93 エンディング2
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私たちが辺境に帰る前日、カレンディア様とノクスさんが王城に会いにきてくれた。
「カナン殿下に話を聞いてきたの。彼は……思っていた以上に追い詰められていたわ」
ソファに座ると、カレンディア様が静かに話し始めた。
「彼は王妃の実家の侯爵家とともに、アズロアを乗っ取る計画を立てていたそうよ。あの感じだと、祖父の侯爵の言いなりだったのでしょうけれど」
「愚かなことを……」
ハルジュ様が低く呟く。
「侯爵家は魅了の魔石を作れる魔女を集めて量産させていたの。そして商人を使ってこの国にばらまく予定だった。同時に少しずつ武器や配下の者を送り込んで、意識を操った国民たちに国を奪わせるつもりだったのよ」
「そんな……」
恐ろしい企みが知らないところで進んでいた。あと一歩、気づくのが遅れていたら……。そう考えるだけで背筋が凍りつく。
「どちらにしろ、他国を危険にさらせば神罰は必ず下る」
ノクスさんはそう言って、眉をわずかに寄せた。
「黒幕だと思われる侯爵家の当主をはじめ、その一族の数名が先日、原因不明の病で同時に急逝した。ただ事ではない姿だったようで、すぐにカルミノード王は『創世神の裁き』だと国民に説明したそうだ」
「ちょっと待って……それって、カナン殿下は大丈夫なんですか……!?」
最悪な想像を振り払いたくて、縋る思いでハルジュ様を見る。
けれど、彼は痛ましげに小さく首を振った。
「まだわからない……。ただ、今の時点で彼が無事なら、命を失うようなことにはならないだろう。あとは彼の心次第だ」
カレンディア様がテーブルの一点を見つめたまま、独り言のようにこぼす。
「彼は自分が何をしたのかは理解しているけれど……それが本当に自分の意志だったのか、わからなくなっているようだったわ。ただ……深く悔いているようには見えた」
その声に悪を断罪するときの苛烈さはなく、今は殿下のことを心から案じているようだった。きっと殿下の様子が、それほどまでに変わり果てていたのだろう。
「殿下は母親である王妃とともに、王族から除籍されることになったわ。王妃は今回の件に関与していなかったようだけれど、自ら辺境の修道院に入る道を選んだ。殿下とともに罪を背負っていくと……。カルミノード王は、これからも二人のことを気にかけていくと言っているわ」
「そうですか……」
「……あの方は生まれてすぐ母を亡くした俺にも、愛情を注いでくれたのを覚えている。昔はカナンとも仲がよかったはずなんだがな……」
ノクスさんがぽつりと呟く。
表情は変わらなかったけれど、声はどこか寂しそうな色がにじんでいた。
「幼いころにノクスが行方不明になった事件も、侯爵が仕組んだものだったと白状したわ。殿下は祖父の侯爵から、『ノクスは死んだ。次の国王はお前だ』と吹き込まれ続け……でも父王はノクスの生還を信じ、一向に自分を王太子に指名しようとしない。その焦燥が彼を狂わせたのね」
カレンディア様が痛みを分け合うように、そっとノクスさんの手に自分の手を重ねる。
「だから彼は自分の力を父王に認めさせるために、侯爵の侵略計画に乗った。いつから魔が刺していたのかはわからないけれど……彼もまた、欲深い大人たちに都合よく使いつぶされた被害者だったのかもしれないわね」
私はふと思い出した。聖霊王や聖霊を嫌悪していた殿下の様子……。あれも大人たちの勝手な都合で、そう思い込まされて生きてきたのかもしれない。
取り返しがつかなくなる前に、私たちに何かできなかったのだろうか。
やり場のない感情が胸に残る。
「わたくしたちが彼にしてあげられるのは、彼がしっかりと自分の罪に向き合ってくれるようにと、ただ願うだけね……」
カレンディア様がため息とともにこぼした、その言葉が答えだった。
「さあ、暗い話はここまでにして、これからの話をしましょうか」
沈黙が続く室内の空気を塗り変えるように、カレンディア様の声が明るく響く。
「わたくしたちは、このあとカルミノード王国を訪問する予定よ。国王がノクスに会えるのを心待ちにしているの。そこで婚約承認のサインももらってくるわ。兄様との婚約話もこれで白紙ね……わがままを聞いてくれてありがとう」
「まあいろいろあったが……こちらも世話になったし、お互い様だ。それにしても、もう公爵には許可をもらったんだな。いくら溺愛していても、やはり娘のお願いは断れないか」
ハルジュ様がそう言った瞬間、カレンディア様がぴしりと固まった。
「…………まだよ」
「え?」
カレンディア様の肩がぶるぶると震える。ぎりっと顔を上げ、美しい空色の瞳をつり上げて叫んだ。
「まだって言ったのよ……! なによ、あの親ばか! 『せめてあと三年は私の可愛いカレンでいてくれないか』ですって! 娘の幸せを邪魔する親がどこにいるのよ!?」
憤慨するカレンディア様をノクスさんが優しくなだめる。
「俺はいくらでも待てる……レンに待てと言われれば」
「はあ? 犬みたいなこと言わないの! わたくしは待てないわ! ここで生まれる前から夢見てたのよ!」
「レン……!!」
(あ、呼び方変わってる……ふふっ)
ノクスさんが感極まったような表情でカレンディア様を熱く見つめている。
けれど、カレンディア様の言葉は大げさでも何でもない。
だって彼女は前世の名前――『蓮さん』だったときから、ずっとノクスさんが大好きだったのだから。
「……だからとりあえず先に、カルミノードで婚約を固めてくることにしたの。ついでに向こうの王太子妃教育でも受けてこようと思って」
(きっと『ついで』で王太子妃教育をこなせる人は、カレンディア様しかいないでしょうね……)
カレンディア様の実力行使に訴えた計画に、私たちは苦笑いを浮かべるしかない。
(公爵様には気の毒だけれど、たぶん最速で結婚するだろうな……あ)
今さらながら、私はあることに気がついた。
「じゃあ、次会ったときは、ノクス殿下って呼ばないといけませんね」
「はあ? やめてくれ……気持ち悪い。今までどおりでいい」
ノクスさんにすごく嫌そうな顔をされた。
せっかく敬意を払うつもりでいたのに……。
私が口をとがらせていると、カレンディア様がパチンと手を叩く。
「そうそう! カルミノードは温泉があるでしょう? あちらに行ったら、スパやリゾート施設を作ろうと思うの! いっそのこと観光大国にしようかと思っているのだけど……どうかしら?」
「……っ! 最高です!! 絶対に行きます!!」
男性側からは「スパ……?」「リゾート?」と呟く声が聞こえるけれど無視だ。
私はソファから身を乗り出し、カレンディア様と熱い握手を交わす。
「わたし、考えたんですけど……ちょっとお耳を……。今度は……を作ってみようかと……」
「……! それは絶対に欲しいわ! 隣の国までつながるようなものをお願い! 声だけでも十分だわ」
男性陣は完全に放置して、今後の計画の相談はしばらく続いた。
「お互い、これからも最高のハッピーエンドを目指していきましょうね!」
別れ際にカレンディア様が晴れやかな笑顔で言った。
「はい……! またお会いしましょう!!」
私も笑顔で別れを告げる。
カレンディア様とノクスさんは、ぴったりと寄り添って歩いていく。幸せいっぱいの二人の後ろ姿に自然と顔がほころぶ。
この世界はゲームと同じようで、どこか違う。
これからも私たちの選択によって、たくさんのルートが生まれ、消えていく。
ちらりと隣を見る。私の視線に気づいたハルジュ様が、優しく微笑んでくれる。
きゅっとハルジュ様の手を握ると、ぎゅっと力強く握り返してくれる。
たとえどんなルートを選んだとしても――
(ハルジュ様と一緒なら、何があっても進んでいける)
私は込み上げてくる幸せを笑顔に乗せた。
「帰りましょう……私たちの辺境へ!」




