91 断罪イベント
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第十一章 ラストです!
――ばっっっちーーーーーーん!!!!
乾いたビンタの音が高らかに響いた。
会場は水を打ったように静まり返っていた。数百人はいるはずの参加者たちが、誰ひとり物音を立てない。
カナン殿下は尻もちをつき、呆然と私を見上げている。押さえた頬がじわじわ赤くなっていく。
静寂に耐えきれず、私はしびれる右手を振った。
「またやっちゃったけど、今回は確信犯なんで……。あいかわらずいい音したなぁ……」
私の呟きは沈黙のホールの中に消えていく。
「リナ! かーーっこいいぃーー!!!」
――ただし、ハルジュ様と私にだけは……聖霊たちの喝采が、ホールに響き渡っていた。
次に静寂を破ったのはカナン殿下だった。
彼は尻もちをついて頬を押さえたまま、顔まで真っ赤に染めて叫んだ。
「な、な、何をする!! 僕は王族だぞ!? 自国だけでなく他国の王位継承者にも暴力をふるうとは……! 魔物のことといい……これは国際問題だ!!」
感情をむき出しにして叫ぶカナン殿下に、出会ったころのような優雅さは、ひとかけらも残っていなかった。
どうしたものかと悩む私の肩に、ぽんと手が置かれた。
振り返ると、私を引き寄せたハルジュ様が後ろを指差す。
私はうなずいて、後ろからゆっくりと歩いてくるカレンディア様に、この場を譲ることにした。
(カナン殿下にとっての地獄は、これからかも……)
「カナン殿下……大丈夫ですか? さあ、お立ちになって」
慈愛に満ちた聖女の顔をした地獄の使者様が、殿下に手を差しのべた。
カレンディア様の支えで立ち上がったカナン殿下が、彼女を切なげな瞳で見つめる。
「ああ、やはりあなたこそが僕の女神だったのですね……僕は魔女の魅了に操られていた。強力な魔の力に抗えなかったのです……」
(あ、やっちゃった……)
やめておけばいいのに……カナン殿下はカレンディア様に悲痛な面持ちで訴え始めた。
カレンディア様が殿下を見つめ、心を痛めたかのように目を伏せる。
「そう、お気の毒に……。でも……それはリナリエではなく、あなたのお祖父様のお家の間違いではなくて? 魅了の魔女がいらっしゃるのでしょう?」
「………………え?」
カレンディア様の言葉を聞いた途端に、カナン殿下から表情が抜け落ちた。みるみるうちに殿下の顔色が悪くなっていく。
「これでも苦労しましたの、魔石の出どころを突き止めるのに。まさか武器と一緒に我が家の交易ルートに紛れ込ませるなんて……ずいぶんと勝手なまねをしてくれましたわねえ……?」
カレンディア様は無邪気に首を傾げる。
その美しさに、普通なら感嘆のため息が出るはずなのに……今はただ、獲物を追い詰める豹のようにしか見えない。
「いつから計画なさっていたの? 密輸された武器もあなたのお仲間であろう方々も、だいぶ前から我が国に入り込んでいたようだけれど。魅了の魔石をばらまいて、アズロア国民の意識を操ったところで武装蜂起でもさせるつもりだったの?」
次々と暴かれていく企みに、殿下はパクパクと口を動かしてあえぐことしかできていない。
(全部図星なんだ……)
「ああ、そうだった!」
私の隣にいたハルジュ様が、急に思い出したかのようにわざとらしく口を開く。
「今夜お会いしたら返そうと思っていたのです」
そう言って、湖で拾った帯飾りをカナン殿下に手渡した。
「あ、これは、僕の……ど、どこかに落としたと思っていた……」
殿下は突然手渡された帯飾りに困惑している。
そして自分のものだと白状してしまった。
「これですか? これはあなたが卵を葬ろうとした際に落としたものを拾ったんですよ。ちなみにあなたが殺そうとしたこの子は魔物ではなく聖霊王の幼生です。よかったですね? 殺していたら、今ごろあなたは創世神の裁きを受けてこの世にはいない。貴国も滅びていたかもしれませんね」
「は……」
ハルジュ様が淡々と真実を述べていく。
殿下の顔はすでに蒼白で、今にも崩れ落ちそうだった。
「そうだ、うちの子を魔物呼ばわりしたのも許していませんよ。発言撤回のうえ、謝罪を要求します」
ハルジュ様の言葉に、私も強くうなずく。私の腕の中に戻ってきたトルトも、殿下に向かってシューシューと鱗を逆立てている。
カレンディア様が艶っぽくため息をついて、うろたえるカナン殿下に微笑みかける。
私は直感した。
(……あ、これ、とどめを刺しにきてるな)
「こうなってしまったのは本当に残念ですけれど……安心なさって。あなたがそこまでして守ろうとした大切な国はあなたのお兄様が、しっかりと盛り立てていきますからね」
「お兄様…………?」
かすれた声で聞き返す殿下に、カレンディア様に寄り添っていたノクスさんからの一撃が入る。
「すまないな。お前に恨みはないが……いや、そういえばお前はお嬢様を狙っていたんだった。やはり万死に値する」
「え……う、嘘だ……まさか、兄上……? なんで……あの日、死んだって、おじい様が……」
こぼれ落ちそうなほど目を見開き、殿下が愕然と呟く。
カレンディア様の頬がぴくりと動いた。
「へえ……ノクスが行方不明になった原因も、知っていそうねえ……。後ほどゆっくりと、聞かせてもらいましょうか?」
お兄様の生存がかなりショックだったようで、殿下の足元がふらつき始めた。
ノックアウト寸前のカナン殿下に——
カレンディア様が、最後の鉄槌を下す。
「さ、これで仕上げね。わたくしもやってみたかったの。すっごく気持ちよさそうなんだもの! 歯を食いしばって――ねっ!!」
――ばっっっちーーーーーーん!!!!
カレンディア様の強烈なビンタを受けた瞬間、カナン殿下の体が白金色に輝いた。
浄化の力によって魔は消え去り、殿下は戸惑いの表情を浮かべたあと、地面に倒れ伏した。
(うわ、痛そう……)
ホールに響いたビンタの音だけが、しばらく耳に残っていた。
やがてその音も消えたころ、笑顔のカレンディア様が振り向き、ぱちりと目が合う。
カレンディア様は澄んだ空色の瞳を輝かせる。
そして秋の爽やかな風のように、透き通る声で高らかに告げた。
「断罪イベント大成功!! これで大団円エンドね!」
ここまでお付き合いいただきありがとうございます⟡.*
次回最終章です!
引き続きお楽しみください(*^^*)




