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かくしごと

竜人類の集落に来て、四日が経過した。臨時集会で、リアンは〈キクトを依代としてラヴィッジを封印する儀式〉を執り行うと決めた。急な話に皆が混乱するが、リアンの意志は固いようで……

「臨時で集まってもらってすまない。まだいないメンバーも多いが、久しぶりに能力付きが全員揃っている。

 そして『器の少年』であるキクトと、旧人類である佐倉がこの集落を訪れた今、オレたち竜人類はどういう立場で、どういう選択をしていくのか。今後の方針を明らかにしておきたい」


 リアンが帰ってきて早々、臨時集会が行われた。

 

 竜人類の集落、リードリールに来て早くも四日が経っていた。


 この四日間、リアンはまたどこかへ姿を消していた。キクトはあの話をするタイミングを逃してしまったことを悔やみつつ、セリやキムと共に集落の暮らしぶりを体感した。


 それは思いの外楽しく、驚きと発見に満ちた四日間だった。知らないことを知る……それはきっと、一生なくすことのできない喜びの一つだった。


 四日目ともなると、知り合いの竜人類も増えてくる。キクトと佐倉は、見知らぬ土地で知り合った人々とキャンプをするというような朗らかな雰囲気に包まれていた。子どもたちの遊び相手になるのは佐倉やキクトの得意とするところだった。子どもたちは二人を慕い、佐倉やキクトもこの上ない充足感を味わうことができた。


 そんな多くの竜人類と親交も深まり、当初の目的を忘れそうになったタイミングでのことだ。


 リアンが集落に戻ってきたら突然、臨時集会を行うと言う。


 早々と広場に連れてこられると、リアンが全員に向かって話し出したのだった。


 直径二メートルほどの大きな岩の上が、教壇のようになっている。


 その方向を向いて、人々は難しい顔をして立っていたが、キクトと佐倉は前の方に座らされた。結局、リアンとは何も話せていないままだ。


「まず、この集落に伝わる伝説については言うまでもない。ラヴィッジ……この世界を滅ぼそうとする憎き神だ。千年前、オレたちの先祖が命を賭して封印したが、ラヴィッジが封印されている『龍晶』はまもなく限界を迎えようとしている。


 オレたちは、長寿の種としてこの神を封印させるという使命を忘れてはいけない。


 罪なき命がラヴィッジによって奪われてゆく……この世界の仕組みがどれだけ残酷だとしても、目覚めんとする命を無慈悲に摘み取るこの神の存在だけは、認めてはいけない。あれは、この世に存在してはならない代物なんだ」


 皆、リアンの語りに聴き入っている。リアンの薄暗い縹色の左目は、強い決意に溢れているようにも見えた。ちらりと佐倉の顔を盗み見たが、考え込むような表情が張り付いているだけで、そこに特別な感情は窺えない。


「竜人類の目的はただひとつ。龍を封印し続けること」


 声高に言い放つ。


「オレたちが長年探し続けていた『器の少年』であるキクトに『龍晶』を取り込んでもらうことで、一時的にラヴィッジの魂をキクトに移す。その間に、次の龍晶を何とか完成させるんだ」


 二人は身体を硬くした。そこで、はいと手を挙げた人物がいた。


「この集落に旧人類がいる、というのが前代未聞の状況なので我々も混乱の最中にいるのですが、聞いたところによると、二人は浅薄な動機で街から出ているにもかかわらず、街の出入りを司る恒星会や周辺パトロールをしているDedは彼らに何も干渉しないということではありませんか。

 あまりにも……言ってしまえば、不気味です。新人類の見解や状況をこちらも知り得た上で、彼らに協力を仰ぐべきなのではないでしょうか。こちらに情報が無さすぎるように思います」


 畑で作業をしていたメンバーだ。眉間に皺を寄せて物申している。彼の言葉に、周囲の何人かは頷いた。


 リアンは顔色を変えずに答える。


「情報を共有できていなかったのはすまない。二人は自分たちの意志で街を出たと思っているが、恒星会は承知の上で黙認している。しかも、Dedを使ってクリーチャーを二人のいる方向へ追い込んだ。おそらく、二人がオレたち竜人類と接触するように仕向けたんだろう」


 その言葉にぎょっとした者もいくらかいた。キクトと佐倉もまた、狼狽を隠せなかった。周囲の視線が一身に集まり、居心地の悪さに身が縮こまる。


 リアンの斜め前にいる能力付きと呼ばれる面々―――サイノや、キム、セリと、もう一人……蘭と言う女の子だ―――も、険しい表情をしていた。思うに、彼らも初耳だったのだろう。


 広場が混乱に陥りそうな中、リアンは意に介さず続けた。


「すべて推測の域を出ないが、新人類はクリーチャーとも既に対峙していることから、こちら以上に色々知っている可能性が高い。

 また、二人が竜人類に接触することを許したということは、キクトが『器の少年』であることも新人類にとっては既知の事実だったということだ。オレたちがキクトのその特別な血を使って、封印の儀式を行うというのも承知の上だろう。

 その上で二人の行動を静観しているんだ。新人類とわざわざ対話する必要は無い。

 オレたちはオレたちで、キクトがこの集落にいるうちに封印の儀式を済ませた方がいいだろうと判断した」


 リアンはこともなげに言ったが、佐倉の表情はみるみる強ばっていく。キクトも自分の鼓動が加速していくのを感じる。


(リアンは、全部、強行する気なんだ)


 物申したメンバーを中心に、広場はざわめき出していた。


「新人類の出方を何も考慮せずに、勝手に旧人類を儀式に……? 危険だ。賛成しかねます。新人類がそんな勝手なことを許すと思えない」


「私も、新人類との絶縁状態は早めに解消すべきだと思う。三種の人類全体で協力したほうがいいに決まっている」


「いいや、新人類との協力なんて無理だね。奴らは明らかに竜人類を排除したがっているじゃないか。戦争になったらお互いが大打撃を被るから、こうやって不干渉が約束されてるんだ。今さら対話が可能とは思えんよ」


「そうだそうだ、こちらの手の内をむざむざ晒すもんでもない。ラヴィッジの封印は我ら竜人類の使命だ。新人類と手を組むまでもない。我々だけでやろう!」


「でも、旧人類のその二人は、新人類と共に街の中で生きてるんだぜ。旧人類を使って勝手な真似をしたら、一体どうなるか……」


「新人類と言っても、戦闘要員から一般市民まで色んな種類がいるんだろ? 外をうろついているDedにさえ気を付ければ大丈夫だろ。それにリアンも言っていた通り、新人類が何も言ってこないんだから儀式に対しては肯定的ってことだろう」


「お前は浅すぎる。旧人類をこちらに寄越しておきながら何も干渉がないっていうのは、協力する気はないって言ってるようなもんじゃないか!」


「だから、干渉しないのは暗黙の約束があるからだろう? それでも旧人類……それも、ただの旧人類じゃない、このタイミングで『器の少年』を寄越してきたんだ。もし新人類が我々よりはるかに先見の明があって、ラヴィッジについての情報を持っているんだとしたら、どうだ。『「器の少年」を送りますから、そちらでラヴィッジの件については済ませてください』って言ってるようなもんだ」


 一人の言葉に、そうだそうだと沸き上がる。反対派と賛成派は今にも喧嘩しそうな勢いだ。サイノやセリは顔を見合わせて何か言いたげにしている。


「みんな落ち着け。これは二極化できるようなそんな簡単な話じゃない。ただ、ラヴィッジを封印しなければ世界が滅亡するのだけは事実だ。新人類の協力が仰げるかどうかはこの際どうでもいい。私としては、今二人がここにいるうちに、早々に儀式を済ませるべきだと思う」


 誰かのその言をきっかけに、広場はさらなる騒然へと落ちていった。その一方で、能力付きと呼ばれる面々もなにやら言い合いをしている。街の中の奴らはさておき、街の外にいるDedと対話がないのはやはり危険だとかどうとか、今はまだ時期尚早だとか、龍晶がどうとか、笛がどうとか……


「……かなり揉めてるわね。あんた、とんでもないことに巻き込まれちゃったわね」


 佐倉は険しい表情で話しかけてきた。


「正直、自分がどうすべきかわからない。でも、街に戻って新人類と対話してからでも遅くないと僕は思うけど……」


 キクトの返事に、佐倉は眉間に皺を寄せて首を傾げる。


「……そうかしら。さっきの人が言ってた通り、ラヴィッジの封印という人類全体にとっての目的を互いに不干渉の約束を守りつつ果たそうとするなら、キクトが勝手に竜人類と会うしかないのよ。それを目論んで、恒星会が街の外に出ることを許していて、リアンさんの言ったとおり竜人類と会うように仕向けていたって考えたら、今の状況は別におかしなことではないわ。

 つまり、新人類……って言っても、結局は恒星会ね。恒星会と対話しようと働きかけることが却って拗れる原因になるかもしれないのよ」


 そうか、と思う反面、三種の人類が不干渉であり続けることにどれほどの意義があるのだろう、とも思う。


「ただ、前にも言った通り、あんたがリアンさんのお姉さんから自由生殖で生まれたのに街の中で育ったっていう、その経緯が最大の謎だわ。不干渉だなんて、実は嘘っぱちなのかも」


 佐倉はお手上げだとでも言うように肩を竦めた。


 「出生に関しては、恒星会が厳密に管理しているはずだから、やっぱり僕が本当に『器の少年』……つまり、僕の半分が竜人類でもう半分が旧人類だとしたら、僕が街の中で生まれたというのは考えられないと思う。不干渉というのは建前なのかもしれない。そればっかりは聞いてみないとわからないな」


 キクトは言いながら壇上のリアンを見遣った。


 リアンはラヴィッジの恐ろしさ、そして封印することの必要性を説いている。そこに新人類という種族は出る幕がないといったニュアンスも嗅ぎ取れた。


(僕らが急に街の外に出るというのを決めたのは唐突だった。でも、もしかしたら僕らが街の外に出ることは予想の範疇だったのかもしれない)


 そして、恒星会はその場で最適解を出した。


(けど、本当に最初から恒星会が全て知っていたんだとしたら、もっと上手くやれる気もする。今の管理体制なら、僕を洗脳漬けすることも可能じゃないか。そうしていないのは、やっぱりきっと恒星会側にもまだ知らないことがあって、その情報収集のために僕らをここへ送り出したんじゃ……?)


 キクトはぐるぐる考えていたが、結局考えても無意味だという結論に落ち着いた。恒星会の考えは、恒星会に直接聞くしかない。そしてそれは、さほど難儀と思えなかった。


「昨日、笛の存在を知った時、サイノさんたち動揺していたわよね。……やっぱり、笛を通してすべて筒抜けになってるのかも」


 佐倉は表情のない声色で言った。管理されていることをありがたいとは露ほどにも思っていないようだ。


 キクトもまた、声に表情が乗らないよう気を付けながら言う。


「そうかもしれない。……その上で恒星会が何も行動を起こさないなら、この件に関してはやっぱり静観するつもりなんじゃないかな」


 そこまで言ったところで、唐突に素朴な疑問が生まれた。自分の出生について考え始めたことで、発芽した疑問。今まで疑問に思わなかったのが不思議なくらいだ。自分が生きていることを疑う人はいるまい。そのレベルの疑問だったのかもしれない。あまりにもその存在が当たり前のことだから、疑問に感じることなどあろうはずがなかった。


「ねぇ佐倉……」


 口の中が乾いている。ごくりと唾を飲んだが、いまいち解消されない。


 知ろうとしてこなかったこと、疑問にすら思えなかったこと。


「新人類の人は、どうやって生まれるんだろう」


 その何気ない問いは、佐倉のただでさえ白い顔をこれまでにないほど蒼白にさせた。あまりにも当たり前のことを疑うというのは、果てしなく難しい。人類は、すべての前提を疑っていては生きていけない。疑うこと、それは今の人類には全くと言っていいほど生まれにくい感覚だった。


 この時小さく発芽したこの疑問は、キクトの中で自分でも驚くほど唐突で、かつ不穏な空気に満ちたものだった。


「……」


 二人が黙っていると、突然カーンと木槌を叩くような音がした。


「決断を下す。オレたちは、新人類と接触をせずに儀式を行う。期日は明日だ」


 リアンの有無を言わさぬ口調に、皆が黙った。それが決定の合図だった。


 世界が動き出す。そこに種の差は関係ない。これから人類は、果たしてどこへ向かっていくのだろう。


 固まるキクトに、リアンは暗く深い縹色の左目を向けた。その目から感情を推し量ることはできなかった。

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