94 エンディング3
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「なーんでそんなことになったかなぁ…………」
父が天を仰いで動かなくなった。
ここはメルダール伯爵家の応接間。
実家に戻ってきた私は、両親にこれまでのことを説明した。
手紙で定期的にやりとりはしていたものの、謎玉ちゃんを拾ったあたりから手紙を出せていなかったのだ。
まあ、出せても言えなかったけれど……。
私が二回も生死の境をさまよったことは秘密にしておこうと思ったのに、「隠してもいいことはない」とハルジュ様が全部しゃべってしまった。
その時点で両親の顔は真っ青だったけれど……今回のパーティの話を聞いて、完全に固まってしまった。
「申し訳ありません……私がもっと注意しておくべきでした……」
私が何か言うよりも先に、ハルジュ様がなぜかしゅんとしながら答える。
謝るタイミングを逃して口をつぐんでいると、父が顔を正面に戻して首を横に振った。
「いえ、きっと殿下の言うことなど聞きもしなかったのでしょう……。引っ込み思案が直ったと思ったら、今度は行動力ありすぎるって……極端すぎないか……?」
「ははは……す、すみません……」
笑ってやり過ごそうとしたのがばれて母ににらまれた。
「殿下からパーティを欠席してほしいとお手紙をいただいたときも、嫌な予感はしていたが……。まったくお前は……」
お小言が続きそうな雰囲気に、私は身を縮めて言葉を待ったのだけれど……
「…………無事でよかった」
思いがけない言葉が聞こえ、はっと二人の顔を見た。
父も母も、優しい顔で私を見つめている。
「……っ! いつも心配ばかりかけて、本当にごめんなさい……」
なんて言おうかぐるぐると考えていたのに、二人の顔を見た途端、余計な言葉はいらなかったのだと気づく。
「リナリエ嬢を危険に巻き込んでしまったのは私の責任でもあります。大切なご息女を預かると約束した手前、お二人にはおわびのしようも——」
「殿下。お言葉を遮るご無礼をお許しください。謝っていただく必要はありません……私たちは嬉しいんです。王都にいたままだったら、娘は聖女としては認められたかもしれません。けれどずっと自分の世界に閉じこもり続け、自分の幸せを考えることはなかったでしょう。この子が自ら外の世界に出て、自分の幸せを見つけられたのは、殿下が見守っていてくれたおかげです」
父と母はハルジュ様が頭を下げようとするのを止め、「ありがとうございます」と頭を下げた。
初めて聞く両親の想いに、目頭がじんと熱くなっていく。
にじんでいく視界の中、何度もまばたきをして涙をこらえ、私はひとつの決意を口にした。
「父様、母様。わたし……これからも、辺境領で生きていきたい。辺境は……もう、わたしの生きる場所なんです」
「伯爵にはお手紙でお伝えしましたが……あらためてお願いがあります」
ハルジュ様が姿勢を正し、深呼吸をした。
「私は後見人として、リナリエ嬢を見守っていく約束をしました。しかし彼女が苦しんでいたとき……私は何もできなかった。それどころか、辺境のためにと懸命に前を向く彼女の姿に、私の方が救われていた。おこがましくも、そんな彼女を隣で支えるのは自分でありたいと……そう願うようになってしまいました」
ハルジュ様の横顔は、今まで見たことがないほど緊張した面持ちで……膝の上で握りしめた拳が震えていた。
私は込み上げてくる涙を、小さく深呼吸を繰り返してやり過ごす。
「彼女は辺境を救う再生の力を持っていました。でも私は、それが理由で彼女を求めているわけではありません。私はリナリエ嬢を……心から愛しています」
そう言うと、ハルジュ様は深く頭を下げた。
「どうか大切なご息女を、私の生涯をかけて、守らせていただけないでしょうか」
たまらず私も頭を下げる。
「わたしも……ハルジュ様を、辺境を……一緒に守りたいんです。お願いします」
沈黙が広がる。
「……二人とも、頭を上げてください」
父の静かな声が、室内に響いた。
そっと顔を上げると……父と母は笑っていた。
「殿下、お気持ちを聞かせてくださってありがとうございます。こんなにも想っていただける人と出会えて、娘は幸せ者です。どうか娘のこと……末永くよろしくお願いします」
「はい。必ず」
「リナ……あなたも殿下のこと、しっかりとお支えするのよ」
「……! はいっ!!」
誰もが晴れやかな笑みを浮かべ、応接間は幸せな空気で満たされていく。
笑った拍子に目尻から一粒、温かな涙がこぼれ落ちた。
その後、婚約証明書にサインをお願いしたのだけど……。
「つまりうちって、国王陛下と親戚になるの……?」
父が証明書に書かれた陛下のサインを見た途端に震え始めたので、怖気づく前に慌ててサインさせた。
私だって同じ気持ちだったからよくわかる……残念だけど覚悟を決めて……。
「まさかうちのご先祖様が、そんな立派な方だったとはねぇ……。それをリナも受け継いでいたなんて、なんだかまだ信じられませんが。確認ですけど……本当にリナでいいんですか?」
「おとなしいと見せかけて、何をしでかすかわかりませんので……しっかりと手綱は握っていてくださいね」
父と母の言葉に、ハルジュ様が真顔でうなずく。
「よく理解しています……任せてください」
「ちょっと!」
わいわいと話をしていると、軽快なノックとともにカチャリと入り口の扉が開いた。
「とうさま、お話おわった?」
「ごめんなさい。トルトちゃんが入りたそうにしてたから……」
妹のアリテアと弟のクルード……それにトルトと聖霊たちが部屋に入ってきた。
トルトはすっかり二人と仲良くなっていて、父の膝に座ったクルードの膝の上でちゃっかり丸くなっている。
「トルトちゃんがくれたお花で、新しいお守りを作ったわ!」
アリテアが二つのサシェを差し出した。受け取ると、みずみずしい花の香りが広がる。
「すごいのよ! 聖霊さんたちのおかげであっという間にドライフラワーができちゃうの!」
「プティたちもお手伝いしたのよ!」
アリテアが目をキラキラさせて興奮気味に声を上げた。プティも得意げだ。
家族は姿が見えない聖霊たちのこともすぐに信じてくれた。聖霊たちも家族のことを気に入ってくれたようで、プティとリンはアリテアの周りをくるくると飛び回っている。
「これは姉様の分と、もうひとつは……お義兄様の分」
「私にもくれるのかい?」
アリテアがはにかみながらうなずくと、ハルジュ様は嬉しそうに目を細めた。
「姉様のこと、よろしくお願いします。ときどき、何をしでかすかわからないから……」
「ふっ……さっきお義母様にも同じことを言われたよ。任せておいて。……くくっ」
「……ふふふっ」
「はははっ!」
「……」
みんなの笑い声が室内に響き渡る。私一人、何だか納得いかないけれど……。
大好きな人と家族が笑顔で笑い合っている。
(……みんなが幸せそうだから、まあいっか)
二回目の家族との別れは笑顔であふれていた。
今度はみんなで辺境に遊びにきてくれると約束し、私たちは伯爵領を後にした。
◇
家族と別れて数日。
私たちは辺境領に帰ってきた。
「帰ってきた」と感じているあたり、もう私は辺境の民なんだなあ……としみじみ思う。
辺境再生の話はすでに辺境中に広がっていて、領境の街では大変な歓迎を受けた。
『聖獣』となったトルトは街の人にちやほやされて、最初はびくびくしていたけれど、すぐに慣れて終始ご機嫌に過ごしていた。
領都に向かう道中、私たちはできる限りの街や村に立ち寄った。
トルトが聖星花の種をまき、リンと私が花を咲かせる。
聖星花の咲いた一帯は、植物が元気に育つ土地に再生する。あとは領民のみんなが土地を耕し、植物を育ててくれるだろう。
そうやって少しずつ緑を広げ、これから辺境の大地を再生させていく。
こうして、王都を追放されてから始まった、短くて長かった旅は終わりを告げて――
私は辺境の修道院へと帰ってきた。
「マザー! ただいまー!!」




