92 エンディング1
最終章 スタートです
カナン殿下が倒れたあと、パーティ会場は大騒ぎだった。
まずカナン殿下が運び出され、気を失ったままの参加者も次々と王城の客間へ運ばれていった。あまりの数に王城の使用人たちまで駆り出されていた。
魔石を持っていなかった参加者や、意識を取り戻した参加者には、国王陛下から今回の事件についてが説明された。
王都で流行中の黒い石——それは国民を操り、アズロア王国を手に入れようとするカナン殿下の策略だった。
殿下の不審な行動に気づいた王家は、今回のパーティで企みを暴く作戦を立てていた。
すでにカルミノード王国と協定を結び、敵の一掃に向けて動いている、という内容だ。
実際に動いていたのは私たちだったけれど……今後の国同士のことも考えて、王家の計画ということにしてもらった。
先ほどまでのカナン殿下の姿を見ていたからか、参加者たちはこの事実をすぐに受け止めたようだ。国を守った王家に惜しみない称賛が贈られた。
そして、私たち四人とトルトが壇上に呼ばれた。
私とトルトも呼ばれたことに参加者たちは戸惑っていた。「魔女と魔物じゃないのか」と、疑いを捨てきれない人がいることもわかっていた。
だからこそ、私は胸を張って壇上に立った。
隣に、ずっと手を握ってくれている人がいたから。
私たちが並ぶと国王陛下はまず、亡くなったとされていたカルミノード王国の第一王子が、実はこの国で生きていたことを公表した。
そして記憶を失っていた第一王子を救い、守ってきたのがカレンディア様だったこと。
元王太子殿下との婚約破棄で傷ついたカレンディア様をノクスさんが献身的に支えた。それがきっかけで、二人は思いを通じ合わせたこと。
カレンディア様が癒しの聖女に覚醒したことで奇跡的に王子の記憶が戻った――という、少しだけ脚色された話が語られた。
このおとぎ話のような恋物語に、その場にいた全員が祝福の拍手を送った。
ついに悲願を達成し、幸せそうなカレンディア様は輝くような美しさを放っていた。
続けて国王陛下は、辺境についても語った。
追放された私が、実は辺境復活のための神託を受けた『再生の聖女』だったこと。
私が覚醒したことで百年の呪いが解け、聖霊の森と辺境の大地が再生を始めたこと。
トルトは魔物ではなく聖霊王が遣わした『聖獣』……ということにしてもらった。
そして……ハルジュ様と私は、辺境の再生に尽力していく中で想いを通わせ、これからも二人で辺境を守っていくことになった――と発表された。
こちらもまたおとぎ話のような出来事に、驚きと困惑の様子だった人たちも、最後は温かい拍手を送ってくれた。
なぜか若い女性の嘆く声が混じっていたように聞こえたけれど……気のせいだろうか。
国王陛下は最後に……卒業パーティでの真相を語った。
元王太子――レオシード殿下が療養中だというのは公表されているけれど……
実はあのとき、レオシード殿下は魔に刺されていたこと、カナン殿下からお守りとしてもらっていた黒い石の影響を受けていたことが明らかにされた。
つまり最初から、レオシード殿下の事件と私は関係なかったのだと……そう宣言してくれたのだ。
以前ハルジュ様と話したように、私の力が完全に無関係……と言い切れないところはある。
でもこれが「魔女」という冤罪をかけられた私への償いでもあるとわかったから……ありがたく受け入れることにした。
冤罪とわかって、私を責め立てていた国民は複雑な気持ちだろうけれど……私はもう、ちっとも気にならない。
だって、もっと大切なものが辺境にあるから――
◇
断罪イベントの翌日。
昨夜再び王城に泊めてもらった私は、あのときと同じ客間であのときと同じ侍女たちと再会した。
侍女たちも私の話を聞いていたようで、「私たちの目に狂いはなかった」と満足そうに微笑んでいた。
そして今、国王陛下との謁見のため、私的な対面のときに使われる謁見室のソファに、ハルジュ様と並んで座っている。
「まずは今回の件の礼と、レオシードの件の謝罪をさせてくれ。カナン殿下は詳しい事情を本人から聞いたあと、すぐにカルミノードに送還することとなった。今は意識も戻り、おとなしくしているよ。レオシードのときと同じだ」
レオシード殿下そっくりの顔で頭を下げられそうになり、私は大慌てで遠慮した。
「レオシードはもともと持っていた負の感情につけこまれた。あいつは優秀すぎるカレンディア嬢に対して、劣等感を持っていたようだな。そして私も……王族としての生き方を強いるあまり、レオシードの抱えていた思いを聞いてやることができていなかった。すべては私の責任だ」
陛下は目を伏せ、自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。その姿は息子を案じ、深い後悔の念を抱くひとりの父親にしか見えなかった。
「君がいつも静かに話を聞いてくれたことが救いになっていたようだ。結局、その感情が魔の力によって暴走してしまったわけだが……あいつも今となっては深く反省している。本当に迷惑をかけたね」
「わたしはもう大丈夫です。レオシード殿下が心穏やかに過ごせるように祈っています。あの……叩いてしまったことはごめんなさいと……伝えてもらえますか……?」
私が遠慮がちにお願いすると、陛下は噴き出して笑った。
「くくっ……わかった。伝えておこう。君のお願いを無視して私まで叩かれてしまっては困るからな」
「え? え!?」
動揺する私を見て、陛下とハルジュ様はそっくりな顔で笑う。
(い、意地悪属性は遺伝なの……!?)
私が赤らむ顔を両手で隠すと、「すまんすまん」と言って陛下が話を切り出す。
「さて、今日の本題だな。二人の婚約を認めよう」
「ありがとうございます……!」
婚約証明書に陛下の承認のサインが書き込まれたのを見て、私たちはほっと顔を見合わせた。
今回、陛下に私たちの婚約の許可をいただくのも、王都に来た目的のうちの一つだった。
ハルジュ様は「反対されることはない」と言っていたけれど、やっぱり緊張していた。
もうすぐ王族籍を抜けるとはいえ、彼は王弟殿下だ。政治的な理由で反対される可能性も考えていた。
こうしてサインがもらえて、胸につかえていた最後の不安が、ゆっくりと溶けて流れていく心地がした。
「リナリエ嬢、君には礼を言わなくてはならないことばかりだ。ハルジュのことを愛してくれてありがとう。こいつは人と関わるのが下手だから、一生誰とも心を通わせられないと思っていた。君が出会ってくれてよかった……大事な弟と、辺境をよろしく頼む」
陛下と同じようなことを、最初のころにマザーも言っていた。今ならその意味が少しだけわかる。
だから私は大きくうなずき、あのときマザーにしたのと同じ返事を陛下に返した。
「ハルジュ様は初めからずっとお優しかったですし、いつでもわたしを支えてくださいました。わたしはハルジュ様を心から信頼しています。たとえ嫌われることはあっても……わたしがハルジュ様を嫌いになることは、これからも絶対にありえません」
「私だって嫌いになることは絶対にありえない!!」
私の隣から慌てたような声が聞こえた。
顔を向けると、ハルジュ様が焦った表情で私を見つめている。
「ははは! 仲が良くて結構だ。ハルジュ、よかったなあ……愛する人と想いを通わせるのは、幸せだろう?」
陛下がたずねると、ハルジュ様は頬を染め、こくんとうなずく。
それが王弟の顔でも次期辺境伯の顔でもない、ただ大好きな兄に甘える弟の顔で……。
(……なに、その顔……! 反則なんですけど……!!)
私の胸がキュンキュンと締めつけられ、顔が沸騰しているんじゃないかと思うほど耳まで熱くなる。
顔を真っ赤にしながら恥じらう私たちを見て、陛下は嬉しそうに顔をほころばせた。
「本当に仲がいいんだな……よかったよ」
陛下の言葉に、私とハルジュ様はもう一度顔を見合わせた。
ハルジュ様の手がそっと重なる。
私は小さく笑って、その手を握り返した。




