26 掛け軸
「母の絵……ですか? 確かに母は絵が好きで、子供の頃によく描いていたとは聞いたことがありますが……そんな話は一度も……」
カエデの言葉に真っ先に反応したのはカサイだった。
彼は不思議そうな顔で掛け軸を見ている。
掛け軸に描かれているのは、花や鳥、そして親子の絵だ。
先ほど見た時に綺麗ではあるが、同時に不思議な絵だなとカエデは感じた。
何故ならそこに描かれている花が桔梗と椿だったからである。
咲く時期に違いのある二種類の花が、同時に描かれている。何か意図があってこそだろうと考えて浮かぶのが、やはり鵺の血を引く半妖の姉妹だ。
桔梗はキキョウ、椿はツバキ。八森ミノリの部屋に飾られていることからも、無関係ではないだろう。
ただ、それだけならばミノリが描いたと断言出来ない。
もしかしたらキキョウが描いたかもしれないし、他の画家がたまたま好きな花だから同時に描いただけかもしれない。
そこに親子の絵が描かれていなければ。
桔梗と椿の花に囲まれた中に、親子四人の絵が描かれている。
母と父、そして二人の子供――兄と妹。これだけ揃っていれば嫌でも分かる。
「この絵は八森の家族と、キキョウさんとツバキさんを描いたものですね」
「……ええ、そうよ」
「ま、待っとぉくれやす。なんでうちまで……」
ツバキは困惑しきった様子で、掛け軸とキキョウを交互に見る。
動揺するのは当然だろうと思いながら、カエデはその疑問に答えた。
「そこで描き手に気付いたんです。キキョウさん、あなたはミノリさんにツバキさんのお話をしていたのですよね」
「…………ええ」
やっぱり、とカエデは心の中で呟く。
「八森ミノリさんにとってキキョウさんもまた家族だった。だから彼女の大事な人を一緒に描いた」
カエデはそこでいったん言葉を区切り、
「これは八森ミノリさんの大事なものを、描いた絵ではりませんか?」
キキョウにそう問いかけた。
するとカサイの目が大きく見開かれた。ツバキも表情は見えないがとても驚いた様子で、キキョウへと顔を向ける。
アズマだけは、カエデの話を聞いて途中から察していたのだろう。二人のように驚くことはなく、合点がいったと言わんばかりに軽く頷いていた。
「……意外だわ。犬のモノノ怪なら、もう少し直感で物を言うと思ったけれど、意外と推理上手ね」
「従者は主に似ますので」
「カエデさん……」
「あなたの主、ミステリーは向いていなさそうだけど……」
「ちょっと」
上げて落すとはこのことだろうか。カエデの言葉に感動しかけたらしいアズマは、直後に放たれたキキョウの言葉で憮然とした顔になっていた。
そんなやり取りに、キキョウは初めてくすりと小さく笑うと、
「……そうよ。ミノリはね、私の大事なものなら、自分にとっても大事なのよと言ってくれたの」
と続けた。
どうやら合っていたらしい。カエデはほっと息を吐く。
「良かった。これで違って、止まってくれなかったらどうしようかと思いました」
「呆れた。どうするつもりだったのよ」
「投げ飛ばしていましたね。逃げないように掴んだまま、こう、びたんびたんと」
「……やっぱり危ないじゃないの」
正直に答えたところ、キキョウからもの言いたげな目を向けられてしまった。
危ないというか、これが護衛の仕事をする際のカエデの普通である。
そうなると、もしかして本当に自分は危ない半妖なのではないだろうか。ふとそう思ってカエデが「うーん」と唸っていると、
「大事って……どういうことです? その絵が大事なものを描いたのだとしたら……どうしてそこに私が入っているのですか」
カサイが早口でそう訊いてきた。
よほど混乱しているようで顔色があまりよくない。
これまでカサイは母親や、彼女のフリをしたキキョウから遠ざけられていた。
それなのに突然、大事なものの中に自分の絵が描かれていたら、訳が分からなくなるだろう。
カエデはカサイの方へ歩くと、手に持った掛け軸を彼へ差し出す。
「私はミノリさんがどんな人間であったのか、まったく知りませんので何とも言えませんが、カサイさんのことが大事でもあったのではないでしょうか」
そして彼の疑問に対して、自分の考えを告げた。
心というものは複雑だ。好きでも嫌い、嫌いでも好き、そういう感情がある。それが親子ならなおのことだ。
ミノリは体が弱かったと聞く。そしてカサイもまたそうだった。そのことにミノリは負い目を感じていて、それが態度として現れた。
大事なものとして絵に残すくらい想っていたとしても、暗い感情はずっと胸の中にあって――もしかしたら何か良からぬことを口走ってしまいそうになり、彼女はカサイから距離を取った。
(もっとも全部がただの想像で、まったくの見当違いかもしれない。だから私は言いませんが……)
この辺りはカサイたちの問題で、カエデが無遠慮に入って行って良い場所ではない。
それは責任も伴うものだ。責任を負うつもりも、覚悟もない自分が、確証もないことを言ってはならない。
それだけ言って口を閉じ、掛け軸を差し出し続けるカエデに、カサイは戸惑った様子だったが、少しして受け取ってくれた。
「……大事でも、あった」
ぽつりと呟いたカサイの声は、酷く掠れていた。
するとアズマが「ふむ」と小さく呟いて口を開く。
「そうですね……。だからキキョウさんもそうしたんでしょう。そもそもナデシコさんに当主は務まらなさそうですし。彼女は八森の当主を勤めるには自由過ぎますよ。少なくとも僕くらいの落ち着きは必要です」
少々大袈裟な手振りで、いつも通りを演出するアズマに、カサイやツバキはぽかんとなった。
アズマは暗くなってしまった空気を換えようとしたのだろう。おや、とカエデは思って、主がそのつもりならば自分も援護をしなければ続く。
「そうですね。アズマさんにはそんなに落着きはありませんが……」
「カエデさん? 僕の落ち着きっぷりを近くで見ているでしょう?」
「落着きはありませんが」
「繰り返すほどに……っ」
くうっ、とアズマが悔し気に唸る。
そうは言われても実際に、アズマはわりと落ち着きのない方なのだ。
口を尖らせる主を見て、カエデは思わず朗笑しつつ、
「向いていない人に責任を負わせるほど、残酷なことはありませんからね。まぁ、やり方が悪いのは誰の目にも明らかですけれど」
ちらりとキキョウの方を見ると、彼女は気まずげに目を泳がせていた。自覚はあるらしい。
そんな話をしていると、外が妙に賑やかになってきた。
「おーい! アズマ、カエデ、こっちは終わったぞー!」
「ちょっと! 勝手に入らないでくださらない⁉ あと俵のように担がないで!」
「うるせぇな。なら次は首根っこ掴むぞ」
「無礼っ!」
ざわざわした中で、ロウとナデシコのやり取りが、ひと際よく聞こえてくる。
今回の計画を実行するにあたって、ロウと数人の協力者に、邪魔をしそうな者たちの拘束や無力化を頼んでいたのだ。
もちろん加減をして、とアズマが釘は刺してある。ぎゃあぎゃあと言い合う二人の声を聞けば、ロウがアズマの言いつけをしっかり守ってくれたのが分かった。
(あの様子だと、大変だったでしょうねぇ)
カエデは思わず苦笑した。ロウがナデシコにされたことを考えれば、よく堪えたものだと称賛すらしたくなる。
「アズマさん。私たちもロウさんの手伝いをしますか」
「ええ、そうですね。……それでは僕たちはあちらの対応をしてきますので、お三方はここでちゃんとお話しなさってください」
「アズマさん、カエデさん……ありがとうございます」
頭を下げるカサイに、カエデとアズマはにこっと笑うと部屋を出た。
そして賑やかな声の方へと向かったのだった。




