96 最愛の人
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最終話です
ハルジュ様に促されて、なぜか私はドレスからジャージに着替えさせられた。
戻ってきたハルジュ様も、王族の正装からジャージに着替えている。
ついてくる聖霊たちもいつもの服装だ。
「じゃあ行こうか」
トルトを抱いたハルジュ様に手を引かれ、やってきたのは聖霊の森だった。
「どうしてジャージなんですか?」
歩きながら、なんとなく気になったので聞いてみる。
「ドレスじゃ森の中は歩きにくいだろう? それに……ジャージは君と唯一、お揃いの衣装だから……」
ハルジュ様の耳がほんのり赤く染まっていくのを、呆然と眺める。
(なにその理由……! わたしの推しが可愛すぎるんですけど……!!)
手をつなぎ、森の中を進んでいく。
森はすっかり緑に戻り、黒の森だったのが噓のようだ。
薬草は青々と茂り、今では野花や野草も色鮮やかな姿を見せている。
木々の隙間からは木漏れ日が差し込み、見上げると常緑の葉が太陽の光を透かしてキラキラと輝く。
聖霊の森に戻ってからは聖霊の数も増え、森の中は光であふれていた。
「この色を……辺境に住む人々は百年前からずっと待っていたんだ。私はこの景色を自分の代で取り戻そうと誓ったけれど、心の奥底では自信なんてなかった。原因も解決方法も誰にもわからない。大伯父上と同じ……あてのない暗闇をひとり、歩き続ける覚悟もしていた」
歩きながらぽつりとこぼすハルジュ様に、私はつないだ手の力を強めた。
「わたしがいます」……そう伝えたかった。
ハルジュ様は、そんな私の手をぎゅっと握り返した。
「でも君と出会えた」
そう言って、穏やかな微笑みを浮かべた。
森をさらに進んでいくと、次第に聖霊が集まって光のトンネルを作っていく。
ハルジュ様が行こうとしている場所がわかった。
光のトンネルを抜けてたどり着いたのは、美しく輝く湖だった。
緑の木々に囲まれた湖は、聖霊と陽の光を反射して、白い光を散らしている。
風に揺れる木々はさらさらと音を奏で、可愛らしい小鳥のさえずりがどこかから聞こえてくる。
湖の水は風が吹くたびにチャプチャプと音を立てて岸に打ち寄せ、透き通った湖をのぞくと、遠く水底に青々とした水草が見えた。
「きれい……」
「ああ……」
私が呟くと、すぐ隣から返事が返ってきた。
私たちは岸辺に座り、トルトを放した。
トルトは初めて見る大きな湖におそるおそる手を入れて、水をちょんと触っては手を引っ込めている。やがて感触が気に入ったのか、バチャバチャと水しぶきを上げて遊び始めた。
「トルトと遊んでくるー!」
「あんまり遠くに行かないようにね」
「はーい!」
聖霊たちがトルトと湖の周りで遊んでいる間、私たちは肩を寄せ合って湖を見つめた。
「君が最初に湖に落ちたときもジャージだったなぁ……」
ハルジュ様が懐かしい思い出を振り返るかのように、しみじみと言った。
「う……」
「あのときは本当に怖かった。君を失うんじゃないかって……結局二度も味わったけど」
「その節は本当にすみませんでした……」
私が身を縮めて謝ると、ハルジュ様はくすくす笑いながら私の頭をなでる。
「あのときにはもう、君は私の最愛だった。君がいなくなっていたら、私は負の感情に囚われて辺境を救うことをやめていたかもしれない。それだけ私にとっての光だったんだ、君は」
私は言葉が出なかった。自分の安易な行動でハルジュ様にそこまで思わせてしまった罪悪感。
そして、そこまで想ってくれていた喜びで、胸が痛いほど切なく震える。
「ふふっ。最初に君に惹かれたのも、君がジャージを着て現れたときだった気がする」
「ええ!?」
(わたし、ジャージで見初められたの……?)
思えば辺境に来てから、ほとんど修道服かジャージだったけれど。
でもさすがにジャージだったとは……。
思いもよらない告白に私が目を丸くしていると、ハルジュ様は私を見て優しく微笑んだ。
「飾らない姿で、いつでも懸命に努力していたありのままの君に……私は恋をしたんだ」
熱を帯びた新緑の瞳が私を見つめる。
「リリ、手を出して」
ハルジュ様に言われて、私は右手を差し出す。
「こっちだよ」
左手を取られ、薬指にはめられたのは――鮮やかなエメラルドの指輪だった。
「こ、これ……」
左手を空にかざす。
陽の光に透かした指輪は、植物をあしらった細身の金細工に、ハルジュ様の瞳の色の宝石が美しく輝いていた。
「これには聖力は込めていないけれど……私からの愛の誓いだ。絶対に外さないようにしなさい」
「――っ!」
ハルジュ様は初めて指輪をくれたときと少し違う、だけどあのときよりも何倍も嬉しい言葉をくれた。
言葉にできないほどに愛しさがあふれ、熱い涙となって頬を流れていく。
次々と流れる涙をジャージの袖で拭い、たまらずハルジュ様の胸元に顔を寄せた。
「わ、わたしも……! ハルジュ様に、いつも力をもらっていました! ざまぁされて、ひとりで生きていくしかなかったわたしに、いつも優しくて……居場所をくれました!」
「……うん」
「うぅ……最初から推してたけど、気がついたら本当に恋をしてて……でも、わたしは罪人だし、迷惑かけてばかりだし……カレンディア様もいたし、もう諦めようと思ってて……ふうぅ……」
ハルジュ様は嗚咽でうまく言葉にできない私の背中を優しく叩いてくれる。それが嬉しくて、ますます涙があふれてしまう。
「うん、そっか……ところで、ザマァ?とかオシテタ?ってなんだい?」
途中で何かを聞かれた気がしたけれど、うまく頭が働いていなかった私は、曖昧な記憶のまま答えを返す。
「推しは推しです! ぐすっ……神様みたいなやつです。ざまぁは、わたしの自業自得です……」
「うん……まぁいいか。リリが諦めないでくれてよかった。もう私から離れたらだめだよ?」
ハルジュ様の問いかけに、私はぎゅっと抱きついて答える。
「もう離れません……ずっと、ずっと一緒にいます……」
「うん、私もずっとずっと一緒にいたい。リリ……愛してる」
「わたし……わたしも、ハルジュ様を、愛しています……」
ぐずぐずと泣く私の頬に手を添えて、ハルジュ様が優しくささやく。
「リリ、顔を上げて」
顔を上げると、ハルジュ様は自分のジャージの袖口で私の涙を拭う。
惜しみなく愛を告げる新緑の瞳から、目が離せない。
「それでは誓いの口づけを」
ハルジュ様の顔がゆっくりと近づいてくる。
私はそっと目を閉じた。
緑の木々と聖霊たちが光り輝く聖霊の森。
ロマンチックとは程遠い、でも一番私たちらしい姿で――
私たちは何度も誓いの口づけを交わした。
⋆*⋆.*Fin⋆*⋆.*
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
いかがでしたでしょうか
色々と未熟な点があったかと思いますが、たくさんの方が読んでくださりとても心強かったです……!
これにて完結となりますが、続編もふんわり頭の中にあるので、形になったらまた続きを書きたいなぁと思っています✧*。
皆様の良き読書ライフの一助となれましたことを光栄に思います(*^^*)
またお会いできますように・.。*・.。*




