28 祝言
八森家の騒動からしばらく経った後。
カエデとアズマは、それぞれ白無垢と紋付袴を着て、怪域の神社にいた。
祝言を挙げるためだ。
籍を入れたので、近い内にしようとは話していたものの、件の騒動やら何やらが重なって時間が掛ってしまったのである。
二人の指には、虹ノ小間物店で購入した、虹華石の指輪が輝いている。
色はまだ無色透明だ。霊力や妖力を込めると色が変わるこの石は、果たしてどんな色に染まるのだろう。
そんな期待はあるものの――……。
「割れたらどうしましょうか……」
カエデはそちらを心配していた。
お互いの虹華石に霊力や妖力を込める儀式があるため、アズマに付き合ってもらって一応は練習をしているのだ。
しかしカエデはそこまで妖力の扱いが得意ではない。
祝言の際に虹華石が割れてしまうのはたまにあるので、割れたからと言ってそこまで珍しがられることもないが、結婚相手が篠塚家の当主である。
さすがに目立つし、縁起が悪い。
それを考えてカエデが神妙な顔をしていると、
「大丈夫ですよ。たくさん練習しましたし、もし割れたとしてもそれはそれで『厄落とし』ということになりますから」
アズマが励ましてくれた。
顔を向けると彼はにこりと笑う。今日は祝言ということもあってサングラスをしていないため、いつもよりも表情がしっかりと見える。
「ですが今日は表の世の皆さんも来るんですよ。カサイさんとか」
カエデが名前を挙げるとアズマはうっと固まった。
あの事件の後、八森カサイとも交流が増えた――というか、向こうから積極的に絡んで来るようになった。
どうやら相当気に入られてしまったらしい。カエデたちはカサイから食事や観光に誘われることが増えたのである。イヌマキから「お前ら、いつの間に友達になったんだ?」とまで言われるくらいだ。
ただ、たまに冗談でカエデを口説いたりするので、その度にアズマが怒って軽い口喧嘩のようなことにはなっている。
(まぁ、アズマさんに構ってほしいのでしょうけれど)
同い年で遠慮なく物を言うアズマは、カサイにとっては珍しい存在なのだろう。アズマも同年代の友達はそこまで多くないので、態度の割には嬉しそうに見える。
アズマが嬉しいと思っているならば、それはカエデにとっても喜ばしいことだ。
だから、せっかく祝いに来てくれた友達に、ちゃんと成功したものをカエデも見せたい。
そう思って言ったのだが、
「確かに……。これをネタにまたカエデさんを口説いてくるぞ、あいつ……」
アズマは別のことを心配していた。
まぁ、ネタにはするかもしれない。
「カエデさん、大丈夫です。成功します。させましょう」
「先ほどよりも力強い」
「カエデさんは僕の奥さんなんですから、例え冗談でも、他の男に口説かせたくありませんっ」
アズマが真剣な眼差しでそう言った。
その言葉が嬉しくて、カエデの尻尾が自然と揺れてしまう。
犬のモノノ怪の血を引くために、どんなに誤魔化していても感情が尻尾や耳に出てしまうのが、なかなか考え物である。
そう思いながら苦笑していると、カエデの尻尾に気が付いたアズマは、表情をふわっと緩めた。
「ま、まぁ、ええ……そういうことです」
それから少し照れたように早口で言って、さっと顔を逸らす。
照れ隠しのその仕草が愛しく感じて、カエデはひょいと移動して、アズマの顔を覗き込む。目が合うと、アズマはもっと頬を赤くした。
「あの、アズマさん。口付けていいですか?」
「はっ、えっ、ど、どうして急に」
「アズマさんが好きだなと思ったら、したくなったので」
「……先日からやけに積極的ですね、カエデさん」
「それはそうですよ。私だって、アズマさんを取られたくないので」
カエデがそう言うと、アズマは目をぱちぱちと瞬いて、ふは、と噴き出す。
「十年、想い続けていたのですから。こんな面倒くさい男が誰に取られるって言うんです」
「ご自分で言います?」
「言いますよ。この場にカエデさんしかいないので、情けないことだって言います。それなら、僕の方がそうですよ。カエデさんを誰かに取られたくなくて、必死なんですから」
「二十二年生きてきて初めて恋をしたのも、叶えてもらったのもアズマさんなんですから、絶対にないですよ」
そう言ってカエデはアズマの頬に手を添える。
ぴくりと軽く肩を跳ねさせたアズマは、そこへ自分の手を合わせて、
「……したいですけど、今はダメです。せっかくのお化粧が落ちてしまいますから」
残念そうに言った。それもそうかとカエデは「分かりました」としぶしぶ頷く。
そんなカエデを見てアズマはふふ、と笑うと手を離し、そのままカエデへ差し出してきた。
「それでは行きましょうか、カエデさん」
「はい。行きましょう、アズマさん」
カエデがアズマの手を握る。
二人は微笑み合うと、歩き出したのだった。




