構えてみたものの、膝がガクガクと震えるばかりで動けそうにもない。佐倉も恐怖に立ち竦んでいる。
「手出しは不要です」
唐突に背後から声がしたかと思うと、直径一メートル程の白い円盤に乗った人影がふたつ、背中側から尋常ではないスピードで追い抜いて行った。
風を切る音がする。
銀色の服を身に纏い、首には発光するような緑色のラインがある。
(新人類! あれは……Dedか……!)
加速する鼓動。目の前で繰り広げられる現実が、まるで夢の中の出来事のように見える。
Dedの二人は互いに合図を出し合い、ピッタリと息を合わせてクリーチャーの目の前で左右に散った。二人とも何かを手に持っているが、何かまでは判別がつかない。クリーチャーは突然散り散りになった謎の飛行物体にいくらか戸惑ったように首を振った。
次の瞬間、右手にいたDedが銃のようなものを構えたかと思うと、そこからクリーチャーの耳を目掛けて何かを打ち込んだ。
「ッジャァギャアアアアアアアア゛ッッッ!」
耳を劈くようなクリーチャーの悲鳴。
見ると、クリーチャーの耳が抉られたのか、耳があったと思われる場所は窪んで血が溜まっている。そこからドボドボと滝のように血が地面へ流れ落ちている。
クリーチャーの目が血走り、渦状の目が一点を定める。左手のDedを見ているようだ。そこに向かってクリーチャーが飛び上がったかと思うと、そのDedの乗っていた円盤を大きな口で呑み込んだ。
その直前にDedは跳ねたかと思うと、背中側から落下しながらその左手を空に向かって伸ばした。その左手は一瞬で何かに覆われ、そこから稲妻のようなものが迸った。
稲妻は飛び上がったクリーチャーを捉える。
「ぷつッッッ、ギュァアアアア、アアアッジャ……」
振り乱した髪の毛のようなものはチリチリとしたものに変わり、背中の鱗はギチギチと音を鳴らしながら逆立っていく。
口元が大きく開かれ、鋭い牙がいくつも見えた。黄色のような緑色のような、ドロドロとした液体が口から漏れている。目玉が飛び出そうなほどグルグルと動き、鋭い尾はビクビクと動いている。
身悶えするような動きをしながら、クリーチャーはキクトたちから僅か二十メートルほどのところに落下した。
その瞬間、ドオンと地響きがする。バランスを崩して佐倉は倒れ込んだ。
(や、やばい……。あいつ、こっちへ、くる)
激しく身体を損傷しているクリーチャーは、不快な音を立てながら悶え続けた。が、キクトと目が合ったかと思うとこちらへ向かって激しく蛇行しながら近付いてきた。
リアンは暗い瞳でそれをじっと捉えている。心臓が爆発しそうなくらい動いている。クリーチャーが、自分を狙っている。『殺さ』れる!
今まさにこちらに飛びかからんとする姿勢のクリーチャーが、あと数メートルでキクトに届くという瞬間に、Dedが長い棒状のものをクリーチャーの喉元ごと真下に貫いた。鱗を突き破り柔らかい皮膚が爛れたようにじくじくした面を見せ、そこからは血と肉片が飛び散った。すぐ近くにいたリアンにもそれらは降りかかったが、微動だにしない。
ビクン、ビクンとまだクリーチャーは動いているが、今ので完全に死んだのだと思った。いや、違う、Dedがクリーチャーを『殺し』たのだ。
「もう一体来ます」
Dedは平坦な口調でそう言い、足元のクリーチャーを貫く棒を押さえながら、後ろを振り返った。
「赤ん坊です」
Dedの目線を追うと、そこには体長わずか一メートルほどのクリーチャーがハイハイをするような格好でこちらへ向かっていた。
「おぉ、がアアアッ、ザん……ぶぎ……じゃあぅぅう……」
そのクリーチャーは真っ白だった。顔は丸く、口は避けているが牙が鋭くない。背中の鱗もまばらで、一つ一つが柔らかそうだ。尾も短く、全体的に丸っこいフォルムだ。
(赤ん坊だって……!? 何か、喋っているのか……?)
キクトは顔を顰め、後退る。佐倉は放心状態だ。
「やります」
Dedはそれだけ呟くと、白い円盤に乗って地上すれすれに旋回したかと思うと、一瞬でクリーチャーの首を切り落とした。真っ赤な血が吹き出る。Dedの姿もその血で真っ赤になっている。赤い血が、視界を染めている。
先程落下した方のDedは背中から地面に落ちてしまったようだ。身体が大きく跳ね上がった後、顔から地面に叩きつけられていた。その体勢のまま、身動きをしていない。彼の左側がバチバチっと音を立てて火花が飛び散った。
赤ん坊のクリーチャーを殺したDedがこちらへやってくる。キクトは目の前に立ったその人物の背の高さに驚く。二メートル近くあるのではないだろうか。
「ようやくお会いできましたね、キクトさん」
銀色のヘルメットを脱ぎながら、彼は明るい声でそう言った。栗色の髪の毛に、同じ色の瞳。全体的に色素が薄い面持ちだ。目尻がわずかに垂れていて、物腰が柔らかそうな印象を受ける。にこやかに笑うその顔は、慈愛に満ちていた。
キクトにとって、初めてのDedとの邂逅である。
※
「で、Dedの方、ですよね」
キクトは鼓動を抑えながら聞いた。三種の人類が共生するには、自分の立ち居振る舞いが大切なはずだ。キクトは拙いながらも愚直で真っ直ぐな、そういった妙な使命感に突き動かされていた。
「そうです。僕とそこの彼……と言っても、もう死んでしまいましたが……彼と、ずっとあなた方を護衛しておりました。他にもまだDedはいますが、クリーチャーが集まってきているので、今はこの辺りを散開しています。さぁ、もう外の世界を十分楽しんだことでしょうから、街へ戻りましょう。今からすぐに空走機を呼びます」
「ちょ、ちょっと待ってください。え、と」
キクトは言葉に詰まった。もはや何から言えばいいのか、わからなかった。
「お兄さん、の、名前は……」
咄嗟に出たのが相手の名を尋ねるという、なんとも情けないものになってしまう。
その言葉に目をぱちくりさせながらも、栗色の髪のお兄さんは優しく答える。
「名前、ですか。あなた方のような特別なものはありませんが、機種は人型A―5038です」
その言葉にショックを受けたというのは言うまでもない。街の中の新人類と、Dedは明らかに何かが違う。
「さあ、キクトさん、佐倉さん。街へ帰りましょう」
にこやかに告げながら血塗れの手を差し出すA―5038は、タッグを組んでいた者のことなどすっかり忘れているようだった。
「あ、あ、あんたね、な、仲間が死んでるっていうのに、平然と……! こんな状況を見せられて、そんな、はいわかりましたすぐ帰りますなんて、言えるわけがないでしょう!」
佐倉は顔を真っ赤にして怒鳴った。しかし、A―5038はきょとんとしている。
「そうですか。すみません、我々Dedは与えられた感情の数が少ないので、あなたの言わんとすることを完全に理解するのは難しいのです。街の中で必要な『悼む』あるいは『悲しむ』、『恐怖』といった感情は、我々には必要がないので持ち合わせていません。我々は街の外でクリーチャーと戦うためだけに生まれたものですから」
その言葉に、キクトはショックを通り越して絶望を抱いた。今までの自分のいた世界……それがガラガラと音を立てて崩れ落ちてゆく。佐倉も少なからずショックを受けているようだ。
「……Ded、オレが責任を持って二人を街に送り届ける。だから今は帰ってくれないか」
リアンは低く言う。A―5038は困った顔を作った。
「そうは言われましても、恒星会からの指示はクリーチャーを殺し、キクトさんと佐倉さんを街へ連れて帰れ、というものです。その責任を果たせないとなると、我々も少々困ってしまいます」
「……じゃあ、今からここでオレとやり合うか」
リアンは物騒なことを言う。A―5038の目がふっと伏せられ、一瞬で無機質なものになった。
「……ええ、それもやむを得ないだろうというのが、マザーの見解でしたから。邪魔をすると言うのなら、我々はあなた方竜人類と命を賭けて戦わなければなりません。もちろん、何人やられようとあなたを殺すまで私たちは戦い続けるまでです」
「そうか」
リアンは言いながら徐に右手を構える。
「待ってよ!」
キクトは力の限り叫んだ。
「どうしてそうなるんだよ、おかしいよ、どっちも! リアン、争いはやめてくれ。ここで争って何の意味があるんだよ! ……お、お願いだよ、そんなことしたら、共生の道がなくなる」
A―5038は無機質な目でじっとリアンを見つめている。リアンはキクトに目を向け、戸惑ったように言う。
「キクト……。お前には、こいつらが同じ人間に見えるのか? さっきの戦いも、仲間が死んだあとの対応も見ただろう。こいつらは感情を持たない、ただの、戦闘狂だ」
「なんてことを言うんだ……、この人たちは、僕らと同じ……」
人間だ、と言おうとしたが、思いは言葉となって続いてゆかなかった。自分の中にある価値観がグラグラと揺れている。
いや、揺れているのは視界なのだろうか。今となってはもう判別がつかない。自分でも心の方向と、感情の揺れ動きを把握することができない。それでも、思考は止まらない。
(どうする、どうすれば争わずに済むんだ……? リアンは明らかに新人類に敵意を持っている。Dedもリアンと戦うことを視野に入れている……、考えろ、どうすればいい。僕はどうしたら……)
新人類は皆、一つのことに特化した生き方をする。それが常識だったし、特に疑問を抱いたこともなかった。親は親らしく、先生は先生らしく、労働者は各種の労働だけに一生従事する。その道のエキスパートになるわけだ。
だが、目の前で起きたことは何だったのか。何からしさ、なんて欠片もない。
目の前で繰り広げられたグロテスクな景色は、二人に思いがけず衝撃を与えた。あまりにも、自分たちの信じてきた〈日常にいる新人類〉とはかけ離れていた。Dedは自分たちと同じような感情を持っていない。与えられた命に忠実に従い、クリーチャーを殺すためだけに生まれてきた存在。キクトはこの現実を重く受け止めるとともに、自分の中に萌したもの悲しさ、やるせなさにどう向き合えばいいかいくらか苦悶した。
知らない世界を受け止めるには、まだ自分の心があまりにも弱い。
(僕が止めなきゃいけない。ほかならぬ僕が……)
キクトは使命感じみたものを初めて抱く。心に灯る炎が、一度大きく輝いたようなきがした。




