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半妖従者と拗らせ主人の契約結婚と初恋事情  作者: 石動なつめ
騒動の正体

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27/28

27 改めて

 騒動がひと段落し、カエデたちが怪域の篠塚邸へ戻って来れたのは、時計の針が午後二時を回った頃だった。

 早朝に出発し、事態の収束に奔走し続けていたため、体力のあるカエデやロウですらへとへとになっていた。

 途中でカサイが、おにぎりと味噌汁を用意してくれなければ、その場で倒れていたかもしれない。


(美味しかった……)


 縁側に座って空を眺めながら、カエデはしみじみとその時のことを思い出していた。

 空腹の時に食べるおにぎりは、どうしてあんなに美味しいのだろうか。

 具が入っているおにぎりももちろん美味しかったが、炊き立てご飯の塩むすびに勝るものはない――そう思えるくらいに満足だった。炊き方も上手いし、お米自体も良いものを使っているのだろう。


(私もお米の炊き方をもう一度勉強し直そう)


 そんなことを考えていると、花の香りを伴った風が、ふわりと少しだけ強く吹いた。アズマにもらった髪飾りがしゃらりと揺れる。


(短期間で色々あったなぁ)


 アズマから契約結婚の話をもらってから一ヶ月も経っていない。

 それなのに目まぐるしいほどに色々起きたものだから、本当にそのくらいしか時間が過ぎていないのかと疑いたくなってしまう。


(そう言えば私も変わったなぁ……)


 主にアズマへの感情だ。

 契約結婚を申し込まれた時は仕事の延長という認識で、アズマに好きな相手が現れたらすぐに離婚しようとまで思っていたのに、今では他人が彼を奪い去ろうと言い出せば不快に思うようになってしまった。

 いわゆる執着心のようなものだろうか。

 自分にそんな感情があったのかと驚くくらいには、自分の気持ちの変化に戸惑う。


 今後の仕事に支障が出たら困るなと思いながらぼんやりしていると、


「カエデさん、お茶を飲みませんか?」


 背後からアズマの声が聞こえた。

 はっとなって顔だけ振り返ると、お盆に湯呑み茶碗を二つと、みたらしだんごを二本乗せたアズマが立っている。

 ――気付かなかった。

 どうやら相当ぼんやりしていたようだ。疲れのせいもあるだろうか。


「どうしました?」

「いえ。お茶、飲みます。嬉しいです」

「そうですか。では隣、失礼しますね」


 アズマは首を傾げたが、すぐに笑顔に戻って、カエデの隣に腰を下ろす。

 そして湯呑みを渡してくれた。ふわりとした湯気の中の緑茶の香りに、カエデの表情も緩む。ひと口飲めば、温かさがじわりと体の中を巡った。

 アズマも同じようにお茶を飲み、ふう、と息を吐く。


「今回はさすがに疲れましたね。イヌマキのおじさんが、後のことを引き継いでくれて助かりました」

「そうですねぇ。もっと早めにそれとなく上手い具合に相談しろって怒っていましたけれど」

「そりゃそうですよ。難しそうではありますけれど」


 そもそも咎められるべきは八森の当主だ。そのあたりはイヌマキも分かっていたようで、カサイへの苦言はそこそこに、八森の当主が退院したら皆で囲んで説教をしてやると言っていた。


 ちなみに八森家の当主が過労で倒れた理由は、キキョウの件が大きかったらしい。自分が沈黙を選んだがために起きた騒動の後始末を必死にしていた疲れと、皆に本当のことを言えない心労が重なったせいだそうだ。


(冷たい言葉にはなりますが、そちらは自業自得ですね)


 アズマも怒っていたが、最初の選択で間違えているとカエデも思う。

 キキョウから当時の話を聞いたところ、今回の事件の発端は八森ミノリの遺言の『解釈の仕方』が問題だった。


 ミノリは亡くなる前に「私の代わりに子供たちを守って」「どうか幸せにしてあげて」「私のせいで悲しませないで」ということを頼んでいたらしい。

 どうすればミノリの願いを叶えられるか――キキョウは悩んだ末にミノリの死を隠した。

 ミノリの姿を取って彼らの前に現れたキキョウに、八森家の当主はすぐに気付いたそうだが、妻の最後の願いを叶えてやりたいと、キキョウの行動に協力することにしたのだ。


 キキョウは見事にミノリを演じ切っていた。ほんの些細な違和感に気付ける者でなければ、するりと騙せてしまうくらいに。

 距離を置かれたことで客観的な視点を持てた家族(カサイ)が気付いたのは、ある意味で皮肉のようなものなのかもしれない。


「ま、しばらくあちらは忙しいでしょうね。あちこちに飛び火していますから、収拾するのはだいぶ大変でしょう」

「ですよねぇ……。また協力依頼が来ますかね」

「たぶん、よほど困っていない限りはないと思いますよ。イヌマキのおじさんたちからだいぶ同情されましたので」


 そう言いながらアズマはみたらしだんごをひと口。


「それはありがたいですねぇ」

「でしょう?」


 今回、篠塚家側は完全に巻き込まれただけだ。

 キキョウがナデシコの結婚相手の候補としてアズマを挙げていたくらいで、カサイが術を掛けられていなければ、カエデの嗅覚や聴覚を期待して協力を依頼されることもなかった。


(――とカサイさんは言っていたけれど)


 アズマからすると「二割程度はエデさんへのちょっかいも入っていましたよ」とのことだった。

 カサイはカエデに好意を持っている――アズマはそう考えているらしい。


(好意かぁ……)


 友人としてならば歓迎だが、それ以外ならばお断りだ。

 何せカエデはアズマの妻だし、そもそも、そうでなくても篠塚家を出て誰かとという考えは、元から自分にはない。


 死ぬまでアズマとユキメのために生きたい。救ってもらった恩を返したい。それがカエデが送りたい人生だ。

 もちろん「もう必要ない」と言われれば、出て行くしかないけれど。


(その時は、前とは違う意味で悲しい気持ちになりそうだ)


 カエデはそれを想像して複雑な気持ちになった。アズマに好きな人が出来たら離婚しようなんて、簡単に考えていた当時の自分を叱ってやりたい。


(そう言えば……)


 結婚に関しても、よく考えたら自分はアズマに対し、好意も何もちゃんと伝えていない気がする。これは良くない。

 そう思ったカエデは湯呑みをそっと置くと、アズマの方へ顔を向けた。

 視線に気付いたアズマは不思議そうに首を傾げる。


「どうしました?」

「アズマさん。私、最近気が付いたことがありまして」

「はぁ、気が付いたことですか」

「アズマさんが好きです」

「は――――」


 とたんにアズマは固まり、手に持っていただんごの串を、ぽろりと落としそうになっていた。


「ど、どうしたんです、急に。好きって、ああ、もしかして今まで僕のことは好きじゃなかったのが、好感度の積み重ねで好きまで上がったと……! ええ、分かっていますよ。ええ、そりゃ僕の言動はあまり良いとは言えませんし……!」


 アズマはわたわたと視線を彷徨わせながら、訳の分からないことを口走る。

 うーん、とカエデは唸った。これはちゃんと伝わっていない気がする。

 そう思ったので、カエデは「ちょっと失礼します」と言ってアズマに近付き、両手で彼の頬をを包む。するとアズマの動きが止まった。

 見下ろす形で、至近距離から真っ直ぐにアズマを見つめていると、彼の顔がみるみるうちに赤くなる。


「あ、え、えっと……あの、カエデ、さん……」

「好きです。もともと好きでしたが、違う意味で好きになりました。お慕いしております、アズマさん。大変勝手なお願いで申し訳ありませんが、契約結婚の『契約』をどうか取り払っていただけませんか」

「あ、え――――」


 アズマのサングラスがずれる。その向こうの三白眼がこれでもかというくらい見開かれていた。

 彼はぽかんと口を開けてこちらをしばらく見つめた後で、自分の手をカエデの手に重ねる。


「…………取ります。ええ、あの、取ります。僕と結婚してください、カエデさん」

「はい」


 もうしています、なんて返すのは野暮だろうか。

 安堵と嬉しさにはにかんだら、アズマは顔を近付けてカエデの唇に自分のそれを合わせた。柔らかくて温かい感触に、今度はカエデが目を見開く。


「……やってしまった」


 しばらくして顔を離したアズマの第一声はそれだった。ついこの間も聞いた気がする。

 顔を真っ赤にしながら唸るアズマを見て、今度はカエデが顔を近付けて、その唇を奪った。

 少しして口を離すと同じタイミングで、はぁ、と吐息が零れる。


「……ちょっと。積極的すぎませんか」

「アズマさんが落ち込んでいたので。これならお相子でしょう?」

「何か違う気がしますが……」


 そう言うとアズマはふっと、優しい笑顔を浮かべた。


「僕もカエデさんが好きです。――好きです。気の迷いなんかじゃなくて、昔からカエデさんが好きでした。結婚の話をした時に、変な理由をつけなければ良かったと、ずっと思っていました」


 それから、少しだけ間を空けて、


「――――もしかして、これは夢では?」


 なんて真顔で言い出すものだから、カエデは、ふは、と笑って、


「夢だったなら、起きてもう一度、同じことをします」


 と言うとアズマも「それも……いいですね?」なんて笑ったのだった。


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