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95 婚約式

⟡.·*.いつもお読みいただきありがとうございます⟡.·*.


ラスト2話です

 突き抜けるような清々しい秋空が、どこまでも青く澄み渡っている。

 

 今日、私たちは修道院の聖堂で婚約の誓いを交わす。


 本来婚約に儀式は必要なく、立会人のもと、両者が書類にサインをするだけでいい。

 けれど、辺境で生きていくと決めた私の誓いを見届けてもらいたくて、ハルジュ様と二人で考えた。

 すべての始まりである修道院の聖堂で、ここで出会った大切な人たちみんなに立会人になってもらうことを……。

 

 いつもどおりに朝のお勤めを終えて少ししたころ、仕立て屋の店主、ファルダさんが修道院へやってきた。

 

 ファルダさんには王都に向かう前、ドレスを仕立ててもらうのと同時に婚約式の相談をしていた。

 

 私がハルジュ様への恋心を諦めようとしたときも、ファルダさんはずっと心配してくれていた。

 想いが通じ合ったことを伝えたときは、大喜びしたファルダさんが私に抱きついてきて、ハルジュ様に怒られていたけれど……。

 

 そんな大切な友人に、今日のドレスの着付けとヘアメイクをお願いしたのだ。


「リナリエ、とってもきれいよ……おめでとう。このドレスはあたしの人生での最高傑作になったわ」

 

 ドレスも髪型もあのパーティの日と同じ。今日こそハルジュ様のエスコートで堂々と隣を歩くことができる……。


 ファルダさんは出来栄えに満足そうに微笑み、私の準備が終わると先に聖堂へと向かった。


 胸を高鳴らせながら、ハルジュ様の到着を待つ。


 しばらくして、部屋の扉をノックする音が聞こえた。


「リリ、迎えにきた、よ……」


 開いた扉の先にいたのは――完璧な美を極めた我が最推し様だった。


 ハルジュ様も、服装と髪型はあのパーティの日と同じ。

 一度見ているはずなのに……何回見てもめまいがするほど神々しい。むしろ輝きが増している。


「……聖霊女王がいる……」


 声も出せずに見惚(みと)れていると、扉の前でぽつりと呟いたハルジュ様が私に歩み寄り、私の手を取った。

 

「一度見ているはずなのに……何度見ても胸が苦しくなるほど美しい。今日はいっそう輝いて見える」

 

 そう言って私の手に口づけを落とすハルジュ様を見て、顔の熱が上がっていく。


(同じこと考えてました……)


 私が思わず頬をゆるめると、ハルジュ様も照れたように目を細める。


「今日がどんなに待ち遠しかったか……行こう、みんなが待ってる」


 私たちは手を取り合い、聖堂へと向かった。


 聖堂は、陽射しを受けてまばゆい光を放っている。

 透き通るような青空と、後ろに見える聖霊の森の緑の鮮やかなコントラストが、白い聖堂を美しく引き立てていた。

 

 二人で扉の前に立ち、合図をして扉を開ける。


 扉を開けた瞬間、聖堂の中に光があふれた。

 聖堂内を明るく照らす聖霊の光の中に、たくさんの笑顔が並んでいた。


 私たちは中央に敷かれた青い絨毯(じゅうたん)の上を、一歩ずつ進んでいく。


「おめでとう! 将来の辺境伯夫人の衣装はあたしに任せなさい!」


 仕立て屋店主のファルダさん。


「リナリエさん、若様、おめでとう!」

「おめでとー! これからもいっぱいヒット商品作って、辺境を国一番のお金持ち領地にしようね!」


 道具屋兄妹のヨータ君とハナちゃん。


「わかたまとねーね、けっこんするの! よかったねー!」

「若様! 結婚はいいですよ! 早くお子様の顔を見せてくださいね!」

「ちょっと気が早すぎるわよ! まったく……。おめでとう! またいつでも遊びにきてちょうだいね! フロムと待ってるわ」


 配達員一家のタスクさん、ナタリスさん、フロム君。


 ほかにも領城の家令のレイブさんや使用人たち。市長のハーベスさんや辺境騎士団の騎士たち。

 仲良くしてくれている領民のみんな……ここで出会った人たちが大勢集まってくれた。


 私たちはみんなの間を進み、祭壇の前へたどり着いた。


 祭壇で待っていたのは、尊敬する師であり、大好きなもう一人の母でもあるマザー。

 そして、ハルジュ様の偉大な師であり、大伯父上様でもある辺境伯様。


「リナリエ、若様、おめでとう。迷ったときは、聖霊があなたたちを導いてくれるわ」

「二人には数えきれないほどの幸せな夢を見せてもらった。これからの辺境の未来を……どうか頼んだよ」


 辺境伯様とマザーが、婚約証明書に立会人のサインをする。

 二人の笑顔に、私たちはしっかりとうなずいた。

 

 聖霊王様の像の前にある祭壇には、本物の聖霊王様であるトルトと、プティやリンたちがいる。

 今日は聖霊たちも可愛いドレスやタキシードを着ておめかししている。小さな衣装もファルダさんにお願いしたのだ。


 プティは赤いリボンとフリルのついたドレスを着て、ニコニコしながらみんなと踊っている。

 リンもレースいっぱいの可愛いドレスで楽しそうに笑っている。


 絶えることのない祝福の笑顔の中、私とハルジュ様は証明書の一番最後に、二人の名前を並べた。


 ――私たちの婚約は結ばれた。

 


「ハル! リナ! おめでとーー!!」


 聖霊たちが婚約証明書を掴み、ふわりと浮かんだ。そのまま立会人のみんなの元へと証明書を見せて回る。

 

 聖霊が見えない人たちは、突然浮き出した証明書と小さなドレスたちに驚いていたけれど、すぐに聖霊だとわかって笑顔になった。


 聖霊と人間がともに生きる場所――

 

 その光景を胸がいっぱいになりながら見ていると、小さな声が聞こえた。


『パパ、ママ、おめでとー』


「「えっ」」


(今の声って……!?)

 

 ハルジュ様と顔を見合わせてトルトの方へ振り返ると、トルトは「みゃーお」とひと声鳴いて、黄金と新緑の瞳を輝かせた。

 

 その瞬間、聖星花(セントステラ)の花びらが聖堂いっぱいに降り注いだ。同時に聖霊たちが姿を現し、聖堂中に光が(またた)く。


 花の雨と光の波が溶け合って、白い星々がきらめく美しい世界を作り出す。


 幻想的な景色に誰もが息をのんでいると――


「誓いの口づけを!」


 と誰かが叫んだ。


「ええっ!?」


(み、みんなの前で……!?)

 

 慌てふためいていると、口づけコールが始まってしまった。


(どうしよう……大変なことになった……)


 困り果ててハルジュ様を見上げると、ハルジュ様はくすくす笑っている。


「どうする?」

「ど、どうするって……!」


 言葉に詰まった私を見て、ハルジュ様がにやりと笑う。

 

 固まったままでいると、ハルジュ様に肩を掴まれ向かい合わせにさせられた。


「え!? え……!?」


 戸惑う私なんてお構いなしに、ハルジュ様の(うるわ)しいお顔が近づいてくる。


(ひいぃ! これもう逃げられない感じ……!? うぅ……もう!! 女は度胸よ!!)


 覚悟を決めてぎゅっと目をつぶる。


 その瞬間、柔らかな熱が額に触れた。


「ええーー!!」とみんなが叫ぶ声が聞こえ、おそるおそる薄目を開ける。


「私の未来の妻は恥ずかしがりやでね。妻の嫌がることはしたくないんだ」


 そう言って、ハルジュ様は優しく微笑んだ。

 

「……ぷっ」

「わははは!!」

「あはは!」

 

 思考が止まっていた私の耳に、みんなの笑い声が響き渡る。


「――っ!! もう!!」


 遅れて恥ずかしさがやってくる。


(またからかわれた!!)


 ほてる顔で周りを見回すと、どこを見ても満面の笑顔が視界に飛び込んでくる。

 ここには幸福だけが満ちていた。

 

(ああ、幸せだなぁ……)


 胸の奥からこみ上げてくる喜びが、視界をにじませていく。

 

 前世の記憶が戻ったあの日。

 こんな未来が来るなんて考えもしなかった。

 

 決められた結末からただ逃れたくて、必死にもがいた日々。

 たくさんの奇跡が重なって……今、私はここに立っている。


 辺境の再生はまだ始まったばかりだ。

 

 これから先も—— 

 私たちは、ハッピーエンドを目指して進み続ける。

 

「リリ、行こうか」


 ハルジュ様がトルトを抱き、私の手を握った。


「え? みんなはいいんですか?」

「大丈夫。あとは好きにやるさ」


 ハルジュ様はみんなにお礼を言いながら、私の手を引いて歩き出した。

 私はみんなに手を振りながら、そっとハルジュ様に耳打ちする。


「どこに行くんですか?」

 

 ハルジュ様は柔らかく微笑んで、甘い声でささやいた。


 

「誰にも邪魔されない場所」

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