90 浄化
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「トルト! 聖霊たち! 出番だよーーー!!」
「はーーーい!!」
無数のまばゆい光が、瞬く間にホールを埋め尽くす。光を放つのは、子どもの姿をした聖霊たちだ。
大小さまざまな光が参加者の間を縫うように漂いながら、色とりどりのドレスに輝きを添える。
まるで光の洪水に飲み込まれているかのようだった。
その幻想的な光景に見入っているのは、私とハルジュ様だけ。ほかの人たちにはこの景色は見えていない。
「みゃーん!」
聖霊とともに現れたのは、可愛い蝶ネクタイをしたトルトだ。そっと腕の中に抱き込むと、新緑と黄金の対の瞳がじっとこちらを見つめる。
(あったかい。この尊い命を奪おうとするなんて……絶対にさせない)
「トルト、よろしくね」
「みゃっ」
頭をなでると、返事をしたトルトがふわりと浮き上がった。
最近飛べるようになったばかりのトルトは、パタパタと小さな翼を羽ばたかせ、上へ上へと飛んでいく。
「なんだあの生き物は?」
周りから声が上がった。
「いきなり現れたぞ……」
「まさか……魔物!?」
騒ぎ出す参加者たちもいたけれど、多くの人たちは状況がわからず、困惑していた。
「おい……あれは……」
カナン殿下はトルトの正体に気がついたようで、ひどく驚いていた。けれどそれも一瞬で、すぐにこちらをにらみつける。
「あんな得体の知れない生き物……! すぐに処分しなくては!」
そう叫ぶと、小さな笛を取り出して一息に吹いた。
その甲高い笛の音は、湖で聞いたものと同じ――仲間を呼ぶ合図だ。
しかし……矢が飛んでくることも、剣を持った男たちが入ってくることもなかった。
私は王族席を見て、カレンディア様の隣にノクスさんがいるのを確認する。
(無事に片づいたんだ……)
実はパーティ開始直後、城内で「黒いの」を持つ侵入者が隠れている場所を、聖霊がすべて見つけ出していた。
そしてハルジュ様の指示のもと、ノクスさんがダンスタイムの間に警備兵と協力して捕らえていたのだ。
この短時間ですべての侵入者を捕え、何事もなかったかのようにカレンディア様の隣に立つノクスさん。
(さすが、仕事のできる忠犬……)
そうとは知らず、なかなか現れない仲間に、カナン殿下の焦りの色が見え始める。
私はゆっくりと息を吐き、操られている参加者に向き直った。
(とっておきのイベントはここからよ……!)
「リン」
私がそっとささやくと、手のひらの上にリンが現れる。
私はリンに力を託すように、再生の聖術を使った。
手のひらからあふれ出す白い光が、リンの光に溶けこんでいく。
リンを覆う光はどんどん強さを増し、私まで包み込むほど大きくなった。
「トルトをお願いね」
「うん!」
リンは大きくうなずくと、トルトの元へ飛んでいく。
「ハルジュ様……これで終わらせましょう」
「ああ」
ハルジュ様は私の頬をひとなですると、今もふらふらと歩き続けている人たちの方へと向かう。
「よーし! やっちゃえーー!!」
私の肩でぴょんと跳ねて、プティが元気な声を響かせる。
私はプティにうなずき、トルトに向かってお腹の底から声を上げた。
「トルト!! ステラを咲かせて!!」
私の呼び声に反応して、トルトが口を大きく開ける。
「んみゃーーーーお!!」
トルトが高くひと鳴きすると、ホールの天井から、あふれんばかりの光が降ってきた。
それはトルトが種をまき、リンが花を咲かせた、無数の聖星花――
白い花びらはシャンデリアの明かりを反射して、日の光を浴びた雪の結晶のように、きらめきながら舞い落ちていく。
雪の降らないアズロアでは見ることのないような、美しい光景に誰もが魅入られていた。
「ハルジュ様!」
「風を!」
花びらが参加者の頭上に届く直前、私の声に応えたハルジュ様が叫んだ。同時に聖霊たちが一斉に風を起こし、花びらを巻き上げる。
風に乗った花びらは魔石に操られた人たちを取り囲み、彼らを聖星花の檻に閉じ込めた。
「さあ――浄化をしましょうか」
鈴を転がすような軽やかな声が聞こえ、カレンディア様とノクスさんが聖星花の檻に歩み寄る。
カレンディア様と目が合うと、彼女はふわりと微笑みを浮かべた。
「凛と立つリナリエ……とても素敵だったわ」
そう言いながら、カレンディア様は聖星花の檻に手を添えて、癒しの聖術を使った。
癒しの聖術が持つ浄化の力が、聖星花の檻を包んでいく。
カレンディア様の白金色の光と聖星花の輝きが混じり合う。
「今日はとくべつだよー! みんなにプティたちのこと、見せてあげる!!」
プティがそう叫ぶと、聖霊たちの光がひときわ強くなった。
「この光は……?」
「きれい……」
会場にいる誰かが呟く。
この場にいる誰もが、その光景から目が離せずにいた。
(みんな……ありがとう)
浄化の檻は聖霊の光とも重なりあい、どんどん光を増していく。
強くなる光に耐え切れなくなるように、檻が弾ける――
その直後、目のくらむようなまぶしい光が放たれ、私は思わず目を閉じた。
……目を開けると、すでに浄化の檻は消え、中にいた人たちは全員倒れていた。みんな気を失っているようだ。
そして、ホールを覆っていた異様な気配は……きれいになくなっていた。
(成功……した……?)
張り詰めていた糸がゆるむように、全身の力が抜けていく。
座り込みそうになったところで、自分がドレスだったことを思い出して、慌てて足に力を入れた。
(よかった……! 浄化、できた……!)
「やったあーー!! ステラでいっぱい浄化さくせん、うまくいったね!」
ぴょんぴょん飛び跳ねるプティと手のひらを合わせ、降りてきたトルトをキャッチする。
「くるるぅ~」
「お疲れ様! トルトもリンもかっこよかったよ!」
「へへ……うん!」
腕の中で喉を鳴らすトルトをなでながら、肩にとまったリンに頬を寄せる。
くすぐったそうに笑うリンに、私も顔がほころぶ。
「みんなのおかげで――っ!!」
突然、腕を締め上げるように掴まれた。
とっさにトルトを離し、掴んだ相手に振り返る。
「さっきから何が起きている……くそっ! 何をしたんだ!」
そこには追い詰められたように瞳を揺らす、カナン殿下がいた。
「ほら! やはり魔女だった! 怪しい術を使い、人々を惑わせて……何もないところに向かってぶつぶつと語りかけている。その変な生き物は魔物じゃないか!! 僕は見たことがあるぞ!!」
掴まれた左腕がきりきりと締めつけられる。
腕を掴まれた恐怖よりも、カナン殿下の取り乱す様子に胸が痛む。
「リナリエ!!」
叫び声が聞こえた方に目を向けると、ハルジュ様が聖霊にカナン殿下を捕えるよう指示を出すところだった。
私が首を振ると、私の伝えたいことに気がついたハルジュ様は聖霊を止めた。
(殿下の目を、覚まさせないと)
私はカナン殿下に向き直り、静かに告げた。
「わたしは魔女ではありません。あなたにも見えたはずです……聖霊の光が。それにトルトは魔物ではありません。殿下……ちゃんと現実を見てください」
殿下が一瞬、怯えたような目をした。すぐに目をそらし、だだをこねる子どものように首を振る。
「あの光が聖霊……? いや、違う……聖霊なんか見ていない。いるわけがないんだ。そうでなければ僕は何のために……くそっ! やはりお前は僕を惑わせる魔女じゃないか! 僕が魔女を捕えたぞ!!」
もうカナン殿下に、私の声はきっと届かない。
残念だけど……辺境とトルトと……この国を危険にさらそうとした罰を、きっちり受けてもらわなくては。
(さて、これで最後だ――!)
深呼吸をして、右手を大きく振り上げる。
もう、迷いはなかった。
「だから、魔女じゃないって…………言ってるでしょぉぉぉお!」
――ばっっっちーーーーーーん!!!!
( '-' )ノ)`-' )バチーーーン




